船が教えてくれたミニマリズム 〜片付けは美学ではなく、安全だった〜
はじめに
前回、私が6ヶ月の航海に持っていくものを、実際の持ち物リストとともに紹介しました。
前回の記事はこちら。
航海士が6ヶ月の航海に持っていくもの 〜航海士のリアルな持ち物リスト〜|りく
作業着から医薬品、コーヒー用品一式まで。読んでくださった方の中には、こう思った人もいるかもしれません。
「これだけ持っていくのに、ミニマリストを名乗るの?」
もっともな疑問です。でも、矛盾しているように見えて、根っこはひとつなんです。
私は長い船乗り生活を通して、物を減らすこと、小さくすること、定位置に収めることを、いつのまにか体に染み込ませてきました。けれどそれは、雑誌で見るような「丁寧な暮らし」や「持たない美学」とは、出発点がまったく違います。
私のミニマリズム思考は、揺れる船の上で、安全のために生まれたものです。
この記事では、なぜ船乗りは物を持たないのか、なぜ徹底して片付けるのか。その必然と、そこから私が学んだ「物との付き合い方」を書いていきます。
揺れる船の上で、散らかりは凶器になる
まず、いちばん大事なことから書きます。
船の上での整理整頓は、躾でもマナーでもありません。安全に直結する、職業上の必然です。
陸の家なら、床に物が置きっぱなしでも、せいぜい「だらしない」で済みます。でも船は違います。船は、揺れるからです。
固定されていない物は、波で船が揺れた瞬間に動きます。落ちます。転がります。壊れます。そして散らかります。穏やかな日ならまだしも、時化(しけ)のときには、置いてあったものが床を滑り、棚から飛び出し、部屋中を行き交います。
これがどれほど危険か、想像してみてください。
緊急時、火災や浸水で一刻を争うとき、暗い通路に物が散乱していたら。脱出経路が塞がれていたら。逃げ遅れます。動き回る重い物は、人にぶつかれば凶器になります。揺れる船内で足元に物があれば、転倒し、怪我をする。その怪我ひとつが、限られた人数で動く船では、全体の安全を揺るがしかねません。
だから船乗りは、物を出しっぱなしにしません。使ったら、必ず元に戻す。床には物を置かない。これは口うるさく言われる前に、体で覚えていく習慣です。散らかった船は、危険な船。整った船は、安全な船。それくらい、整理整頓と安全は分かちがたく結びついています。
私のミニマリズムの原点は、この「安全のための片付け」にあります。美しいから減らすのではない。安全だから、減らし、固定し、整える。すべては、ここから始まっています。
すべてに定位置がある
船での整理整頓には、もうひとつ大切な原則があります。それは「定位置」です。
物を減らすだけでは足りません。残した物のひとつひとつに、決まった置き場所を与え、そこに固定する。これが船の流儀です。
理由は、やはり安全です。
定位置が決まっていれば、暗闇の中でも、手探りで必要な物にたどり着けます。停電したとき、煙が立ち込めたとき、目で確認できない状況でも、「あれはいつもあの場所にある」という確かさが、命を分けることがあります。懐中電灯はここ、書類はここ、と体が覚えていれば、いざというときに迷いません。
そして固定すること自体が、揺れへの備えになります。引き出しの中で物が動かないよう仕切る。棚の物が飛び出さないよう留める。こうしておけば、どんなに船が揺れても、物は所定の場所にとどまり、凶器にも障害物にもなりません。
物を減らすことと、定位置を徹底すること。この二つは、安全という同じ目的のために、一体になっています。減らせば、管理すべき物が減り、定位置も保ちやすくなる。整理整頓とミニマリズムが、自然とつながっていくのです。
補充が効かない世界が、選ぶ目を鍛える
船の上には、もうひとつ、物との関係を変える大きな条件があります。
補充が、効かない。
陸なら、足りなくなれば買い足せばいい。壊れたら買い替えればいい。でも半年の航海では、それができません。次の寄港地まで、下手をすれば数週間。しかも寄港地で必ず欲しい物が手に入る保証もない。
そしてもう一つ、私の場合は、持ち物を切り詰める物理的な理由がありました。外地での乗船・下船が多く、空港を経由して海外の港で乗り降りしていたため、持ち物はいつも「スーツケース一つ」に収めなければならなかったのです。船まで車で乗りつけて好きなだけ積み込める内航船の船員とは、ここが根本から違いました。限られた一つの箱に半年分を詰める——この制約そのものが、何を入れて何を諦めるかを、否応なく考えさせました。
