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そろばんを教えていたはずが、あきらめない方法まで作っていた。#この作品に帯をつけるなら【創作大賞感想】

帯なので、いいことしか書きません。

創作大賞2026に応募されている作品に、私が読者として「帯」をつけるなら。そんな気持ちで、感想を書かせていただく企画をしています。

そしてなんと、きょうたのさんとコラボさせていただけることに!!
私が考えた帯のことばを、きょうたのさんに描いていただています。

今回読ませていただいたのは、100日後にそろばん完全マスター!さんの記事。

『どうしても、そろばんを100本のYouTubeで教え切りたかった 〜世界に「わかる順番」を渡した1年の物語〜』

そろばん。

この言葉を聞くと、私は少しだけ憧れがあります。

幼い頃に、そろばんをやっておけばよかったな、と思うことがありました。

といっても、ものすごく本格的な理由ではありません。

暗算できると、カッコイイな。

そのくらいの、素朴な憧れです。

買い物のときにぱっと計算できたり、数字を見た瞬間に答えが浮かんだりしたら、なんだかかっこいい。

けれど同時に、そろばんには少し近寄りがたい印象もありました。

珠の動かし方。
繰り上がり。
繰り下がり。
掛け算。
割り算。
暗算。

どこかでつまずいたら、もう置いていかれてしまいそうな気がする。

そんな私にとって、この作品は「そろばんを教える記事」というより、学びにつまずく人へ向けた、静かな応援の記録のように感じました。

この作品で描かれているのは、100本のYouTube動画を作り切るまでの一年です。

100本。

さらっと書くと簡単そうに見えるかもしれません。

けれど、実際にはとんでもない数です。

一本ごとに内容を考える。
台本を書く。
例題を作る。
撮影する。
編集する。
字幕を入れる。
日本語字幕だけでなく、英語字幕も入れる。
見やすく整える。
分かりにくいところを削る。
つまずきそうな場所を先回りする。

その積み重ねが、100本。

読んでいてまず感じたのは、これは根性の話だけではない、ということでした。

もちろん、続ける力はものすごいです。

でも、それ以上に印象的だったのは、
「分からない人を置いていかない」
という姿勢でした。

そろばんが分からなくなる理由は、能力が足りないからではない。

分かる順番で、分かる言葉で、教わっていないだけかもしれない。

この視点が、とてもやさしいと思いました。

私たちは、何かを学ぶ途中でつまずくと、すぐに自分を責めてしまいます。

向いていないのかな。
才能がないのかな。
やっぱり自分には無理なのかな。

でも、本当はそうではなくて、ただ順番が合っていなかっただけかもしれない。

説明の角度が、自分に届いていなかっただけかもしれない。

止まってしまった場所に、もう一度戻れる道しるべがあれば、また歩き出せるのかもしれない。

この作品は、そろばんを通して、そんな学びの本質を見せてくれます。

特に心に残ったのは、初学者にとって大切なのは、派手な成功体験よりも「ここで止まって大丈夫なんだ」と思える足場だ、という考え方です。

これは、そろばんだけの話ではないと思いました。

読書も、書くことも、仕事も、子育ても、何かを始めるときには必ず「分からない時間」があります。

その時間が長くなると、人は不安になります。

自分だけ遅れている気がする。
周りの人はもう分かっている気がする。
こんなところで止まっている自分が恥ずかしくなる。

そして、やめてしまう。

でも、本当は、止まること自体が悪いわけではない。

止まった場所から、もう一度進める道があるかどうか。

そこが大切なのだと思います。

100本のそろばん動画は、そのための道だったのだと感じました。

速くできる人だけのためではない。

最初の一歩で迷う人。
途中で指が止まる人。
何度も同じところでつまずく人。
それでも、もう少しやってみたい人。

そんな人のために、一本ずつ道を作っていく。

それは、ただの教材づくりではなく、学ぶ人の孤独に寄り添う作業でもあったのだと思います。

そして、この作品のすごさは、その道が日本だけでなく、海外にも届いているところです。

日本語字幕だけでなく、英語字幕も入れる。

それは、ただ親切というだけではなく、最初から「世界のどこかにいる、そろばんを学びたい人」へ届けるための骨組みだったのだと感じました。

小さなそろばんの珠をはじく音が、国を越えて届いていく。

画面の向こうで、誰かが同じように珠を動かしている。

昨日できなかったことが、今日できるようになる。

その瞬間を想像すると、胸が熱くなります。

そろばんという、昔からある学び。

でも、それをYouTube、字幕、動画編集、ロードマップという形で、今の時代にもう一度届け直す。

伝統を守るというのは、ただ昔の形をそのまま残すことだけではないのかもしれません。

今、必要としている人に届く形へ、もう一度整えること。

その人が分かる順番で差し出すこと。

それもまた、伝統を未来へつなぐことなのだと。

帯コピーを考えるとき、私は「そろばん」だけで終わらせたくありませんでした。

もちろん、これはそろばんの作品です。

けれど、それだけではない。

100本の動画を作る中で、作者さんが作っていたのは、そろばんの技術だけではありません。

分からなくても大丈夫。
止まっても大丈夫。
一つずつ戻ればいい。
昨日より少しできるようになればいい。
続けた先に、自分だけの景色がある。

そんな「あきらめない方法」まで、一緒に作っていたのだと思います。

だから、私がこの作品に帯をつけるなら。

この帯をつけたいです。

そろばんを習っていた人にも。
習っておけばよかったと思っている人にも。
数字が苦手だった人にも。
何かを学ぶ途中で、あきらめそうになったことのある人にも。

この作品は、静かに届きます。

できるようになることは、誰かに勝つことではない。

昨日の自分より、少し先へ進めること。
分からなかった場所に、もう一度向き合えること。
自分の成長を、自分で認められること。

100本の動画の向こうにあったのは、そんな学びの光でした。

100日後にそろばん完全マスター! Abacus Japan Master in 100 Daysさん、素敵な作品を読ませていただき、ありがとうございます。

帯のことばを素敵に描いてくださった、きょうたのさんにも感謝を。

喜木 拝


紹介作品

100日後にそろばん完全マスター! Abacus Japan Master in 100 Daysさん
『どうしても、そろばんを100本のYouTubeで教え切りたかった 〜世界に「わかる順番」を渡した1年の物語〜』

帯の文字

きょうたのさん


企画記事

喜木凛(ききりん)

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