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【#創作大賞2026】一架の声が聴こえる?(九)

前回


 trigger

 ねぇ、一架。

 なぁに、結愛。

 最近大丈夫? あれ。

 あぁ、まじで小松キモい。

 気をつけてよ? ほんと。わたし心配して言ってんだからね?

 わかってるって。でも大人だよ? 先生だよ〜?

 でも、わたしいつだってそばで目ぇ光らせとくから。ふふっ。

 あははっ! そっちの方が怖いじゃん!




   (九)


 指定した時間に待ち合わせ場所に向かうとソイツはすでに到着して俺たちのことを待っていた。

 前に会った制服姿よりもラフなTシャツにジーンズ姿で悠馬は立っていた。

 「お前だな、手紙も。FAXも」

 店に入るや否や切り出す。悠馬はバツが悪そうに瞬きすると観念したような顔で白状した。

 「なんでわかったの? 結構いい演技してたと思うんだけど」

 「どこがだよ」 

 「考えてみたら犯人になりそうなの、悠馬くんぐらいしかいないんですよ」

 手紙に書かれたイソップの言葉、藤波先生という呼びかけ。手紙の主が初めから木村日和の死について俺に意識させようとしているのは明らかだった。

 彼女を想起させることで宮島結愛の犯行にも何かまだ隠されているんじゃないかと俺に勘繰らせた。

 「ポイントは手紙の主が〝事件の全容を明るみにさせようとしてたこと〟です!」

 手紙の送り主は「真相を掘り起こすな」ではなくあくまで彼女の事件について明らかにすることを俺たちに要求していた。学校側の人間がやるなら「手を出すな」というメッセージになる可能性の方が高い。

 犯人は恐らく黙秘し続ける宮島結愛の取り調べや裁判の進行状況を気にしていた。警察は犯人も明らか、被害者は政治家というこの事件を今以上に積極的には調べない。

 現行犯で捕まった彼女が黙秘し続けることで判決が不利になっていくことを心配して最初の手紙を送ってきた。

 「でも、俺たちがモタモタしていて一切の進展がないことを悟ると犯人は焦った」

 「だから過激なFAXを編集部に送った」

 犯人は当然順調に俺たちが前に進んでいるか確かめにくる。俺たちにこの期間で接触してきて、その後俺たちが桑野と接触していることは知らない。そして何よりあの頃の俺に名前や顔を覚えられていないにも拘らず木村日和の遺書の細かい内容まで知っていた人物。つまり──。

 「木村日和さんの弟ってとこか? その菊池悠馬って名前も嘘だろ」

 「なんだーバレバレかよー。でも悠馬って名前はほんと! 木村悠馬!」

 悠馬が真顔でピースして見せる。飄々としたその様子を見て十代の癖に妙なとこだけ肝が座りやがってと微笑が漏れる。

 「どうして俺に手紙なんか送ってきた? 宮島に喋らせたいなら部外者の俺なんかより自分で行って話したほうがよっぽど近道なんじゃないか?」

 それは悠馬の正体に気づき始めた時から薄々思っていたことだった。面会室での二人の雰囲気、喋ったことがないわけでもないだろう。部外者が立ち入るより友達が語りかけた方がまだ効果がありそうだ。

 「……書いて欲しかったんだ、メディアに」

 悠馬はさっきまでの気まずそうな笑顔をとっくに捨てて真剣な顔で俺を見上げる。

 「宮島のことを面白おかしくじゃなくて、真剣に、正しいことを書いてくれるメディアの力を借りたかった」

 宮島結愛の事件は発生当時センセーショナルにお茶の間を沸かせ、各メディアがこぞって事件について報道した。普通の女子高生と都議会議員。白昼堂々のナイフ一本での殺害。世間は騒いだ。やれ二人の接点は高級クラブだの、やれ不倫の果ての心中未遂だの、それはもう言いたい放題だった。

