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占い師は答えを教えない〜第2話〜なぜ、私ばかり。


雨の匂いが消えた頃
パンツスーツの広告のような女性がやってきた。ポッチャリ女子の僻みか、咲和子は少し気圧される。

「通りかかったら貼り紙があって、突然来てしまいましたが相談にのっていただけますか?それとも、予約のようなシステムですか?」
ーー息つぎなしの早口。だが嫌味がない。ベテランの技を感じるノンブレス。
「こんにちは、大丈夫ですよ、本名も必要ありません、キャリさんでよろしいですか?」
ーー負けずにノンブレス成功。ふふふ頑張った。見た目キャリアウーマンっぽいからキャリさん。『ちゃん』ではない『さん』なのは、尊敬の意。

咲和子のアウレリウスタロットハウスでは、本名は聞かず、咲和子がイメージで突然あだ名で呼ぶ、時代に反した手法だ。しかしなぜか訪問者は怒らない。ポッチャリ女子の特権だろう。

キャリさんは、立ったまま話し始めた。
「会社の席が電話の近くという理由で、いつも私が電話に出なければなりません。その上、私の席のそばにきた観葉植物の水やりなどの手入れまで、お昼休憩中に私がする流れになっていて。それに私、植物はあまり好きではありません。」

咲和子はキャリさんに「ソファーへどうぞ」とジェスチャーをする。

「他にもスタッフがいるのに、私、電話担当になって、対応のせいで自分の仕事が進まないし、イライラします。上司に意見してもいいでしょうか?」
ーーキャリさん相当イラついてる。

「分かりました。では、上司に不満の内容を言っていいのか、それとも言わない方がいいのかをタロットに聞いてみましょう。」
「?タロットにですか?」
「はい、タロットに、です。」

ーー貼り紙見たって言ってなかった?

「今までタロットって引いたことないです。」
「うふふ、私も引いたことなかったです。」

咲和子は、タロットカードにホワイトセージをかざし、カードを浄化する。儀式は習った通り省かない。アウレリウスタロットをはじめる時に『約束は守る』と誓ったから。
その間に頭の中でカードの並べ方、スプレッドを決める。

キャリさんの相談は「上司に意見しても良いのか?ダメなのか?」の答えは単純2択、性格は多分せっかち。という理由で、1枚だけ引く、ワンオラクル・スプレッドに決定した。

そういえば、咲和子はこの手の問題で悩んだことなどない。上司に言うに決まってるわ。
・・・ここが組織で働ける人間と働けない人間の違いだな、と、ひとりごちた。

78枚のカードをキャリさんは真剣に混ぜて1枚引いた。

目の前に現れたのは「JUSTICE」(正義)正位置のカードだった。

「JUSTICE」(正義)のカードには、左手に天秤、右手に剣を持つ、ギリシャ神話の「正義の女神アストレイア」が描かれている。
その無表情な顔は男性のように見えるが女性だ。

このカードが持つ主な象徴は、「義務」と「均衡」。冷静に責任を果たし、感情に流されず、安定した環境の中で役割を全うするという意味。大抵このカードが出る人は真面目の匠。

ここで単純に
『キャリさんは義務をきちんと果たしています。そのまま続けてください。』
などと伝えても意味がない。そんなことは十分わかった上で、
『なぜ自分ばかりが負担を背負うのか』
という“不均衡”にキャリさんは苦しんでいる。

さて、これをどう伝え、キャリさんの心がきちんと折り合いをつけられるか?が、咲和子の勝負どころである。

ここで
マルクス・アウレリウス
『自省録』第3巻6章の節を引用する。

理性と公共精神という善きものに対して、大衆の称賛や権力、富、快楽への耽溺(たんでき)といった、本質の異なるものを対抗させてはならない。……それをはっきりと表明して、思いあがることなく自分の判断を固守せよ。但しこの検討を誤りなくおこなう注意が肝要である

咲和子はスーッと息を吸った。

「キャリさんは職場でバランスを取る役をしていますね?JUSTICE(正義)の、このカードは、合理的で平等な思考を持つ管理職、あるいは“調停役”を担う人に多く現れます。」
「管理職ではないです。調停役なんて!ん?うーん、してるかなあ?」

