【#創作大賞2026】一架の声が聴こえる?(最終話)
前回
残存
一架が死んだ。
自殺だと言われた。
担任の桑野先生に職員室でそう言われて思わず胸ぐらを掴んだ。
「自殺なんかじゃない‼︎ あんなの自殺って言えますか⁉︎」
先生が慌てた様子でわたしの肩を掴む。他の先生も私を制そうと手を伸ばしてくる。
「先生は⁉︎ ……先生は、どう思いますか?」
怯えたような瞳で桑野先生が私を見る。
「一架は、生きるために飛び降りたはずじゃないですか‼︎」
声の限り叫んだ。他の生徒も教員も関係ない。だっておかしい。自殺じゃない。殺されたの。一架は──。
「宮島さん、気持ちはわかる。でも、松倉さんは自殺してしまった」
その、落ち着いた声が空っぽな私の中でこだました。
「そう、ですね。それが、事実ですもんね。そんな風に思えるなんて、私も先生もきっと頭おかしくなっちゃったんだ」
一架が死んだ。
もう、どこにもいない。
(十)
桑野美緒の住む三十代半ばにしてはかなり質素なアパートを見上げながら不安そうな声音であんぱんが言う。
「話して……くれますかね」
「話すさ、きっと」
彼女がまだ、教師でありたいと思っているのなら。
桑野が昌徳高校を退職したのは松倉一架が亡くなって間もなくのことだった。彼女が何を思って、何を手放してしまったのか。もし、そこに葛藤があるのだとすれば、可能性はあるはずだ。
インターフォンを押すとプツッというマイクの音がしたきり、無言の時間が流れた。
家にいる。聞こえているはず。何を言ったら彼女が話してくれるかなんて確証はないけど、それでも黙って帰るわけにはいかなかった。
「桑野さん、お願いします。宮島結愛さんのこと、松倉一架さんのこと、教えてほしいんです。なんでもいいんです」
声が届いているのかなんてわからない。呼びかけ続けることしかできない。
「何か彼女たちから聞いていたんじゃないんですか。あなたなら宮島結愛さんの味方になってあげられるんじゃないですか?」
「……」
「ここで手を離してしまったら、第二の、第三の松倉一架さんを生むかもしれない。それは……、結愛さんかもしれない」
どうすればよかった、という後悔はそこにとどまり続ける限り消えることはない。
あの時こうすればよかったと思ったところで時は戻らない。それならせめて、せめて。
「今ならまだ守れるものに、みっともなく手を伸ばしましょうよ」
ガチャンとインターフォンが切られる音がした。
「先生! 桑野先生! 俺です、木村悠馬です! 話を、させてもらえませんか!」
悠馬がドアを叩こうとしたその時。
カチャリ、と玄関のドアが開いた。
桑野美緒は顔を出すと「お入りください」と静かに言った。
***
物が少なく、整頓されたその部屋の中で、座卓の前に正座する桑野はいっそう小さく見えた。
「これからお話しするのはあくまで僕の予想です。今回の宮島結愛さんの事件を理解するために必要なことで、当事者たちを傷つけたいわけでも侮辱したいわけでもありません」
桑野は黙って頷き、先を促す。
「宮島さんの今回の事件の本当の最初の発端は松倉一架さんが亡くなったことだった。そしてその原因は元担任教師からのなんらかの嫌がらせですか」
桑野の目を真っ直ぐに見据える。その瞳は淡く震えていた。
「嫌がらせ、なんて言葉で片付けられるものではありませんでした……」
小松という男は四十代の高校教師で一年前まで宮島や松倉の担任をしていた。
親しみやすく、快活で、生徒にも教員にも好かれるベテラン教師。生徒と距離が近いからこそ身近な相談に乗ることも多かった。
「小松は〝お気に入り〟を作る男でした。生徒にも、教員同士でも、気に入っている人を目に見えて可愛がる」
「最っ低……」
あんぱんがあからさまに顔を顰めた。
「松倉さんは大人しいタイプで、真面目な生徒だったので小松からはよく手伝いを頼まれたり、伝達事項を任されたりしていました」
初めはちょっと距離が近いだけ。
真面目な生徒ほど教師からの心象を気にして愛想はよかったはずだ。
