消せないほど、かわいいもの。
消しゴムなのに、娘はまだ何も消さない。
それでも彼女は、きょうもまっすぐに言う。
「消しゴム、買いたい」
3歳の娘が、百均のダイソーで売っている「おもしろ消しゴム」に夢中である。
お寿司、ドーナツ、ケーキ、くだもの。
小さな箱や袋の中に、子どもの手のひらサイズの世界が詰まっている。
そして今日は、ばぁばにハンバーガーセットのおもしろ消しゴムを買ってもらっていた。
ハンバーガー。ポテト。
たぶん、ちゃんとセットになっているところがいいのだと思う。
小さな手でひとつずつ並べて、娘はうれしそうに眺めている。
消しゴムとして使う気配は、いまのところ一切ない。
そもそも、娘は「消しゴム」の本当の役割を、どこまで知っているのだろう。
鉛筆で書いたものを消す道具。
間違えた線をなかったことにするもの。
書き直すために、いったん白く戻すもの。
そんな大人側の説明は、娘にはまだ届いていない気がする。
娘にとっての消しゴムは、たぶん、消すためのものではない。
かわいいもの。
集めたいもの。
並べたいもの。
ばぁばに買ってもらって、うれしかった記憶ごとしまっておくもの。
大人になると、消しゴムは少し切ない道具になる。
間違えた漢字を消す。
うまく書けなかった線を消す。
人に見せたくない下書きを消す。
なかったことにしたい言葉を、何度もこすって薄くする。
消したはずなのに、紙にはうっすら跡が残る。
強くこすりすぎると、紙そのものがよれてしまう。
ああ、人生もわりとそうだな、と思う。
なかったことにしたい失敗も、
言わなければよかった言葉も、
うまくできなかった日の自分も、
完全には消えない。
でも、消えないからこそ、そこに「書き直した跡」が残る。
まっさらではない紙の上に、それでも続きを書いていく。
そんなことを思う母の横で、娘はハンバーガーの消しゴムを大切そうに持っている。
彼女の世界では、まだ消しゴムは何かを消すために存在していない。
むしろ、今日という日を残すためにある。
ばぁばと一緒に買ったこと。
ハンバーガーセットを選んだこと。
こどもの日だから、まあいいか、と母が少し甘くなったこと。
その全部が、小さな消しゴムの中に入っている。
いつか娘も、消しゴムの本当の使い方を知るのだろう。
文字を間違えて、消す。
絵の線を直したくて、消す。
宿題の答えを書き直すために、消す。
そのとき、今日のハンバーガー消しゴムのことを覚えているだろうか。
消しゴムは、間違いを消すだけのものじゃなかった。
小さくて、かわいくて、ただ持っているだけでうれしいものだった。
そんなふうに、世界を見ていた日のことを。
こどもの日。
娘はまたひとつ、消しゴムを手に入れた。
けれどそれは、何かを消すためではなく、
きっと、今日のうれしさを消さないためのもの。
喜木 拝
凛花さんの企画に参加しています。
お題でビンゴを狙っています。
今回のお題は「消しゴム」。

前回のお題「苺」はこちら👇
お読みいただき、ありがとうございます💖
いいなと思ったら応援しよう!
サポート頂けると飛んで喜びます!
本を買う代金に充てさせて頂きますね〜
感謝の気持ちいっぱいです!!