「電話対応というのは、ただ受けるわけではありません。内容を瞬時に判断し、“誰に繋ぐべきか”を見極める力が必要です。

『あの人は今、席を外している』
『会議室に入ってる、あの人いつも長くなる』
『休憩からまだ戻っていない』
『この案件なら、次はあの人へ回した方がいい』

こうした職場全体の動きを細かく常に把握して、取引先や他部署の職員と会話を続けながら瞬時に判断して繋いでいる。
それは単純作業ではなく、“全体の均衡”を保つ高度な『技術』です。
もしかして、他の人にはできない仕事なのではないでしょうか?」


ハッとしたキャリさん、
「……そうかも…しれない。」
不当な負担、という認識でイライラしていたが、冷静に、他からみると「高度な役割」で他の人にはできないこと、に気が付いたようだ。

たかが電話、されど電話。凄技!キャリさん、見た目通りの仕事できる人だった。

咲和子は続ける。
「大人になると真面目に働いても当たり前とされて、誰かに褒めてもらうことは無いですよね。でも、78枚あるカードの中でたった1枚引き、『正義』を意味するJUSTICEを引いた今、ただの偶然とはいえないでしょう。この正義のカードは『十分、真面目に生きてるよ!』というメッセージでもあります。どちら様か、応援してくれてるのかもしれません。お心当たりはありますか?」

「・・・父です」

その瞬間、張り詰めていた空気が少し緩み、お互い自然と笑顔に。キャリさんのお顔と瓜二つのお父様は、早くに亡くなっているそうだ。

キャリさんがカードを混ぜる時、生命線を支える、濃い補助線を見つけた。
ーー守られてる。
咲和子は手相鑑定士でもあるため、ついつい、手のひらを観察してしまう癖がついている。次いで勘。これほど凛とした女性を育んだ背景には、深い愛情があるはず。咲和子の決めつけの癖が炸裂した。

「もうひとつ、観葉植物の手入れについてです。」
「ああ、はい、ちょっと胸がいっぱいになってしまい…」
「忙しすぎたのかもしれませんね。」

咲和子は、雨上がりの雰囲気とストレスに合うペパーミントのアロマを焚いた。空気が澄む。

自省録第6巻45章
全て各々に起こることは全てにおいて有益である...この場合の有益は善でも悪でもないどうでもよいことについていうのであるから、より一般的な意味にとらなくてはならない

この章から、
日常の些細な出来事に対し、感情的な「損得」だけの勘定をやめ、自身の責任感と照らし合わせる判断を提案する。

「観葉植物のお手入れは、気になる時だけ引き受けて。イライラしながらお手入れされても、植物も迷惑ですし。うふふ。
もしかしたら、お席のそばに来たのは、キャリさんの緊張状態を和らげるための運命かもしれませんよ。水をやっていると、気持ちが和みませんか?」」

キャリさんの顔はもう、すっかり晴れている。
植物のお手入れは義務ではない。キャリさんの責任感が生むお世話。別に枯れたって関係ない。

但し、電話対応によって本来の業務が滞ってしまうのは、現実的な問題。
だからこそ、『自省録』第3巻6章の最後にある
『検討を誤りなくおこなう注意が肝要である』
という言葉が重要になる。
ただのお人よしではダメだぞ、ということ。

感情だけで「不公平だ」と訴えるのではなく、
「電話対応をしているため、本来業務に影響が出ている」という事実を冷静に上司へ相談する必要があることをキャリさんに伝えた。

「もしよろしければ、こちらお守りにどうぞ」
終わりに咲和子は手製のカードを渡している。
キャリさんの責任感を『女神アストレイア』に見立て、

『心の中の女神アストレイアへ
いつもありがとう』

と書いた。

キャリさんはバッグにお守りをしまうと、もうドアの前で家の鍵を握っていた。
ーーまだ店の中なのに!やっぱり、せっかちな人だ!

笑いながらお見送りすると、キャリさんは一度だけ振り返り、小さく手を振った。




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