少しずつ。少しずつ。拒否するのは失礼だろうかという相手の心の隙間に漬け込み、その領域を侵略していく。まるで自分が許してしまったせいで相手を変えてしまったかのような罪悪感まで植え付けられる。相手は人望があり、社会的な地位があり、力だって強い。
「〝一架が困ってる〟って声を掛けてきたのは宮島さんでした。当時、私は副担任でした」
「それで、どうなったんですか」
「……強くは、言えませんでした」
桑野が口元を抑え涙ぐむ。身体がぶるぶると震え始めたのを見てあんぱんがスッと彼女の背中に手を伸ばした。
「強く言えなかったのは、あなたも被害を受けていた一人だったから、ですね……?」
「あの人、じゃあお前が代わりになるかって笑ってた。悪いことしてるつもりがないんです」
小松はキャリアもあり、校長やその他の教員からの信頼も厚かった。
「私はできることをしたとか、言ったところで意味がなかったとか、数えきれない言い訳を自分自身にしてしまった」
「そのこと宮島には……」
「言えるわけないでしょ。でも、彼女たちの目から見たら何もしてくれなかったのと同じことね」
何もしてくれなかった。少女たちは絶望した。
「それで松倉一架さんは飛び降り自殺を……。でも、どうして宮島さんは──」
「違うわよ?」
桑野が急に意味がわからないとでもいうような顔で否定した。
「え、だって飛び降りて死んだんじゃ……」
悠馬も困惑の表情を浮かべる。一体どういうことだ。
「松倉さんの死因は、飛び降りじゃないもの──」
一架
いつだってそばにいたはずなのに、どうして私あの時一緒にいなかったんだろう。
後で合流して一緒に帰るつもりだった。
ちょっと提出物を出して、部活の顧問とを話してから教室に戻るつもりだった。
どうして一緒に来てって駄々こねて一架の手を引いてこなかったんだろう。どうして待っててと言ってしまったんだろう。
いつもより少しだけ話が長引いて、あぁ、一架にまた「どれだけ待たせるの」って怒られる。そう思いながら小走りで廊下を進んだ。もうほとんどの生徒は下校し終えた時間だった。
一架の待つ二階までの階段を駆け上がる。もう教室は目の前というところで、パァーンと銃声のような音がした。
何の音? そう思ったのと同時に何かすごく悪いことだったらどうしようという不安が胸に広がった。
咄嗟に「そうじゃありませんように」と心の中で祈る。一架じゃありせんように。一架は関係ありませんように。
早く教室に行かなきゃ。
そうやって足を速めようとした時のことだった。
バンッと大きな音がして教室から誰かが走って出てきた。
そうじゃありませんように。
すれ違った時に自分の身体から血の気が引いていくのを感じた。教室から出てきたのは小松だった。
何も、ありませんように。今日は大丈夫だった。何もなかった。そう言い聞かせながら教室へ走る。
「一架!」
扉を開け放った先には誰もいなかった。
「一架……?」
窓の外から誰かの叫ぶ声が聞こえる。
「そんなわけないよね?」
窓の下には一架がいた。
急いで下まで駆けつけた。一架は微かに意識があって、私は名前を呼び続けた。乱れた衣服と涙の跡。何があったのか聞かなくたってわかる。
ごめん、一架。待たせてごめん。そばにいなくてごめん。こんなことさせてごめん。
そう思いながら声が出なくなるまで彼女の名前を呼び続けた。
一架は一命を取り留めた。
全身打撲、四肢骨折、身体を打ちつけ心肺や気管の機能が低下し肺炎も引き起こしていた。しばらくはまともに会話できるような状況ではなかった。
元のように歩けるようになるかは五分五分だと聞いた。
私はこれ以上一架から何も奪わないでと強く願った。
面会が許されている期間には何度でも会いにいった。
手を握った。顔を撫でた。その体温が温かくて安心した。
小松はもうすでにその頃〝諸事情〟とやらで学校には来ていなかった。
警察に話を聞かれた時にはあの日小松を見たことも、一架が前から小松に体を触られたり執拗に絡まれていたことも話した。学校に相談していたことも伝えた。
相談を聞いてくれた桑野先生だってそのことを話してくれただろう。
