見出し画像

太陽光パネルの次は「野菜」だった。サラリーマンが気づいた、お金の次にある豊かさの話

自宅の屋根に太陽光パネルを載せ、蓄電池を置き、エネルギーを自給自足する。 そんな「賢い暮らし」に挑戦する人が、ここ数年で一気に増えました。我が家もその一人です。

毎月の光熱費のグラフを眺めながら、「お, 今月もうまく自給できたな」とニヤリとする。これ自体、最高にロマンのある大人の知的な遊びだと思っています。

ただ、ふと思ったんです。

「エネルギーの次は、食べ物じゃないのか?」と。

私たちは、お金を貯め、家を建て、エネルギーの自給自足を始めている。それなのに、口に入れる食べ物は、「効率化を極めたスーパーの棚」に頼りきっている。

今回は、資産形成をひと段落させたサラリーマンが、エネルギーの自給の先に見つけた「暮らしに農を取り入れる豊かさと、その副産物」についてお話しします。

我が家が「庭で土をいじる」ようになった理由

今の家に引っ越してきてから、小さな庭で家庭菜園を始めました。

そこで味わったのは、スーパーで買う野菜とは全く違う、「採れたてをそのまま食べる」という圧倒的な贅沢。田舎では当たり前かもしれません。

夕方、料理の直前に庭に出て、土の匂いが残る野菜をハサミでパツンと切り取る。それをそのまま食卓に並べる。こんな「当たり前」のようで、都市での生活で失われかけている贅沢を、毎日のように満喫しています。

ですが、最初からこうだったわけではありません。

この家の前に住んでいたのは、庭がない戸建てでした。土すらない環境です。

それでも「土に触りたい、自分で作ってみたい」という欲が抑えられず、当時はマイファームさんのサービスを利用し、小さな貸し農園(畑)を借りて週末だけ管理しながら野菜を作っていました。

畑を借りるだけでは飽き足らず、農業の学校へ

週末の貸し農園ライフはそれはそれで楽しかったのですが、やっているうちに欲が出てきます。

  • 「もっと上手に、効率よく野菜を育てたい」

  • 「なぜこの野菜はこういう育ち方をするのか、根本から知りたい」

気づけば私、当時、マイファームさんが運営されていた農業スクールに入校し、本格的に勉強しに行ってしまいました。

サラリーマンが仕事の合間に、本気で土と作物の仕組みを学びに行ったのです。

今、プロの農家さんから見れば「足元にも及ばない素人の趣味」です。それでも、有機農業とは何かから始まり、土の作り方、肥料やたい肥の組み合わせ、害虫への対処、資材の使い方など、一通り体に染み込んだことで、「自分で野菜を育てること」への抵抗が一切なくなりました。

エネルギーの計算や蓄電池のスペックを調べるのと同じ感覚で、「あ、この季節ならあの野菜がいけそうだな」と、頭の片隅で自然のサイクルを計算できるようウキウキするようになったのです。

「野菜づくり」がもたらした、最高の副産物

そして、自分で野菜を育てるようになってから、思わぬ嬉しい変化がありました。それは、近所の人たちとのあたたかいコミュニケーションが圧倒的に増えたことです。

家庭菜園をやっていると、どうしても「作りすぎてしまう瞬間」がやってきます。トマトが一気に赤くなったり、キュウリが豊作で消費しきれなかったり。

そんなとき、「よかったらこれ、採りたてなんですがどうぞ!」と、ご近所さんにちょっとしたお裾分けをするようになりました。

これがきっかけで、庭先や道端で「今年は雨が多くて大変でしたね」「この前いただいた野菜、めちゃくちゃ美味しかったですよ!」と、言葉を交わす機会が自然と増えたのです。

現代の住宅街では、お隣に誰が住んでいるかすら分からないことも珍しくありません。それが、「土から生まれた野菜」を介した途端、かつての昭和のような、人と人とのゆるやかな繋がりが戻ってくる。

エネルギーの自給は自分一人の「効率化」で完結しますが、農の自給には、周囲の人間関係まで豊かにしてしまう魔法のような力がありました。

なぜか「エネルギー」には補助金が出て、「食」には出ない矛盾

ここで少し現実的な話をさせてください。

不思議だなと思うのは、国の政策や世の中のトレンドです。 今、自宅に太陽光パネルを載せたり、蓄電池を導入したりすると、自治体や国からさまざまな補助金が出ます。「脱炭素」「エネルギーの自給自足」は強烈にプッシュされています。

一方で、「個人の家庭での食の自給」に対しては、国からの手厚い補助金やインセンティブはほとんどありません。

エネルギーを自給するのも、食を自給するのも、本質的には「社会や巨大なインフラに依存しすぎない、しなやかな生き方」という意味では同じはずなのに、面白い対比だなと感じます。

「自給」のハードルを、グッと下げてみよう

「とはいえ、庭なんかないし、農業の学校に行く時間なんてないよ!」 そう思うのが普通ですよね。

だからこそ、いきなり自給自足の農家になれと言いたいわけではありません。私が提案したいのは、もっと手前の「暮らしに少しだけ『農』の気配を混ぜてみませんか?」ということです。

  1. 家の中でハーブやプチトマトを育てる(マイクロ農業) ベランダのプランター一つでもいい。芽が出て実がなるプロセスを家の中に置くだけで、日々の暮らしの解像度が上がります。

  2. 昔の私のように、貸し農園を借りてみる もし庭がなくても、街のシェア畑やマイファームさんのようなサービスを使えば、週末の隠れ家として小さな畑を持つことができます。土をいじる時間は、最高のマインドフルネス(頭の休息)になります。そこで出来た野菜をお隣さんにお裾分けするのも、最高のコミュニケーションです。

  3. 近くの農家さんから「地産地消」で買うだけでもいい 自分で育てるのが難しければ、顔の見える農家さんの野菜を買ってみる。それだけでも、ただの「消費活動」から「誰かとつながる営み」に変わります。

お金の次のステージは、「暮らしとつながりの自給力」にある

10年かけて資産形成を終え、お金の不安がひと段落したとき、私たちは次に何を求めるでしょうか。

効率よく増えた資産、最適化された電気代、そして整った家計。 それらは素晴らしいものですが、どこか「数字のゲーム」の延長線上にあります。

その先にある、本当の豊かさとは何なのか。

太陽光で電気をつくり、庭の土で野菜を育て、採れたてを近所にお裾分けする。 そんな、自分の手足を使って「生きる基礎」を自分でコントロールし、周囲の人と温もりを分かち合う感覚

エネルギーを作るのと同じ熱量で、暮らしに「農」を取り入れてみませんか? この週末、スーパーの野菜売り場を見る目が、そしてご近所さんを見る目が、ちょっとだけ変わるかもしれません。

いいなと思ったら応援しよう!