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【短編小説】椿と百合《前編》

ここは、女の園。
撫子ノ宮女学院。

幼稚舎から高等部まで。
花が煮詰まったような、甘い香りのこの学園では、女としての魅力が評価されている。
……裏で。

花に祈り、従順な顔をした娘たち。
綺麗な花には刺がある。

あたしは、花畑に一本だけの枝物。



日本舞踊、琴、茶道。
日本古来の授業は、嫌いじゃない。
むしろ、かなり好きだ。

空気が凛としている。
没頭していると、時間を忘れる。

茶を点てる。

今日の器は、若葉模様。
うぐいす餅の茶菓子と合わせると、どこからか、ホーホケキョ、が響いた。



「椿。一緒に帰りましょう」

百合子。あたしの親友。
彼女は、女子の象徴みたいな存在だった。

長い髪。小柄な身長。柔らかい指。

あたしは、
ショートカットの髪。高い身長。細長い指。

「百合子さま!先日のお召し物、素敵でした」
「椿さま!これ受け取ってくださいませ」

皆は口を揃えて言う。
「百合子さまと椿さまは、撫子の輝きですわ」

お姫様みたいに可愛い百合子と、
王子様みたいに凛々しいあたし。

隣にいると、自然と男らしく振舞ってしまう。
役割、なのかな。

強い風には、風避けが必要だ。
百合子も、きっと同じ。

あたしたちは、寄り添って歩く。

一陣の風が吹き抜けて、
百合子とあたしの髪を揺らした。



その日は、やたらとついてなかった。

朝から電車に乗り遅れるし、
購買の焼きそばパンは売り切れてた。

気晴らしに、書店に寄る。
大きな書店で、当てもなく本を探すのが好きだ。

ふと、気になった一冊。
『椿と百合のタイムパラドックス』

ページをめくる。
未来から始まるかと思いきや、十年前から始まる。

面白そうだ、と手に取る。

——視線を感じた。

あたしの手元を、じっと見ている男がいる。
二十代中盤くらいだろうか。

背が高く、ひょろりとしている。
喉仏の浮いた首元が、綺麗だった。

「それ、なんで手に取ったんですか?」

あまりに自然な声で話しかけられて、
つい答えてしまう。

「えっと、時間とか、時空の話が好きで……」

それに。
あたしたちみたいだし。
心の中で、そう呟いた。

「そうでしょうね」
男は、少しだけ笑った。

「……え?」

——ザラリとした違和感。

「あなたにオススメの本ですよ」
男はそう言って、微笑んだ。

生成のシャツに、リネンの太いパンツ。
くしゃくしゃの、無造作な髪。

くしゃっとした笑い顔。
その瞬間だけ、妙に幼く見えた。

「……どういう意味ですか?」

男は、少しだけ首を傾げて、

「さあ」

と、曖昧に笑った。
気配がふっと薄れる。

あたしは、逃げるようにレジへ向かった。



翌朝の教室。

「椿、ごきげんよう」
「…………」

「椿!」

はっとする。
昨日の書店から、記憶が曖昧だ。

覚えていないわけじゃない。
ただ——くしゃくしゃの髪だけが、残っている。

「あ、その本。椿、読むのね」

百合子が、手元を覗き込んだ。
ふわりと甘い香りがする。

「え?知ってる?」

顔を上げる。

「わたしは読んだことないけれど、その作者ね」
百合子は、少しだけ声を落とした。

「その作品を十年前に書いてから、失踪したんだって」

「……え?」

景色が、遠ざかる。
音も、香りも。

著者名は、

降谷ふるや  ふる

当時、二十五歳。
今なら——三十五歳。

百合子の髪が風に揺れて、巻き上がった。

くしゃくしゃの笑顔が、浮かんだ。

生成りのハンカチが、ふわりと浮いて、
あたしは慌ててそれを押さえた。



続く。


あぁぁ……!!
また続き物にしてしまった😫💦
宜しければ、またお付き合いください。



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