後に制服に付着した精液から小松のDNAが検出されたと聞いた。
気色悪すぎてトイレで吐いた。その夜眠れなくてもう一度吐いた。
でも、それは証拠だ。紛れもない証拠。あの男が一架に何をしようとしていたかの証拠。だから、大丈夫。起きたこと自体は何も大丈夫ではないし、許せないことに変わりはないけどせめて。
せめても、あの男は正しく裁かれ、できるだけ重い罰を与えられるはず。そう、思っていた。
一架が目を覚ましたと聞いた時、ようやく涙が出た。生きていてよかった。また会えてよかった。嬉しかった。このまま目を覚まさなかったらどうしようと毎日怖かった。
「結愛の声、おっきすぎてずっと聴こえてた」
色んなチューブに繋がれた一架は照れたようにそう言ってくれた。
「アイツ死刑になればいいのにね」
私たちはまだ知らなかった。
「二度と元の生活になんか戻れないようになってほしい」
この国では、性犯罪者は被害者を故意に死なせでもしない限り死刑にはできないということを。
判決が言い渡されたその日の絶望を今でも鮮明に覚えている。
「不同意性交未遂ですらないってどういうことですか……」
あの日小松は一架に近づき身体に触れた。
いつもだったらすぐ終わる。すぐ終わる。黙っていたらすぐ解放される。そう思って一架は黙った。
小松はその日、その手をゆるめなかった。嫌がる一架にキスをした。服の中に手を入れ、自分の陰部を露出し、彼女に押しつけた。
一架は、自分がこれから何をされるのか嫌でも理解したはずだ。
強い力で押し付けられる。怖かったはずだ。騒いだら殺されるかもしれない、黙って言いなりになるよりもっと痛い目に遭うかもしれない。
計り知れない恐怖の中で彼女は飛んだ。
必死に抵抗して、もがいて、一瞬の隙をついて二階の窓から飛び降りた。それなのに。
「膣内に挿入が認められたかが不同意性交等罪かどうかを決めるんですよ。指でも何でも入ってたらねぇ」
黙れ。
「常日頃からそういうスキンシップがある関係だったのに密着するまで拒否しなかった。被告人が誘惑されたと捉えても仕方ないのでは?」
黙れ。
「嫌よ嫌よも好きのうちだと思った」
黙れ。
「凶器や計画性、脅迫などの事実は認められない」
黙れ。
「逃げることができたのだから恐怖で拒否できなかったというのは矛盾するのでは?」
黙れ。
「結果として、被告人が与えた被害は〝落下による怪我〟だ。これは猥褻行為によるものとは切り離して考えるべき」
お願い、もうやめて。
結局、小松に言い渡された判決は執行猶予つきの不同意わいせつ罪と業務上過失致傷罪だった。
小松が失ったのはたった百万そこらの罰金だった。
一架は自分を守る為に決死の覚悟で飛び降りたのに、その行動すら小松の罪を軽くするために利用された。
一架は少しずつ、少しずつ壊れていった。
本当はもうずっと前から壊れていたのかもしれない。それでもかけらを拾い集めてなんとか一架でいてくれたのに、事情聴取や法廷での言葉はいとも簡単に彼女を打ち砕いた。
小松は人知れず学校を辞めた。
松倉一架が飛び降り自殺をしたらしいという噂だけが、この学校には残った。
学校は「いたずらに生徒を動揺させる必要はない」として小松の退職の理由を公表することはなかった。
もう一架は一架ではなくなっていた。
わけもわからないまま自分を責めて泣いていた。
退院して、もうすぐ学校に来ると聞いていた。
次の知らせは一架の訃報だった。自宅の風呂場で手首を切って死んだのだという。
生きて、帰ってきたのに。
生きるために、自分の尊厳を守るために、あの卑劣な男に魂を殺されないために、彼女はあの日飛び降りたのに。
意味がわからなかった。
どうしたらよかった。
何が違ったら一架は今ここにいたんだろう。
誰が一架を追い詰めた。
一架が黙って最後まで受け入れていたら?
同意があったと言われただろう。
大人しく被害に遭って病院に行ってたら?
病院に行く冷静さがあるなら大した被害じゃないのではと言われただろう。
大きな声で抵抗していたら?
