満員なのに、なぜか自分の横だけ空いている
満員の電車なのに、自分の横だけ、なぜか誰も座らない。
立っている人でいっぱいだ。
吊り革も、通路も限界を迎えている。
誰だって、座りたいはずなのに。
それなのに──誰も。
「え、なんでここだけ空いてるの?」
周りを見渡すと、他の席はぎゅうぎゅう詰め。
なのに、自分の横だけ、不自然な空白がある。
まるで、「使用禁止」と貼り紙があるみたいだ。
いや、貼り紙なんてない。
あるのは、見えない結界だけだ。
縮こまっても、座られない
最初は、偶然だと思った。
だが、何度も続くと考え始める。
「もしかして、二席分使っているように見えてる?」
そう思って、できることは全部やった。
カバンを前に抱える。
肩をすぼめる。
膝をしっかり閉じる。
できる限り縮こまり、心の中で何度も叫ぶ。
「横、空いてます!」
「空いていないように見えるだけです!」
気分は、球体オリバ。
この光景は、我ながらシュールだ。
小さくなろうとしているのに、むしろ圧が増している気がする。 体だけでなく、空気までパンプしている可能性がある。
一度近づいて、去っていく
たまに、横へ座ろうとする人が現れる。
その瞬間、心の中で小さくガッツポーズをする。
来た。ついに来た。
この空白を埋めてくれる救世主が。
しかし、そんな救世主でさえ、こちらへ一歩近づき、座席を見て、そのまま通り過ぎていく。
その一瞬で、勝手に心の声を想像する。
「狭そう」
「圧迫感すごい」
「こっち見るな、ゴリラ」
満員電車で、私の横に座るより、立っている方がましだと思われた。
そう考えると、じわじわ傷つく。
ジムの正解が、電車ではエラーになる
原因は、たぶん筋肉だ。
そう思いたい。
ジムでは、体が大きくなるほど喜ばれる。
肩幅が広がる。脚が太くなる。
服の上からでも、鍛えていることが分かる。
それが、努力の成果になる。
でも、満員電車では話が違う。
求められるのは、大きさではない。
どれだけ小さく、一人分の枠へ収まれるかだ。
ジムで正解だった体が、電車ではエラーになる。
筋肉は、思ったより社会性がない。
ダンベルは持てても、空気が読めない。
本当は筋肉が原因ではなく、ただ表情が怖いだけかもしれない。 それでも、筋肉のせいにしたくなる。
その方が「避けられた」ではなく、「デカくなった」という話に変えられるからだ。
ちょっとだけ、嬉しい
「横に座られない」
普通に考えれば、寂しい。
でも、筋トレをしている側からすると、「もしかして、またデカくなった?」と思ってしまう自分もいる。
誰かが横へ座ると安心する一方で、「今日はパンプが足りなかったのか」と、わずかに残念に思う。
人に座ってほしいのか。
筋肉を認めてほしいのか。
両方なのだと思う。
筋トレの成果
ただ、世の中には、席を必要としている人がいる。
お年寄りや妊婦さん、体の不自由な方。
そんな人を前にしてまで、くだらない葛藤を抱えたまま座り続けていたら、それこそ見せ筋だと言われてしまう。
そのときが来たら、今度こそ快く席を譲りたい。
この鍛えた脚で立ち上がって、誰かが座れるなら。それも、筋トレの成果だと思う。
よし、今日の脚トレは飛ばそう。
隣、空いてますよ
満員なのに、自分の横だけ空いている。
私は今日も、できる限り肩をすぼめて座っている。
目の前には、立っている人がいる。
横には、空席がある。
私としては、歓迎している。
それでも誰も来ない。
悲しいような、誇らしいような、何とも言えない気持ちになる。
また一人、空席へ近づいてきた。
私は、できるだけ自然に前を向く。
頼む。
隣、空いてますよ。
空いているようには、見えないかもしれないけれど。
怖がられる筋肉が、誰かの役に立つ日もあります。
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