6年間、親の介護で地獄を見た私が学んだ、きれいごとではない5つの現実とは
ライフプランアドバイザーの田中です。
「親はまだ元気だから大丈夫」
多くの人がそう思っているのではないでしょうか。
私自身、80歳を過ぎても元気に暮らす親を見て、「まだまだ大丈夫だろう」と、どこかで安心しきっていたのかもしれません。
しかし、81歳を過ぎた頃、その「いつか」は本当に突然やってきました。
この記事は、そこから始まった6年間の壮絶な介護体験から得た、きれいごとではない5つの現実を共有するものです。
介護に対する漠然とした不安を、いざという時に自分と家族を守るための「具体的な知識」に変えるために、私の経験があなたの未来への備えとなれば幸いです。
1. 始まりの合図は、火事寸前の「ガスの匂い」だった
介護の始まりは、ドラマチックな出来事ではありませんでした。
それは、日常生活に潜むごく小さな「あれ?」という違和感の積み重ねからでした。
何もない所でよく転ぶ。
そして、キッチンに漂う、危険を知らせるガスの匂い。
親が料理をした後、消し忘れたコンロの火が青白く燃えているのを発見した時、血の気が引くような感覚に襲われたことを今でも覚えています。
初めは「うっかり」かと思いましたが、それが何度も繰り返されるうちに、「これは単なる物忘れではない」と警鐘を鳴らす自分がいました。
このささいな、しかし見過ごすことのできない異変こそが、後に判明する「パーキンソン病」と「レビー小体型認知症」という、二つの病との闘いの始まりを告げる最初のサインだったのです。
それは、いくつもの戦線で同時に闘うことを宣告された瞬間でした。
ライフプランアドバイザーとして今思うのは、こうした日常の小さな違和感こそ、最も重要なリスクシグナルだということです。
これを早期発見の機会と捉えられるかどうかが、その後の人生設計を大きく左右します。
2. 本当の恐怖は「病」ではなく、正気を奪う「薬の副作用」だった
ここから先は
在宅介護のリアル記録
親の介護は、ある日突然始まりました。 通院、食事、排泄介助、夜中の見守り。 「まだ大丈夫」と思っていた日常は、少しずつ変わっていきます。…
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?