被害はなかったんだからと小松は不起訴になったかもしれない。
どうしたらよかった。
彼女の一体どこに落ち度があった。一つも悪くないのに彼女は死んだ。殺された。
どうしたらよかった。
きっと彼らにはわからない。その恐怖も、恥ずかしさも、悔しさも。自分がされたことを事細かに語らなければならない苦痛も、揚げ足を取られるように落ち度落ち度と言われる苦悩も。
やられる側にいたことがないから想像できないのだ。
一架の声は押し潰されて、ペチャンコになって消えてしまった。学校の誰も知らない。なかったことになった。
小松はたった二ヶ月の停職処分を受けた後、系列高校で非常勤講師として再び働き始めた。
誰でもよかった。
私より体が大きくて、力が強くて、権力があって、自分が突然殺されるなんて思っていない人。
私にそれができたら、一架を追い詰めた人たちは考えてくれるだろうか。一架を見えなかったことにした人たちは、ある日自分が一架になった世界を想像してくれるだろうか。
あぁ、暑い。暑いのに寒気がして手が震えてるの。震えが止まらないの。
「宮島!」
ごめん、私今、自分の心臓の音がうるさくて何も聴こえないの。
街を歩いている時にその人を見つけて、「あぁ、不倫の人だ」と思った。
あの人の見えている世界は一架の生きていたそれと一緒だっただろうか。
一架の声は誰にも聞こえなかった。
誰にも届かなかった。
お願い、誰か。
聴こえる?
一架の声が聴こえる?
***
「宮島さん、前に私に言ったんです。〝アイツら、やられる側になってみなきゃわからないんだ〟って」
桑野はそういうと深々と頭を下げる。
「書いてください。私が、学校が、社会が、あの子たちにしたことを包み隠さず」
「はい。必ず」
届けなくちゃいけない。この世界で幾度も繰り返しながら、それでもまだ止むことのない透明な悲鳴を。
一刻でも早く、彼女に会いたかった。
「あの! すみません!」
桑野の家を出た途端、あんぱんが大きな声を上げた。
「藤波さんたちは結愛さんのところに行ってください。私には、私のやるべきことがありますよね」
まぁるい瞳が強い意志を持ってこちらを見据える。
出会った日からそう経っていないのに、見違えるほど顔つきが変わった。
「任せた。いや、おまえにしか任せられん」
「ありがとうございます! 行ってきます!」
走り去る背中を見送ることなく、俺たちもまたやるべきことに向き合うために歩き出した。
***
薄暗いその部屋で彼女に会うのはまだたった三回目だった。
どこにでもいる普通の女子高生だったはずの彼女の世界はある日を境に一辺した。
「桑野美緒さんが、すべて話してくれたよ」
その言葉に反応するように宮島がパッと顔を上げた。
「桑野先生、話してくれたの……?」
彼女にとっては何もしてくれなかった大人の一人かもしれない。松倉一架の死に向き合えず、彼女を残して桑野は教壇を去った。逃げた、と感じて彼女の絶望を深める一因になった。
「君は、松倉一架さんの受けた不条理を世間に知らしめたかった」
宮島の呼吸が荒くなる。
「誰でもよかったんじゃない。男で、筋力も権力もあって、テレビで報道されるような人がよかった」
空虚だったその輪郭が初めて小さく震え始める。
「だから春村登喜男を刺した。そうだね?」
「……」
途切れ途切れに微かな声が聴こえた気がした。
「……かは……」
「なんだ? 聴く。ちゃんと聴く」
「一架は……弱かったから死んだんじゃない」
焦点の合わない目で必死に宮島が言葉を紡ぐ。
「強かった。強かったから。だから生きようとしてたのに……!」
「わかってる、わかってるよ」
悠馬がそう言ってアクリルガラスに詰め寄った。
「それでも、君のしたことは間違ってた。人の命を奪った」
「わかってる」
「だから、怖かったよな」
その言葉を聞いた宮島の目から大粒の涙が溢れ落ちた。
「怖かった……」
理解されないことも、自分がしてはならない過ちを犯していることにも気づいていた。
「誰に言ったってこんな理由理解されるわけないって思うと怖かった。自分がしたことが怖かった。でも、怖いなんて言って許されるわけない」
「だから黙秘し続けた」
彼女がこくこくと頷く。
「ねぇ、藤波さん。法律は一架を守ってくれなかったのに、私が法律守る必要ってどこにあるんだろう」
──ねぇ、せんせ。どうして人は殺しちゃいけないんでしょう?
