夏の甘露
水無月の蒸し暑い午後。
空一面を覆うミルク色の雲を見ていたら、ぽつんと鼻先に冷たいものが落ちてきた。私は慌てて走り出す。振り返ると、ずうっと遠くの雲は、底がまっ黒になっていた。
なんとか無事にたどり着いた。息を切らして扉を開け、重たいランドセルを置く。
ひと息つくと、急に、ほおにもじゅわっと汗がにじみ出す。
「おかえり」
待ち構えていたかのように、目の前にグラスが差し出された。
三和土の斜め前には台所があって、そこからにゅっと母が手を出したのだ。
限りなく透明に近い、琥珀色のジュース。ふわっと青梅の爽やかな香りが立ち昇る。
まだ飲んでもいないのに、口の中までぽっと甘くなった。
手渡されたグラスの表面には、結露した水のつぶがたっぷりついていて、手をぬらす。ひと口飲むと、舌の上に澄んだ甘さが、香りがぶわっと一気に広がった。
ほんとうはちびちび大切に飲みたい。でもがまんできなくって、喉を鳴らして一気に飲み終える。
からん、とむなしく氷が鳴ったときの淋しさと言ったら。
─❅─
結婚してから、毎年梅シロップを漬けている。
足の踏み場もない部屋で途方に暮れていた新婚時代も、キッチンの上に積み重なったものをざざっとどかして見なかったことにして、ぷちぷちと梅のへたを取っていた。氷砂糖を入れるときのからんという澄んだ音も、青梅のにおいもなにもかもが大好き。
けれどもここ数年、私が梅シロップをつくっているわけではない。
ふたりの子どもたちが奪い合うように、けんかをしながら漬けている。どっちの梅が多いとか、氷砂糖が多いとか、些細なことでぶつぶつ文句を言って睨み合う。
私はその様子をいらいらしながら見ていて、なんとか口を出さないように深呼吸をくり返している。
今年もふた壜、漬けた。
ふたりともあっという間に小学生になった。毎日毎日、私が子どもだったときよりずっとずっと暑い中をがんばって歩いて帰ってくる。
梅シロップができたら、私もやってみようと思うのだ。「おかえり」と差し出す甘露を。

▼6月はこのキーワードの中からエッセイを書いてみます。
⚠️質問があったので、エッセイに限定せず、日記・小説・短歌・都々逸・イラストなどなんでもOKとしました! 広く使っていただくタグになったので、企画名はそのまま「ビンゴエッセイ」にさせてください♪
▼エッセイの設計図・発想法をまとめました。
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