この環境は、物を選ぶ目を自然と鍛えます。
何を持っていくか、徹底的に考えるようになります。これは本当に必要か。半年間、自分の選択だけで暮らせるか。壊れたらどうするか。そうやって一つひとつ吟味するうちに、「なんとなく持っていく物」が消えていきます。
前回の持ち物リストで、私が腕時計にG-SHOCKを選び、懐中電灯や髭剃りに予備を持ち、エネループの充電池を一式そろえていたのを覚えているでしょうか。あれはすべて、この「補充の効かない世界」が生んだ選択です。
壊れにくいものを選ぶ。壊れることを想定して予備を持つ。繰り返し使えるものを選ぶ。見た目や流行ではなく、「限られた中で確実に機能し続けるか」で選ぶ。この基準が、いつしか物選びの軸になりました。
数を持てない環境は、一つひとつの質を見極める目を育てます。たくさんの中から選ぶのではなく、少ない枠に何を入れるかを考える。これは、物を減らすという行為の、いちばん本質的な訓練だったと思います。
だからこそ、譲れないものが見えた
ここで、前回の記事の「矛盾」に戻ります。
物を減らすことを信条にしている私が、コーヒー用品だけは、手動と電動のミル、ドリッパー、スケール、豆800グラム、フィルター300枚と、一式まるごと持っていく。これは一見、ミニマリズムと正反対に見えます。
でも、むしろ逆なんです。
減らすことを突き詰めたからこそ、自分が本当に大切にしたいものが、くっきりと見えてきた。
ミニマリズムは「全部捨てること」ではありません。「本当に大事なものを選び取ること」です。要らないものを削っていく過程は、裏返せば、自分にとって何が譲れないのかを見つけていく過程でもあります。
私にとって、それがコーヒーでした。
変化の少ない船上生活で、毎朝、自分の手で豆を挽き、一杯を淹れる。その数分間が、私の心を保ってくれる。だから、ほかの多くを削ってでも、これだけは持っていく。何を残すかは人それぞれですが、私の場合は、迷いなくコーヒーだったのです。
減らせば減らすほど、残したものの輪郭がはっきりする。たくさんの物に埋もれていたら、自分が本当に大事にしているものなんて、案外見えないものです。船での暮らしは、その「いちばん大事なもの」を、私に教えてくれました。
船を降りても、その習慣は残った
不思議なもので、船で身についたこの感覚は、陸に上がっても消えませんでした。
家の中の物の総量を、自然と抑えるようになりました。使ったら元の場所に戻す。床に物を置かない。買う前に「これは本当に必要か」「置き場所はあるか」と一度立ち止まる。船でやっていたことが、そのまま陸の暮らしに根づいていました。
そして気づいたのは、陸でも、これらの習慣が暮らしを楽にしてくれるということです。
物が少なく、すべてに定位置があれば、探し物に時間を取られません。掃除も片付けも楽になります。何より、頭の中が散らからない。物の管理に追われないぶん、本当にやりたいことや、大切な人との時間に、心を向けられます。
船の上では「安全のため」だった習慣が、陸では「豊かに生きるため」の習慣になった。職業から生まれた必然が、いつのまにか、私の生き方そのものになっていました。
おわりに
私のミニマリズムは、おしゃれな暮らしへの憧れから始まったものではありません。揺れる船の上で、命を守るために、減らし、固定し、整えるしかなかった。その必然から生まれたものです。
でも、だからこそ、この考え方には、暮らしの種類を問わず通じる芯があるのではないかと思っています。
物を減らすのは、目的ではありません。安全に、そして身軽に暮らすための手段です。そして物を削っていく先で、自分が本当に大切にしたいものが見えてくる。これは、船乗りでなくても、誰の暮らしにも当てはまることのはずです。
もしあなたが、物との付き合い方に少し疲れているなら。一度、「これは本当に必要か」「これは安全か、暮らしを楽にしてくれるか」と問い直してみてください。揺れる船の上で私が学んだことが、あなたの暮らしを少しだけ軽くするヒントになれば、これほど嬉しいことはありません。
それでは、よい航海を。
