見出し画像

【#創作大賞2024】いなくなったきみへ第五話

いなくなったきみへ

前回

四.盗視(4-1)

 満開の桜とごった返す新入生の波で大学キャンパスが賑やかに湧き立つ。古河律子と出会ったのはそんな季節の頃だった。

 「軽音部のライブ、観ていい?」

 サークル勧誘の海の中、友達に連れられてたまたま入った講堂はよく知らないサークルのライブ会場になっていた。ジャズだかR&Bだか馴染みない洋楽のバンドとはミスマッチだったけど、公演会でも始まりそうなその部屋は彼らのでっかい音に満たされていた。音が、すごい圧で降りかかってくる。あまり聴かないジャンルばかりで曲はよく知らないが、なんか大人で〝大学生〟って感じ。

 ほんのちょっと前まで高校のお気楽軽音部で楽しさ重視のバンドをやっていた身で技術を評価するのも烏滸がましいが、全体的に上手いサークルだと思った。ライブに付き合えと誘ってきた隣の友人も身体を揺らして楽しんでいる。入るつもりなのかもしれない。彼もまた高校時代は軽音部だったと三日前の自己紹介で言っていた。

 心地よく耳が音を追う。ドラム、ギター、ホーンセクション。なんか神経質そうなベース弾くなぁ、ベース誰だ?

 不意に目線を上げた先、彼女がいた。
 小柄で、ステージの中で埋もれてしまいそうな存在なのにその繊細なベースラインは耳馴染みよく響いていた。

***(4-2)

 あの日のライブがきっかけで俺はその軽音部への入部を決めた。元々続けるか微妙なところだったが、友人がやはり入るというので便乗して入部届を出した。ライブ帰り、二人でしばらく無言で歩いて、どちらからともなく我慢できなくなって「むっちゃ可愛い先輩いたよな!?」と盛り上がったことは今はもう懐かしい。

 実際、仮入部の時点で古河律子に釣られた男どもは少なくなかった。単純だし、馬鹿である。それは明確に恋に落ちたとかいうわけではなくて、なぁんかちょっとお近づきにとまでは言いませんけど先輩後輩として仲良くなれませんかねぇ、というアレである。要するにミーハー? そういうとめちゃくちゃダサいが。

 自分含めこういう奴らが入ったあとどうなるのかというと意外と普通に部に馴染んで、みんな散り散りに恋愛していく。「古河律子」もなんやかんや普通に可愛い先輩「律子さん」になっていく。ある男の先輩は歓迎飲み会でしたり顔で言った。

 「俺ら古河と同期だろ? みぃんな一回古河のことが気になって、で、個々の方向性にシフトチェンジしていくわけよ」

 あれは金言だと思ったね。

 古河律子という人間は人を選ぶタイプだろうなぁと思ったのは、彼女と喋るようになってすぐだった。可憐で清楚な風貌から、うっかり勝手に柔らかくて博愛的な女神様のような女性を想像してしまいそうになる。でも、実際の彼女は全然そんなことない。どっちかといえば冷たいと思う。いや、冷たいとも違う気がする。正直なリアクション以外がなんか下手なのだ。外面よくとかも多分できない。

 「律子さん、俺のこと苦手でしょ」

 「苦手なつもりは、ないですけど?」

 「なんで律子さんが敬語になんですか」

 ドギマギする姿が面白くて笑い混じりに言うと彼女も同じテンションで笑ってくれる。

 「いやだって!そっちが急に攻めてくるから!」

 悪いやつだわ〜と大袈裟に呆れたポーズを取る。細い首にかかるショートカットが揺れていた。

 「でも律子さん社交辞令的な笑顔とかほんとは苦手でしょ。で、それバレてるなぁって相手も苦手っすよね」

 「人見知りなだけだから!でも、あれだわ。そういうこと直接言ってくる朝比奈のことは嫌いだわ」

 「えぇ嫌いは違うじゃないすか〜。新歓、一年と全然打ち解けてなかった記憶は消しますからぁ!」

 お互い本気じゃない。本気で嫌いじゃないから軽口が叩ける。律子とその距離でいられることに密やかな優越感を感じないこともない。そう思いながらあの意外に捻くれた彼女とよく喋るようになった。

 面白かったのが、律子は案外〝典型的な女子大生〟を斜めに見ているタイプの女だった。自分の見た目はあんなきゅるんとしている癖に。いつ会っても、線が細く真っ直ぐに伸ばされた綺麗な黒髪とさりげなく引かれたアイライン。ぱちぱちと音がしそうな睫毛だけど、全体的にナチュラルなメイク。どちらかといえばそっち側なのかと思ったけど、なんか精神性が違うらしい。

