いたずら教師はキノコ推し
チャンバーの中に、空と森が映っている。ぽとぽと落ちてくる点滴の雫もすっかり見慣れた、入院生活、2週目。
15歳の秋。
たしか、日曜日で、おやつどきの時間だったと思う。
わたしは病室の窓辺に所在なく立っていた。
暇すぎてうろうろしていた共用スペースで「病院の敷地内に出たたぬき」と添えられた、愛情あふれる記録写真たちを見つけたからだ。
結局たぬきの姿は見つけられず、点滴スタンドをごろごろ押しながらお手洗いに向かった。
戻ってきたら、隣のカーテンが空いている。
「これ、お食べ」
隣のベッドのおばあさんは、わたしによくお菓子を分けてくれた。友だちとしゃべりなと、テレホンカードも何枚ももらった。
病棟にいるのはお年寄りばかりで、十代のわたしはひどく目立ち、色々な人から声をかけられたり、なにかをもらったりしていた。
今のわたしなら、もう少し愛想よく話せると思うけれど、当時は、緊張で固まってしまい、お礼を伝えるので精一杯だった。
ごろりと横になる。
だんだんと意識が落ちていく。
学校に行けない日々が続き、曜日感覚もなくなっていた。
でも良かったのかも。
学校に行くのが苦しい時期だった。──逃げ出してしまいたかったのだ。
夏ごろに、ひどい裏切りにあった。
自分自身も人を傷つけた。
そういう昏いものが蓄積されていったせいだろうか。
ある日、朝起きると身体が動かなくなっていた。ひどくだるさを感じた。
不審に思った母親が病院に連れて行くと、そのまま家に帰れずに入院になったのだった。
ストレス性のなんちゃら炎ということだったけれど、それを知ったのは退院後。親も医師も病名を言わないので、わたしはその頃、このまま死ぬのではないかと本気で思っていた。
最初は絶食させられたし、ずっと点滴をつけっぱなしだし、とにかく辛かった。
でも、学校に行かなくていい。
そう思うとほっとした。
どれくらい経っただろう。
くすくす笑う声で目を覚ましたわたしは、叫んだ。
カーテンの隙間から、顔が半分だけ見える。
三日月型に目を歪めてにんまりと笑った、男性の顔が。

「……ふ、不審者」
おばあさん! と助けを隣のベッドに求めようとしたのだけど、声が出ない。わたしは震えながらナースコールに手を伸ばした。
「ちょ、驚かせようとしただけじゃない! こら、やめなさいよ」
不審者がカーテンを全開にした。
カーテンの隙間から覗き込んでいたのは、いつものくたっとした背広姿ではなく、チェック模様のシャツにアウトドア用のベストを羽織った副担任(50代男性)だった。
左手のくしゃくしゃの重たそうなビニール袋が、あまりにも病院に似つかわしくない。
「え、先生……?」
「まったく!せっかくお見舞いに来たのに! 不審者ってなによ」
先生は顔を真っ赤にしてぷりぷり怒った。
「そうそう。これ」
先生はビニール袋をわたしの足元、布団の上にどさっと下ろした。土臭さがむわりと広がり、消毒薬のにおいを上書きする。
「私ね、キノコ狩りが趣味なの」
先生はうっとりと言った。
「なんのはなしですか……?」
「これよこれ! キノコ。あ・な・た・の・た・め・に! わざわざ採ってきたんだから」
先生は恩着せがましい感じで強調し、ビニール袋を広げて見せる。中にはキノコがどっさり入っていた。スーパーの椎茸のような画一的な大きさのキノコではなく、大小さまざまなものが入り混じっている。
「なにこれ……」
「なによ。美味しいんだから! サモダシ。味噌汁にいれるとそれはもう、おいしいの」
カサの部分はやや平たくて、キャラメルを薄めたような色だが、土がたくさんついている。山直送なら頷ける。軸はかなり細く、ひょろっとしており、日焼けした肌のような色だった。
「先生」
「なによ」
「わたし、入院中ですよね?」
「なにを当たり前のことを言ってるのよ」
「キノコ、食べれないです」
先生は頭を殴られたような表情を見せた。
「そんな……せっかく採ってきたのに。野生動物に追いかけられて、大変だったんだから」
「いや、そんな危険なことしないでください……」
ちょうどそこへ、母が見舞いに来た。
「え、先生いらしてたんですか」
母は困惑した。
「ちょうど良かった!」
先生が鼻息荒く母に駆け寄る。ビニール袋を母に押し付け、キノコについて熱く説明をくり返したのだった。
(料理上手な母は、サモダシの味噌汁を家で振る舞ったらしい。後日「おいしかったよ」と言っていた)
帰り際、先生は「治ったら来なさいよ、学校」と言った。
「負けるんじゃないわよ。得意なことでやり返しなさいよ?」
「え」
「……それとも、あなたには無理かしら」
にやけた顔にわたしはむっとして「できるし」と頬を膨らませた。
この二週間、ひたすら寝て過ごしていた。でも、先生が帰ったあと、持ち込み許可をもらっていたノートパソコンを開いた。
気づいたら夜だった。
そのとき書いたものがコンテストで賞をもらい、東京に行ったのはまた、べつなお話。
後書き
ここのところ「1,000文字エッセイ」に凝っている。
文字数を決めるとほどよく削れて、きらっと光るような表現がたまに生まれる(ような気がする)
( #どうかしているとしか )
今回は新しい試みとして「2,000文字チャレンジ」をやってみた。
本文は2,000文字ぴったり。
キリよくまとまると気持ちいい。
年内最後の回収に向けて、わたしの、渾身のキノコ話を掘り出してみた。
先生が追いかけられた野生動物、なんだったのだろう。
記憶がない。
2000年代の出来事だったはずだから、まだ、イノシシは北上していなかった。
香川に来て驚いたのは、ニュースやら学校やらで「イノシシと出会ったときの対処法」を、しつこいくらい教わることだ。それくらい身近なもので、街中にも住宅街にも出るらしい。
野生動物とのエンカウントについて話すとき、先生は「私、逃げ足が速いの」と得意げに笑っていた。
わたしは適当にスルーしていたけれど、今あの病室に戻るならきっと「何言ってるかわからないです」と答えると思う。
▼わたしが学校に行きたくなかった理由。でもあのときの経験から、親友を見つけるのが得意になった。
▼冬になるとストロベリーアイスが食べたくなっちゃう。絶対、先輩のせい。
▼コニシ木の子さんに「ラブレターだ」と言われたんだけど、なんのはなしですか。まさかそんな……! どうかしているとしか。
▼わたしはこんな人。お仕事募集中。わりと何でも書きます。
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