【#創作大賞2026】一架の声が聴こえる?(五)
前回
述懐
私がそばにいるから。
病室で眠る友人の無機質な布団の中に手を潜らせる。弄りながら暖かいその手を見つけぎゅっと包んだ。
わかってる。わかってるからね。守れなくてごめん。独りにしてごめん。だから。
目が覚めたら、アイツのこと。二人で死刑にしてやろうね。
起こしてはいけないと思いながらも、そうしたかったから指を絡めた。ギプスが掌まで来ていてうまくは絡まなかったけれどそれでもよかった。
その細い指先にたしかに血が通っていることを確かめて、明日も来ようと思いながら病室を後にした。
(五)
「その長谷川って女の先生、ウチに赴任してきたの先月だよ」
それが悠馬のの言う「特大ネタ」というやつだった。ここで聞かなくてもいずれこの真実に辿りついたような気もするが、三段跳びでとっかかりを与えてくれたという点においてこの情報は有力だった。
その場で他の生徒にも裏を取ったことで「学校はそれを意図的に隠している」ということはもう明白だった。少なくとも八方塞がりに近かった現状からは一歩前進といったところか。
結局、次の宮島との面会には悠馬を連れていくことになってしまった。
「藤波さ〜ん! 安藤さ〜ん! お疲れ様で〜す」
今日も煩いの二人を連れて歩かなければならない。こちとらあんぱん一人で十分煩いというのに。あぁ、報告したら綿貫のやつ、ボーナスなどつけてくれないもんだろうか。
「お前もう夏休みか?」
「そうっす。昨日までテストの返却期間で、さっき終業式やってきたっす」
「わぁ、終業式懐かしい〜。じゃあ、いきましょうか!」
あれから行けるタイミングがあれば宮島の元を訪れてはいるが、なんせ一日一組しか面会できない時期なので直接対面はしていない。たまたま居合わせた彼女の担当弁護士にも世間話の程で話しかけてみたが、有力な情報はなかった。
彼女は未だに沈黙しているらしい。
裁判が始まれば宮島の場合、黙秘は情状酌量の余地を失わせるどころか反省の色なしと判断されてもおかしくはない。弁護士的には焦る時期だろう。
──先生、彼女を助けていただけませんでしょうか。
結局彼女のことを助けることができるのは彼女自身しかいない。
俺のような人間には向き合えない、とも思う。向き合う資格がない。だからこの仕事も受けたくなかった。
それでも、もう手を離すこともできないのもまた事実だった。
あのタヌキ親父の掌の上で転がされているかと思うと、ムカつくよりもむしろ感心する。
どうしたらいい。何があれば君と会話ができる。答えはいつも目の前にしかなくて、目を凝らしてもいつまでも虚ろだった。
「今日はオマケが増えた」
悠馬の肩に軽く手を置き、宮島の方に促す。彼女は今日も静かに俯いている。夏ということを忘れそうなほどひんやりとした空気はここがあまりに静かだからか、それともただの冷房のせいか。それでも彼女の着ている七分袖のリネンのTシャツが涼しげで、小さな夏を装っていた。
「急に来てごめん……」
「……なんで」
震えて掠れた声で彼女が答えた。
答えるのかよ、とは思ったが、この二人には二人なりに俺たちの知らない何かがあるのだろう。もしかしたら「クラスが一緒だっただけ」というのも嘘で本当は付き合っているということもあるのかもしれない。
「あのさっ!」
ガタッと急に悠馬が立ち上がりアクリルに詰め寄る。この部屋に来ると途端に静かになるあんぱんからも身じろぐように小さな声が漏れた。宮島が怯えたようにゆっくりと顔をあげる。
「あれ、嘘じゃないから」
はじめから返事なんて期待もしていないような顔をしていた。
「だから話せよ、って俺は思う」
二人の視線は数秒交差し、そして困ったように宮島が再び視線を伏せた。
悠馬もまたパイプ椅子に座り直す。彼はこの一言を伝えるためにここに来たのだろうか。それきり口を開くことはなかった。