 「俺にはなんのツテもないし、テレビとか新聞に手紙なんか送っても意味ないのなんて馬鹿でもわかる。でも、藤波先生なら。助けてくれるんじゃないかと思ったんだ」

 「それで薫陶社に?」

 「先生、毎年姉ちゃんの命日に花贈ってくるでしょ。名前はないけど家族みんなわかってる、ずっと」

 少しだけ悠馬の目が潤む。

 「俺覚えてるよ。小学生だったけど、元々姉ちゃん藤波先生の話よくしてたから。色々あってからもさ、手紙、嬉しそうにしてたし」

 悠馬の言葉が濁流のように押し寄せてくる。耳がうゎんうゎん鳴って苦しい。やめてくれと制したいのに声にならない。だって、こんなの。今更こんなの。

 「救われてたと思うよ」

 俺だけもらってばかりでズルいじゃねぇか。

 俺は彼女に何もしてあげられなかったのに。彼女がこの先、生きるはずだった長い人生を守ってやれなかったのに。

 「だから藤波先生に頼みたかったんだ。普通にいったらきっと聞いてくれなかっただろうからあんなやり方になっちゃった。FAXもごめんなさい」

 立ち上がって悠馬が頭を下げる。あんぱんはアイスコーヒーをズズッと啜ると満足げに俺たち二人に笑いかけた。

 「これで私たちの関係は盤石ですね! 藤波さん、ほら涙拭いてください!」

 「泣いてねぇわ」

 「いいから」

 悠馬がもう一度頭を下げて言う。

 「俺の知ってることは全部話すから。最後までよろしくお願いします」

   ***

 俺もわからない部分はどうしてもあって……、と悠馬は話し始めた。

 宮島結愛の様子が少しずつおかしくなり始めた発端は今から約一年前だった。

 「去年の九月くらいかな。親友が学校で飛び降り自殺したみたいなんだよ」

 「自殺……?」

 亡くなった生徒の名前は松倉一架(まつくらいちか)。宮島結愛と同じクラスだった。

 「深いことはわからない。最初は事故で誰かが怪我したらしいって噂だけだった」

 放課後の、もう徐々に暗くなり始めていた頃に学校に救急車が来ていたらしい、というところから噂はあっという間に広まった。だんだんと「誰かが落ちたらしい」「飛び降りたらしい」と噂は広まり、その濃度を増していった。

 そしてその数ヶ月後、松倉一架が亡くなったというお知らせだけが同じ学年の生徒にのみ知らされることとなる。今年の五月の終わりのことだった。

 「松倉が飛び降りたらしいっていうのはわりと序盤からみんな言ってたんだ。現に松倉はずっと休んでたし」

 高校で起こった大事件だろう。あることないこと、近しい者から遠い者まで耳にくらい入っていたに違いない。

 「俺は宮島と中学が一緒で。松倉と一緒にいるとこ何度も高校で見たことあったからさ。気にはなってたんだよ」

 「松倉一架さんの自殺と今回の事件、どう関係してるんでしょうね」

 「変だなって思うのは、松倉が飛び降りて入院した頃、急に宮島たちの担任の小松って男の先生がいなくなったんだよね」

 松倉一架が飛び降りたとされているのは九月。新学期が始まって二週間くらい経過した中途半端な時期に、ほとんど大々的に知らされることなくその小松という教師はいなくなった。

 「気になったから何人かの先生に聞いてみたけどみんな濁すんだよ。絶対なんかやってる。そのせいで松倉は自殺した」

 「だいぶきな臭いな」

 「でも、誰も話してくれない。確証がないまま宮島に変なこと言いたくなかった」

 どんな言葉がどういう風に伝わって当事者たちを傷つけるかわからない。その難しさは痛いほどよくわかる。

 「宮島には差し入れと一緒に手紙を渡した。宮島なら読みそうだなって思って。藤波って人が絶対来るから。その人は信用できるから会ってみないかって書いた」

 そしてその思いは届いた。

 「じゃあ面会室での〝嘘じゃない〟ってやつも──」

 「うん、藤波先生に会ってようやく信頼できるって思えたからね。先生に会えるまで連日自習スペース確保するの大変だったんだから。絶対学校も来るって信じて張ってた」

 悠馬は俺の髪を指しながら「見た瞬間一発で藤波先生だってわかったよ。全然変わってない」とウインクした。やかましいわ。あんぱんも一緒になってケラケラ笑う。そうだ、二人揃うと煩いんだった。

 「それで? もう全部か?」

 「いや……」

 悠馬が言い淀む。

 「なんですかー。ここまで来たら全部言ってくださいよ」

 束の間の静寂。深呼吸の音が聞こえる。

 「あの日、俺、宮島と喋ったんだ」

 あの日。宮島結愛が春村登喜男を殺した日。

 「めちゃくちゃ暑い中さ、顔面蒼白でヨロヨロ歩いてたんだよ。名前呼んだのにさ、聞こえてんのかどうなのかもよくわかんないの」

 大丈夫か、と聞いた。

 いや、あの、ごめん、と言われた。

 急に声かけてごめん、と別れようとして今目の前の彼女が持っていた未開封の包丁が妙に気に止まった。

 次の瞬間、すべてを悟った。

 「駄目だ、殺しちゃ駄目だ、って思った。思ったのに一歩も動けなかった」

 当たり前のことだ。あれだけ大勢人がいて、誰も動くことができなかった。それでも。

 「俺があの時何かしてたらこうならなかったんじゃないかなって思うんだよ。あの時走って止めてたら。何か気の利いた一言が言えてたら」

 どうしたらよかった。

 どうしたらよかった。

 どうしたら引き返せたのか。

 考えても考えても答えは出なくて、苦しみ続ける。

 だから、俺たちは闇雲でも踠くしかない。

 「二人はこれから桑野先生のところに行くんでしょ」

 「お前も来るか?」

 「え、いいの⁉︎ 行きたい!」

 どうすればよかった。そうやって悔やみ続ける先に答えなんかない。それならもういっそ、すべてを知って、喰らって生きていくしかない。

 「まぁ、あれだな。恩返しみたいなもんだな」

 目を合わせると悠馬は嬉しそうに身体を浮かした。

 「ありがとう、藤波先生。やっと言えるな。今度はちゃんと姉ちゃんに顔見せに来てよ。お花だけじゃなくて」

 「身に余るな。それじゃあ、行くか。あんぱん!」

 「あいあいさ!」

 不思議ともう、この事件に対峙することが怖くはなくなっていた。

 救えなかった、ではない。

 今から掬い上げられるものがあるならどうか、その手を離さないでいられますように。

 それが今の俺にできること唯一のことのような気がした。


続く

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