木村日和はもういない。
松倉一架はもういない。
それでも俺たちは生きていかなきゃいけない。
折れずに、腐らず、正しく、強く生きなくちゃいけない。
「それでも、君に人を殺させたくなかった」
君の手を殺人を犯した手にしたくなかった。君の人生が誰かから何かを奪う側になってほしくなかった。
「一緒に苦しむから。俺も同じだから。だから、きちんと罪を償って、生きてほしい」
どうしたらよかった。
何千回も何万回も考えた。
どうしたらよかった。
苦しむ彼女に誰も手を伸ばせなかった。
だから、君の手を握り、君の言葉を書く。
「生きてほしい」
叫ぶことを諦めずにもがくしかないから。
「私、人殺しちゃった……」
「うん」
「あの人のこと、殺しちゃった……」
「うん」
「……んなさい……ごめんなさい……」
「うん、聴く。全部全部聴くから」
宮島結愛の慟哭が重く重く響いていた。
(十一)
遺影に写るその少女はどこにも翳りのない爽やかな表情を浮かべていた。
「一架のことを聞きたいなんてびっくりしましたよ」
「今、宮島結愛さんの記事を書いておりまして」
「そうなのね。結愛ちゃん、本当にいい子でね。一架も、何度も折れそうになった時結愛ちゃんに支えられてたのよ」
松倉一架の母親は愛おしそうに目を細め遺影を眺める。
何度も何度もそうやって、娘に話しかけてきたような空気を感じた。
「娘のことを書いていただくことが結愛さんを助けることになりますでしょうか」
少し堅苦しい口調で私に接するのは一架さんの父親だ。
「はい、そうなるよう尽力します」
「そうか。話を聞きにきた人が君のような人でよかった」
二人は当時のことだけでなく、楽しかったこと、二人の仲がよかったこと、家にもよく遊びにきていたことなど、嬉しそうに話してくれた。
「改めて、この度は心よりお悔やみ申し上げます」
返ってきたのは「記事楽しみにしてます」という力強い声だった。
藤波の記事はwebメディアで連載された。
記事をきっかけに世論はひっくり返り社会が大きく変わった! なんてことは起きるわけなく、記事はせいぜい五日間ほどSNSを賑わせ、やがて鎮火していった。
「安藤ちゃん、ちょっと」
久しぶりに綿貫編集長に声をかけられビックリしてデスクに駆け寄る。
「例の都議会議員刺殺事件、なかなかPVいいよ。グッジョブ」
「ありがとうございます。まあほとんど藤波さんのパワーですけど」
あんなに出会い頭の印象が悪かった割には、記事を書き始めると早くて面白いものを書くので丁度ムカついていたところだ。
「あ、そういえば編集長」
「んー?」
「監視役って何だったんですか、結局」
あぁ、アレねと編集長が髭を撫でる。
「手紙を見た時から、あぁこれ藤波くん肩入れしすぎちゃうかもしれないなーって思ってね。それで、見張り」
こちとら犯罪者の監視かと思って一時無駄な緊張感が走ったというのに。なんでもお見通しだったということか。
「でもまぁ、おかげで崩れることなくやり遂げた。意外とナイスコンビなんじゃない〜?」
「どこがですか。私は早く東堂さんとやりたいですよ〜」
「そうわがまま言わず〜。はい、じゃあ次これやってみて」
「はい! 頑張ります!」
世界はそんな簡単には変わらなくて。
世界はそんなに優しくなくて。
不平等で、不条理で、時々すごく嫌になる。
自分の弱さに堪らなくなる。
それでも、叫ぶことをやめたらその声はどこかへ消えてしまう。
不平等で、不条理で、そんな地獄みたいな世界がたとえ現実だったとしても。
叫び声を張り上げて、私は今日を生きていく。
掬い上げられる何かを、取りこぼさないように無様に、必死にもがきながら。
終
