優しいふりをやめる練習
「やさしいね」と言われるたびに、
少しだけ、わたしが遠くなる日がある。
本当は、やさしく“ありたい”。
でも、ときどきわたしは、やさしく“見られたい”を選んでしまう。
今日は、やさしさを捨てる話じゃなくて、
やさしさに、わたしの居場所を取り戻す練習の話です。
「優しいふり」が上手い日は、だいたい我慢が上手い日
わたしは、角が立たない言葉を選ぶのが得意です。
先回りして空気を読むことも、たぶん得意。
それは悪いことじゃないし、必要な場面もたくさんある。
でも、毎回それをやっていると、
本音を言う筋力が、すこしずつ弱っていく気がする。
本音って、乱暴にぶつけるものじゃなくて、
丁寧に差し出していいものだったはずなのに。
気づいたこと。
“やめる”のは、やさしさじゃなくて「演技」
わたしがやめたいのは、やさしさそのものじゃない。
やめたいのは、
「嫌われないための反射」で口にする言葉。
たとえば——
「ごめん、今日は難しいです」
「今は余裕がなくて、あとで返事してもいい?」
「それ、ちょっと悲しかった」
このくらいの本音を、
悪者にならずに言える自分になりたい。
【わたしのワーク】優しいふりをやめる、3つの練習
1|“すぐ返す”をやめる
返事は、思いやり。
でも、即レスだけが思いやりじゃない。
まずは深呼吸して、自分の気持ちを1行で確認してから返す。
いまの私は「できる」?「難しい」?
2|“なんでもOK”をやめる
予定やお願いに対して、
一度だけ「考えさせてください」を挟む。
それだけで、自分の都合を取り戻せる。
これは、今の私にとって無理がない?
3|“笑って流す”をやめる
傷ついたとき、笑って終わらせる癖があるなら、
まずは心の中で本音を言葉にしてみる。
本当は、どう感じた?
口に出せなくてもいい。
自分が自分の気持ちを見捨てないことから始める。
それでも、明日また「優しいふり」をしてしまうかもしれない
きっと、いきなりは変われない。
明日もまた、反射で「大丈夫」と言ってしまうかもしれない。
でも、今日こうして書いたから、
次は少しだけ遅れてでも、本音に追いつける気がする。
「やさしい人」でいたい。
その願いは、これからも変わらない。
だからこそ、
自分に対してもやさしい人でいたいと思う。
わたしの“やさしさ”が、
演技ではなく、呼吸みたいに自然なものになるまで。
今日も、練習中です。
喜木 拝
※このテーマをもっと深く書いた有料記事
「わたし、たぶん“優しいふり”がうまい。」では、
わたし自身の本音と、線引きの具体例をもう一段掘り下げています。
気になる方は、あわせて読んでいただけたらうれしいです。
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