宮島が俯きながら黙って下唇を噛んだ。それが悠馬の伝えたかったことをを受け取ったという証左なのかは部外者の自分にはわからないものだった。
腕時計に目をやる。まだ、十分に時間がある。
「勝手に色々話を聞きにいかせてもらった」
せっかく来たんだ。どんな些細な情報でも得られるものなら得ていきたい。これから何と戦うのか、そもそも何かと戦う必要があるのか、まだ何もわかっていないが武器があるに越したことはない。何が刺さるかはわからんがぶつけてみるしかなかった。
「君のお母さんとも話した」
母親の話題、無反応。
「学校にも行った。これはまだまだな。もっと掘れる」
学校の話、無反応。
通っていた塾。
家の近所の人。
初めて会った日、彼女はたしかに声を上げた。
話さないだけで、話せないだけで、本当は何かあるはずだ。それを見つけるのが、多分今の俺に課せられている役割のような気がした。
「あと、春村家も行ったぞ。奥さんと、息子とも話した。たしか……」
あれもダメ、コレもダメ。結局今日もダメかと思ったその時、彼女が急に沈黙を破った。
「誰でもよかったの」
「え」
「誰を殺してもよかった。だから……、その人たちは関係ないから……」
だからそれ以上迷惑をかけないであげて。
それが彼女がその日はっきりと口にした最後の言葉だった。その後はもう、しきりに「すみません」「もう帰ってください」と呟くだけだった。
***
「通り魔とか連続殺人事件でよく聞く〝誰でもよかった〟って、あれ大体被害者は女性や子ども、お年寄りなんですって」
面会を終えた俺たちは悠馬と別れ、会社へ向かっていた。あそこは資料を保管してくれる無料の作業スペースとしてはかなり優秀だ。フリーのライターなのでデスクこそないがそれでも十分ありがたい。
「弱い人間が、抵抗できないもっと弱い人間使って鬱屈を発散するくだらねえ行為だな」
スティックパンを食べながら歩くあんぱんを横目に宮島の言葉を反芻する。
誰でもよかった、か。
それにしては今回の被害者はあまりに意味がありすぎる。メッセージ性を感じるなという方が無理があるキャスティングだ。
それともどうだ。誰でもよかったのに春村を刺してしまったせいで事件が意図しない意味を持ってしまったということか。
「藤波さん。私、今も背はちっちゃめな方なんですけど、小さい頃は同級生と比べても本当に小さくて」
たしかにあんぱんは小柄な方だろう。153……ぐらいだろうか。俺と並ぶと30センチメートルほど差があることになる。そりゃ日頃すぐ見失うわけだ。
「ちっちゃい頃からずーっと〝身体ちっちゃいんだから気をつけるのよー〟〝油断してたらすぐ攫われちゃうぞー〟って言われて育ちました」
自分が親でもそう言うんだろうなと思う。女となれば一層そうだろう。
「いつか大人になったら一人でどこまでも行っちゃうぞーって思いながら大人になりましたけどダメですね。大学時代、彼氏におすすめの趣味は〝夜の一人散歩〟って言われた時ぶん殴ってやろうかと思いました」
できないですけどね、非力ですし、と彼女は笑った。気づくと二本目のスティックパンを咥え始めていた。
「誰でもいい人たちに狙われる側に生まれた宮島結愛が刺したのは、どうして春村議員だったんでしょうねー」
「それを見つけるのが俺らの仕事だ」
「ですね!」
あんぱんが三本目のスティックパンに手をつけようとした時、彼女のスマホが震え出した。
急いで口の中を空にし、あんぱんが電話に出る。コイツ、喰いすぎじゃないか。
電話が終わると振り向きざまにあんぱんが俺を呼ぶ。
「あの! 藤波さん!」
「な、なんだよ」
コイツはいつも唐突で、もれなく声がデカい。
「すみません、今日これから別行動でお願いします!」
「おい、ちょっと待て。何しにどこに行くんだ」
慌ててそう訊くとあんぱんはウインクしてこう言った。
「そんなのもちろん、長谷川さんに会いにいってくるんです!」
あぁ、もう。全く話が見えん。
続く
