【短編小説】椿と百合《前編》
ここは、女の園。
撫子ノ宮女学院。
幼稚舎から高等部まで。
花が煮詰まったような、甘い香りのこの学園では、女としての魅力が評価されている。
……裏で。
花に祈り、従順な顔をした娘たち。
綺麗な花には刺がある。
あたしは、花畑に一本だけの枝物。
◆
日本舞踊、琴、茶道。
日本古来の授業は、嫌いじゃない。
むしろ、かなり好きだ。
空気が凛としている。
没頭していると、時間を忘れる。
茶を点てる。
今日の器は、若葉模様。
うぐいす餅の茶菓子と合わせると、どこからか、ホーホケキョ、が響いた。
◆
「椿。一緒に帰りましょう」
百合子。あたしの親友。
彼女は、女子の象徴みたいな存在だった。
長い髪。小柄な身長。柔らかい指。
あたしは、
ショートカットの髪。高い身長。細長い指。
「百合子さま!先日のお召し物、素敵でした」
「椿さま!これ受け取ってくださいませ」
皆は口を揃えて言う。
「百合子さまと椿さまは、撫子の輝きですわ」
お姫様みたいに可愛い百合子と、
王子様みたいに凛々しいあたし。
隣にいると、自然と男らしく振舞ってしまう。
役割、なのかな。
強い風には、風避けが必要だ。
百合子も、きっと同じ。
あたしたちは、寄り添って歩く。
一陣の風が吹き抜けて、
百合子とあたしの髪を揺らした。
◆
その日は、やたらとついてなかった。
朝から電車に乗り遅れるし、
購買の焼きそばパンは売り切れてた。
気晴らしに、書店に寄る。
大きな書店で、当てもなく本を探すのが好きだ。
ふと、気になった一冊。
『椿と百合のタイムパラドックス』
ページをめくる。
未来から始まるかと思いきや、十年前から始まる。
面白そうだ、と手に取る。
——視線を感じた。
あたしの手元を、じっと見ている男がいる。
二十代中盤くらいだろうか。
背が高く、ひょろりとしている。
喉仏の浮いた首元が、綺麗だった。
「それ、なんで手に取ったんですか?」
あまりに自然な声で話しかけられて、
つい答えてしまう。
「えっと、時間とか、時空の話が好きで……」
それに。
あたしたちみたいだし。
心の中で、そう呟いた。
「そうでしょうね」
男は、少しだけ笑った。
「……え?」
——ザラリとした違和感。
「あなたにオススメの本ですよ」
男はそう言って、微笑んだ。
生成のシャツに、リネンの太いパンツ。
くしゃくしゃの、無造作な髪。
くしゃっとした笑い顔。
その瞬間だけ、妙に幼く見えた。
「……どういう意味ですか?」
男は、少しだけ首を傾げて、
「さあ」
と、曖昧に笑った。
気配がふっと薄れる。
あたしは、逃げるようにレジへ向かった。
◆
翌朝の教室。
「椿、ごきげんよう」
「…………」
「椿!」
はっとする。
昨日の書店から、記憶が曖昧だ。
覚えていないわけじゃない。
ただ——くしゃくしゃの髪だけが、残っている。
「あ、その本。椿、読むのね」
百合子が、手元を覗き込んだ。
ふわりと甘い香りがする。
「え?知ってる?」
顔を上げる。
「わたしは読んだことないけれど、その作者ね」
百合子は、少しだけ声を落とした。
「その作品を十年前に書いてから、失踪したんだって」
「……え?」
景色が、遠ざかる。
音も、香りも。
著者名は、
降谷 震。
当時、二十五歳。
今なら——三十五歳。
百合子の髪が風に揺れて、巻き上がった。
くしゃくしゃの笑顔が、浮かんだ。
生成りのハンカチが、ふわりと浮いて、
あたしは慌ててそれを押さえた。
続く。

また続き物にしてしまった😫💦
宜しければ、またお付き合いください。
