【ものづくり】『人の話』――属人化は、本当に悪いのか――
アメリカでは今、IT関係の人員整理が進む一方、いわゆるブルーワーカーを目指す職業訓練所が盛況だという。
AI全盛の時代になって、これまで「安泰」と思われていた仕事の姿が変わり始めた。
一方、日本では――
「人手不足で困る」
と嘆く経営者が大勢おられる。
社員の高齢化も待ったなしだとすれば、人手はますます枯渇していく。
二十年ほど前、事業協同組合を作って、カンボジアから研修生を招こうとしていた時期がある。
当時は、それこそ――
「猫の手でも借りたい」
という世情だった。
ところが、いわゆる政変で招聘は難航した。
結局、受け入れが実現したのは二年ほど後だったか。
時すでに遅し。不景気となり、今度は人手が余り気味になっていた。
事ほど左様に、資本主義の世の中、需要と供給の問題は「もの」だけではない。「ひと」もまた、市場原理に左右される。
では、働く側はどうすればいいのだろう。
人生、誰もが艱難辛苦に遭う。
しかし、そのことを学校ではあまり教えてくれない。
社会へ出る若者が抱く「将来への漠然とした不安」も、そこに一因があるのかもしれない。そんな時代だからこそ、昔から言われてきた、
――手に職をつける。
この言葉を、もう一度考えてみたい。
昨今、インバウンドで賑わうのは京都や奈良に限らず、全国各地の名所旧跡も同じである。
そこに残る「もの」の多くは、名もなき職人たちが、長い年月をかけて磨いた技の結晶である。
かつて、新しい五重塔の除幕式で、高僧が横に建つ奈良時代の塔と見比べ、棟梁にこう呟いたという。
「今度の塔は、少し背が高いね」
その棟梁の返事が秀逸だった。
「はい、百年経てば同じになります」
木は乾き、縮み、やがて塔は落ち着いていく。
そこまで見越して造っている。
その棟梁はすでに鬼籍に入られたが、その技と矜持は、今も営々と次の世代へ引き継がれている。
それが、日本の伝統であり、文化なのだろう。
さて、「属人化」という言葉がある。
仕事の世界では、たいてい悪い意味で使われる。
「あの人にしか分からない」
「あの人が休めば仕事が止まる」
これは確かに困る。
保全の世界でも、仕事を標準化し、記録を残し、誰もが同じように対応できる仕組みを作る。つまり「属人化をなくす」ことが、大切だと言われてきた。
しかし――。
一人の人間の生き方として考えれば、果たして属人化は、本当に悪いことなのだろうか。
「あの人しか分からない」は困る。
だが、
「あの人にしかできない」
となれば、話は違ってくる。
百年先を見越して木を組む棟梁も、まさに「あの人にしかできない」技を身につけた人だったのではないか。
今、将来への漠然とした不安を抱いている方々へ、一言申し上げたい。
百年残るものを造る職人を目指せ、とは言いません。
また、「肉体労働者」と訳されるブルーワーカーの道を勧めるわけでもありません。
ただ、「もの」は何でもいい。
何かを作る人。
何かを造る人。
あるいは、自分にしかできない何かを持つ人。
そんな人を目指してみませんか。
組織にとって、属人化はリスクである。
しかし、一人の人間にとって、
――「自分にしかできないもの」を持つ。
それは、変化の激しい資本主義社会を生き抜くための、大きな武器になるのではないでしょうか。
そして私は、それこそが本当の意味での、
――手に職をつける。
ということだと思っています。
(了)
文・小林正典
――
