果してそれは、努力不足なのか?
※生徒に話した校長講話をもとに、一般向けに書き直しました。本記事の一部には、別記事『努力とは「どのような自分でありたいか」を行動で示すこと』と重なる内容があります。また、このテーマは、歴史上の人物との架空対談『努力すれば報われるのか』でも取り上げています。
努力することは大切です。
何かを身につけたいなら、繰り返し取り組まなければなりません。目標を達成したいなら、面倒なことから逃げず、時間や力を使う必要があります。努力をせずに、思いどおりの結果だけを求めることはできません。
しかし、努力すれば、すべての問題を解決できるのでしょうか。
私たちは、物事がうまくいかなかったとき、しばしば「努力が足りなかった」と考えます。自分に対しても、他人に対してもそうです。試験に合格できなかった。仕事で評価されなかった。競技で勝てなかった。組織を変えられなかった。その原因を、「もっと頑張ればよかった」という一言で説明してしまうことがあります。
努力不足という説明は、とても分かりやすいものです。しかし、分かりやすいからといって、正しいとは限りません。
結果は、努力だけで決まらない
心理学では、成功や失敗の原因を、本人の内側にあるものか外側にあるものか、変わりやすいものか変わりにくいものか、自分で変えられるものか変えにくいものか、といった軸で考える見方があります。
例えば、結果には、本人の努力や習慣、知識、経験、その日の体調や気分、課題そのものの難しさ、周囲の支援や評価、制度や環境、さらに運やタイミングなどが関係します。この中で、自分の努力によって変えられるものは確かにあります。準備する。練習する。学び直す。生活を整える。人に相談する。説明の仕方を工夫する。周囲との信頼関係を築く。これらは、自分から働きかけることができます。
一方で、自分一人では変えられないものもあります。
生まれ持った条件、病気、景気、制度、相手の最終的な判断、偶然の出来事などです。努力によって影響を与えられることはあっても、自分の意思だけで結果を決めることはできません。それにもかかわらず、成功や失敗のすべてを努力で説明すると、自分では変えられない条件まで、本人の責任にしてしまいます。
成功者は、自分の努力を大きく見積もりやすい
努力を重視する考え方には、もう一つ注意すべき点があります。
成功した人は、自分が努力してきたことをよく知っています。苦しかった時間、諦めそうになった経験、工夫したこと、我慢したことを覚えています。一方で、自分を支えてくれた人、偶然得られた機会、時代や環境との相性については、努力ほど鮮明には意識しないことがあります。
その結果、「自分は努力したから成功した。だから、成功できない人は努力が足りない」と考えやすくなります。しかし、同じ努力をしても、同じ結果になるとは限りません。置かれた環境も、出会う人も、使える時間も、健康状態も違うからです。努力した人が成功したことと、努力すれば誰でも同じように成功できることは、同じではありません。
これは、努力した人の価値を否定する話ではありません。成功を自分一人の手柄にしない、という話です。
変えられないものを認めることは、逃げなのか
努力には限界があると言うと、「環境や運のせいにして、努力しなくなるのではないか」という反論が考えられます。確かに、自分で変えられない要因があることを、自分にできることまで放棄する理由にしてはいけません。
環境が悪い。相手が悪い。運が悪い。どうせ何をしても変わらない。そう言って、準備も工夫もせず、必要な働きかけもしないのであれば、それも原因を正しく見ていることにはなりません。
大切なのは、努力するか諦めるかという二択ではありません。
自分に直接変えられることは何か。自分一人では変えられないが、働きかけることはできるものは何か。そして、自分にはどうしても決められないものは何か。この三つを分けて考えることです。
他人の考えを直接変えることはできません。しかし、自分の伝え方を変えることはできます。試験問題の難しさは変えられません。しかし、どのように準備するかは変えられます。病気になったという事実を消すことはできません。しかし、治療を受け、助けを求め、生活を整えることはできます。
結果を完全に支配することはできなくても、結果に向けて自分ができることは残されています。
見分けることが、最も難しい
ニーバーの祈りとして知られる言葉があります。
変えられないものを受け入れる落ち着き、変えられるものを変える勇気、そして、その二つを見分ける知恵を求める言葉です。私は、この中で最も難しいのは、最後の「見分けること」ではないかと思います。
人は、変えられないものまで変えようとして、自分や他人を追い詰めることがあります。反対に、本当は変えられるものまで変えられないと決めつけて、行動をやめたり、あきらめたりすることもあります。努力が必要かどうかを判断する前に、何が自分に変えられるのかを考えなければなりません。
そして、その判断は一度で終わるものではありません。状況が変われば、変えられる範囲も変わります。自分一人では変えられなかったことが、誰かと協力することで動く場合もあります。反対に、以前は可能だったことが、健康や環境の変化によって難しくなることもあります。
人事を尽くして、天命を待つ
日本には、「人事を尽くして天命を待つ」という言葉があります。
自分にできることを十分に行い、その後の結果は、自分だけでは決められないものとして受け入れるという意味です。これは、結果を運任せにする言葉ではありません。まず、人事を尽くすことが求められています。しかし同時に、人事を尽くしたからといって、必ず望んだ結果になるとは言っていません。
努力することと、結果を支配することは違います。努力で変えられるものには努力する。自分一人では変えられないものには、人に働きかけ、助けを求める。それでも変えられないものについては、自分や他人を努力不足として責めない。
変えられないものを努力不足にしない。変えられるものまで環境のせいにしない。
努力で解決するのか。すべてではありません。だからこそ、ただ頑張る前に、自分は何を変えようとしているのか、それは本当に自分の努力で変えられるものなのかを考える必要があるのだと思います。
