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【短編小説】 副編集長が方向音痴過ぎる

🐈関連作品「猫を飼う」


案の定、アンリは迷っていた。

東京駅は、広くて複雑だ。
けれど、何十回、何百回と使っているのに迷うのは、ひとつの才能だと思う。

名古屋支店での長期プロジェクトが終わり、
一年ぶりにわたしは東京へ帰任した。

etoile文芸部編集室。
東京本社。

キャリーケースを引いて、副編集長アンリを待つ。
もう、三十分過ぎたよ?

アンリは、
仕事はできるし、原稿も読める。
作家の機嫌も読める。
(ついでにわたしのご機嫌も)

……だけど、地図だけは読めないんだ。



『ヒカリさん、今どこ?』
アンリからメッセージが来る。

『八重洲中央口だよ』
『たぶん、丸の内南口にいる』

え〜、なんで?
八重洲で待ち合わせって伝えたじゃん。
見事なまでに間違えてくる。
これってある種、能力よね?



こういう時、アンリは妙に落ち着いている。
不思議と冷静に見えるというか……得だよね。

『動かないで。そこ行くから』
『分かった』

うーん、信用ならない。
アンリは、筋金入りだから。

案の定、五分後。

『赤レンガの見えるところにいる』
『えっ、移動したの?』

『あ、緊急案件発生!』
『ヒカリさん、待っていて!』

えーーーー!?
ちょっと、説明しなさいよ。
いつまで、どこで待てばいいのー。



わたしは駅ナカのカフェに入った。
コーヒーを置いて、パソコンを開く。

来月号の特集ページに赤を入れる。
エッセイ連載のタイトル案を整理する。

まぁ、仕事なんて山ほどあるしね。
ん?社畜って??
ううん、考えたら負けだよ。



編集部のチャットがにわかに騒がしくなっていた。

『ヒカリ編集長、桂木先生が泣きべそです!』

新人作家の桂木ユイ先生が、
今日入稿の短編を、全部書き直したいと泣き出したらしい。

付き合ってあげたいよ?
世に出す前に、とことん納得したい。
——その気持ちは、よく分かる。

でもね、締め切りも大切なのよ。
こういう時わたしはいつも、
天使と悪魔に両手を引っ張られている気がする。

そして、アンリは
桂木先生のところに向かってくれているらしい。

任せるよ?
いつもと同じように。



『会えたよ』
しばらくして、メッセージが届く。

『どう?』
『泣いてたけど、シヅカ洋菓子店のクッキーを渡したら、泣きやんだよ』

『一応、最低限の修正で納得してもらった』

あはは。
あそこのクッキー美味しいもんね。

アンリは、そういうところ気が利く。
真っ直ぐ説得するんじゃなくて、
すこし横から心をほどく魔法を差し出してくる。

その魔法に、何度も助けられている。



仕事は片付いた。

桂木先生の原稿は、入稿完了。
レイアウトの修正案を作成し、SNS告知文も整えた。

窓の外を見る。
薄い橙の夕陽が、ゆっくりと街路樹を照らしている。

アンリはまだ来ない。

「まだかなぁ〜。
ヒカリさん、今日名古屋から帰ってきたんだぞ」

独り言が宙に溶ける。

バッグの中に目を向ける。
小さなラッピングの箱が、静かに佇んでいる。

そっと手に取ると、すこし重たい。
それはきっと、クリスマスからの重み。



先に帰ろうかな、と思った。
そのときだった。

「待って」

振り向くと、アンリがいた。
少し乱れた髪。黒縁メガネ。

慌てた顔で、息を弾ませている。

ん、花束?

アンリは、小さな薔薇の花束を持っていた。
大きくはないけれど、すごく、綺麗な花束。

彼は、花束を差し出した。
甘くてとろける香りがする。

はにかんだ笑顔。黒縁のメガネ。
そっと、わたしに微笑んで言った。

「ヒカリさん、おかえりなさい」






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