体はずっと知っていたのに、私は17年も無視して壊れた
追記2026年4月10日
遅くなりました。
続きのリンクを最後に貼りました。
台風が来る前日、決まって頭が重くなる。
当日は、目が覚めた瞬間から頭痛が始まる。
「来たなぁ。」
思わず布団をかぶってつぶやく。
天気アプリを見るより先に、体が知っている。
アプリいらずの感知能力。
「そろそろ雨が降ってくるね。」
そう言うと、たいてい驚かれる。
でも、私の腰が痛いことは、誰も知らない。
今日は坐骨神経のほうが痛いけど。
良くなる気配がない。
じゃあ、原因を考えよう。
そこから始まった。
30代のころから、生理痛は重かった。
ひどいと吐き気が出ることもあった。
いつか終わると思いながら、毎月やり過ごしていた。
でも鎮痛剤だけでは、痛みは終わらなかった。
薬も、腹巻も、ツボも、何も変わらない。
PMSも強くて、体調のいい日は一か月に一週間ほど。
よく乗り切ってきたと思う。
不正出血で婦人科を受診した。
そして、大きな病院を紹介された。
医療事務を長くやっていたから、わかってしまう。
紹介されるということは、それなりの状態だということ。
覚悟を決めた。
選択肢は二つだった。
痛みを伴う検査を続けるか。
子宮と卵巣をすべて摘出するか。
迷わなかった。
「生理痛から解放されたい。妊娠の予定もありません。全摘でお願いします。」
医師は時間をくれたけれど、答えは変わらなかった。
痛みと不安を抱え続けるより、終わらせたかった。
手術を決めたあと、ふとお腹に手を当てた。
「大切にしないで、 本来の役目を果たせてあげられなくてごめんね。
今までありがとう。」
そのとき初めて、自分の体を大切にしてこなかったことに気づいた。
そして、全摘して「無くなる」ことに、
初めて気づき涙が止まらなくなった。
子どもがいない人生が、胸に染みる日が来るとは思っていなかった。
静かな夜、ふとした瞬間に、それはやってくる。
術後3日目の朝。
目が覚めた瞬間、体が内側から燃えていた。
汗が止まらない。顔が熱い。
これがホットフラッシュか、と遅れて気づいた。
誰も教えてくれなかった——
いや、説明はあったのかもしれない。
でも、「3日目の朝から始まる」とは、誰も言わなかった。
甲状腺の病気を発症したのは、17年前。
過酷な結婚生活と、長引いた離婚調停。
今思えば、体からのSOSはあったと思う。
でも私は、無視した。
その結果、離婚後に甲状腺の病気が発症し、疲れやすい体になった。
そこに更年期が重なった。
ふたつの病を抱えて生きていく。
想像していたより、ずっと大変だった。
手術から10年。治療は今も続いている。
薬をやめるのが怖い。
効いているのかも、正直わからない。
診察は毎回同じ。大きな変化はない。
自分の体の不調を「感知する」
きっかけは、仕事だった。
窓口で患者さんたちが言う。
「雨の日は腰が痛くて」
「低気圧で頭が重くて」
それを聞いて、ふと思った。
私も、同じかもしれない。
気づけば、私の体はこうなっていた。
低気圧の前には頭痛。
雨の前には腰痛。
湿気で神経痛。
気温差でホットフラッシュ。
体が、先に反応する。
最初は「先読みできるようになった」と思った。
でも違った。
体は、ずっと前から反応していた。
私が、それを無視していただけだった。
以前の私は、無理をして予定を詰めていた。
体よりも、「やるべきこと」を優先していた。
誰かのために、無理をしていた。
その積み重ねが、この体なんだと思う。
甲状腺は17年経って落ち着いているけれど、
再発の可能性もあって、
投薬は止められない。
更年期障害の症状は、今も続く。
でも、振り回されることはなくなった。
でも、このときの私は、
まだ分かっていなかった。
体が出していたサインの意味も、
無視し続けた先に何が待っているのかも。
「そのうち落ち着く」
「もう少し頑張れば大丈夫」
そうやってやり過ごしてきた結果、
私は、ある日完全に動けなくなった。
仕事に行けなくなった。
同じ朝を経験した事、ありますか?
いいなと思ったら応援しよう!
いただいたチップは、創作活動の支えになります💞応援してもらえるとすごく励みになります😊