 海ピクニック? TikTok? あぁ、なんかそういうの楽しそうですね笑という素のままをそのまま出しても許されている感じが「古河律子」の才能だった。だからそういうものを見つける度に「律子さん、どうっすかああいうの。流行りなんすか」と絡みにいく。貶してんだか褒めてんだか分からないヘンテコな古河律子評を楽しめるからだ。

 人見知りで人を選ぶタイプだから彼女の人間関係は狭く深くだった。女も男も友達は少なく見えた。波長が合う人以外とはそもそもうまく喋れないのかもしれない。もしかしたら、ちょーっと他の人より彼女を知っていられてるのかもしれないなぁなんて考えていた。出会ってから二ヶ月くらいが経っていた。

 バンドの練習終わりいつものように飲みに行こうとしたら自分を入れても三人しか人が残らない日があった。自分、律子、もう一人は彼女と同じ学年の芳賀という男の先輩だった。彼も性格でいったら自分たちと似たような雰囲気があって、部室でどうでもいいことを話してくれるタイプの先輩だ。彼らの学年を三つか四つに分けたら芳賀も律子と同じグループの住人だろう。

 人は大して集まらなかったが、空気も合う三人だ。ラーメンでも食べてサクッと解散しますかということになった。

 「珍しいすね。律子さん、ラーメンとか行くんですね」

 「いや別に行かないけど……。あ、でも、最近ちょっと行くかな」

 「朝比奈〜、俺にも聞けよ。好きなんですかって」

 「芳賀さんは好きって知ってるから大丈夫す」

 連れ立って学校近くの強そうなラーメン屋に入っていく。食券を買い、カウンターに着く。丁度L字のところで芳賀と律子が隣に座る。

 大学に入ってから既に何度も来ているこの店は正直うまい。あとトッピングがガッツリ乗っていて気分がいい。

 テラテラのラーメンが自慢げな顔でテーブルに乗る。むわっと薫る湯気に分厚く光る焼豚、惜しげなく盛られた野菜。もうまず見ただけで既に美味しい。

 何の気もなく先輩たちへ目線を向けると、ひょいっと律子の箸が芳賀の器からもやしを掴んだ。特に何も言葉はなかった。なかったけれど芳賀のもやしは丸っと律子のものになり、代わりに律子が焼豚を二枚ひょいひょいと芳賀の器に返した。

 芳賀の顔が一瞬だけわかりやすく綻んだ。

 今のってさ。続きが頭の中で言葉になる前に芳賀が律子の器からほうれん草を移したのが見えた。それが取り除かれた器に幸せな視線が落とされるのが見えた。

 そういう顔で笑うんじゃん……。

 古河律子はそういう女だった。彼女が何気なくやる言葉に出さないやり取りは相手が自分と何か一部を共有しているようで好きだった。冷たくて、可愛こぶったりできない人だったけど、頼まなくても、視線を合わせなくても、これ嫌いでしょと無言で繋がれる不思議な人なのだ。そして、その特別が返ってくれば、どこにでもいる普通の女子大生のように嬉しそうに笑うのだ。

 その相手に、自分もなれるような気がしてた。

 あんなに不器用なのに人を喜ばせるのが上手い。人に〝特別〟だと思わせるのが上手い。

 だってあんなの狡いじゃないか。その一瞬のちょっとのことが言葉よりも何よりも三人を二人と一人に分けていた。

***(4-3)

 二人は特に誰にも打ち明けずに付き合っていたから、気づいていた人たちもあえて口を出さない雰囲気だった。

 次に二人の成り行きを聞いたのはそれからもう少し後。彼らが別れた時だった。芳賀と二人になった時「そういえば、」と独り言みたいなテンションで報告された。

 なんで別れちゃったんですかと訊くと芳賀は力なく笑った。

 「難しいな。……俺が、悪かったんだろうな」

 もっとやり方あったのかもなぁ、と溢すその口調は律子との日々がもう過去になりつつあることを感じさせた。 

 「じゃあ律子さん、今フリーだ」

 きっとそういう人だから、そういう風に笑いながら応えてあげる。後輩力。

 ははっと短く笑うと芳賀はカラッとした顔で言った。

 「律子はやめときな。大怪我するよ」

続く

いいなと思ったら応援しよう!