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透けるノイズ │ 第1章 消失点

妻が消えた。隠された妻の顔と、彼女が消えた理由とは──。

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1.消えた妻


「パパ!」

思わず振り返る。知らない子どもだ。苺のショートケーキを指さしながら父親らしき男性に駆け寄っていくのを見て、寒川拓海はぼんやりと前に向き直った。

硬質な照明で縁取られたショーケースの中には、色とりどりのケーキが整然と並んでいる。

拓海は、注文していたバースデーケーキが運ばれてくるのを待っていた。
この中にあるタルトやザッハトルテのほうが妻は好きそうだ。だが、ホールケーキの方が子どもたちも喜ぶだろうと思ったのだ。

額にはじんわりと汗が滲んでいる。
まだ4月半ばだというのに夏日だった。背広をぬいで腕に引っかけ、袖をまくる。

そのとき、スマホが振動した。087ではじまる、県内の番号だ。覚えはなかったが電話を取る。



『お世話になります~。寒川ふゆかわさんの携帯でお間違いないでしょうか~?』

間延びした若い女性の声だった。聞き覚えがないが、そう・・呼ぶということは、知り合いらしい。

「……そうですが」

『波間幼稚園の多田です~。漣くんと涼くんのお父様でしょうか~?』

ふたたび確認するように電話の向こうの相手は訊いた。
「ああ」と思わず声に出る。

「はい。そうです」

答えながら拓海は困惑していた。どうして自分のほうに電話がかかってくるのだろう。

店内の時計に目をやると、15時20分を過ぎていた。

『じつは……お母さまがお見えにならないんです~。漣くんたちのお迎えをお願いします』

「え? 妻が? お手数をおかけしてすみません。すぐ向かいます」

拓海はふたたび時計に目をやった。ここから幼稚園までは車で15分ほど……。ふだんなら会社にいる時刻だが、午後休をとっていてよかった。

「15時45分前後に到着するかと思います。お手数をおかけして申し訳ございません」

『いえ、とんでもないです~。すみません、延長保育料金がかかってしまいますが……お待ちしております』

車に乗りこんだ拓海は、エンジンをかけると同時に澪の番号をタップした。スピーカーにして駐車場を出る。しかし、数コールで「電話に出ることができません」という硬質なアナウンスに変わり、切れてしまった。

信号待ちのたびにかけ直したが、結局園についても妻が答えることはなかった。


ふたりの息子を連れて家に着いた。エンジンを止めて鍵を引き抜く。スマホを見ると16時25分だった。

大きなチャイルドシートがついた澪の自転車はいつものように置かれていた。家を出ていないのだろうか。


「澪?」

玄関を開けて呼びかけるが、答えはない。家の中は、心なしかひんやりと暗く見えた。

リビングは朝、拓海が家を出たときのまま、雑然としている。そこに妻の姿はなかった。




「ねーねー、ママは?」

弟の涼が訊いた。

くちびるにはフライドポテトの油がついて、てらてらと光っている。拓海は顔をしかめながら、ティッシュで拭いた。涼は不快げに目をきゅっとつむり、手をぱたぱたさせた。

黒いテーブルには、ふたりの手形がいくつもいくつもついている。食事の前に拭いたばかりなのに。

「ママはさ、ちょっと出かけてるんだよ。そのうち帰ってくると思うよ」

どんなふうに伝えていいかわからず、拓海はなるべく柔らかい表情をよそおってふたりに言った。


「ママのたんじょうびカードつくったのに」

兄の漣は、ぽつりとそうこぼすと、うつむいたまま、もくもくとチキンをかじった。

ふたりは年子だが、4月生まれと3月生まれで2年近く生まれ月が離れているし、漣は拓海に似たのかずば抜けて背が高く、小学生に間違われる。
そのため、兄弟は実際よりずっと年の差があるように見えた。


漣はおとなしいが、察しのいいところがある。
明日がどうなるかわからない以上、母に電話をしてふたりのことを頼もうと思っているが、──繊細なところのあるこの子には、聞かれないようにしなければ。
拓海は、漣の背中をそっとさすった。



「うわあ、おいしそう」

テレビ画面のなかでは、大きないちごを持った女性がほほえんでいる。涼が「デザートだして、デザート!」とテーブルをどんどん叩いた。

「さっきおやつを食べただろ」

「デザートはべつなの! デザート! デザート!」

「今日はない」

「いやあああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

涼が叫びだした。どうやってそんな声を出すんだというような甲高い声だ。耳がきぃんと痛くなり、拓海は思わず顔をしかめた。
ふと冷蔵庫の横にかけられたヘッドホンに目がいった。



拓海が家に帰ってくると、いつも妻はヘッドホンをつけていた。それは拓海がプレゼントしたものだ。子どもが寝たあとや、洗濯ものを干すときに音楽を聴けばいいと思って贈った。

それなのに澪は、子どもがいる前で、まるでふたりを拒絶するようにヘッドホンをつけていた。
思わず叱ったことがある。

確かに、子どもたちの声はきんきん響くが、それでも拓海はヘッドホンに手を伸ばさなかった。



「みて!燃えてる!」

漣がテレビ画面に釘付けになっている。
画面の向こうでは、船が赤々と燃えていた。真っ黒なけむりが、船の幅ほどもの太さでもくもくと絶えず空に立ち昇っていた。

拓海はテレビにリモコンを向ける。


 

 
 
 


ぷつん、という音とともに、画面が真っ暗になった。──子どもが見るものじゃあない。


3人で神経衰弱をし、お風呂に入り、幼児向けのワークに取り組む。──なんだ。やっぱり簡単なことじゃないか。
部屋を暗くすると、それまで平気そうにしていた涼が少しぐずりだした。「ママ」としくしく泣きはじめ、ねむるまでには1時間もかかった。

拓海ははじめは一生懸命向き合っていたが、やがて諦めて、スマホで電子書籍を読みはじめた。


ふたりを寝かしつけたあと、真っ暗な部屋から起き上がるのにはひどく時間がかかった。闇の中で横たわっていたせいで、身体はねむる準備をはじめており、ひどく重だるい。

ふらつきながらリビングに降りてきたが、拓海はすっかり疲れてしまい、風呂にも入らずソファに崩れ落ちた。すこしだけ。すこしだけ、仮眠を取ろう。

テーブルの上には、ごみや食べかすがそのままになっている。捨てようと握りしめていたポテトの包みが、ゆっくりと手からこぼれる。
それに気づくこともなく、拓海はまどろみに落ちていった。






2.たったひとつの手がかり


飛び起きたのは明け方だった。
カーテンの隙間から、青白い光がこぼれている。薄曇りの夜明け前だ。玄関に走るが、澪のくつはない。
スマホにも通知はなかった。

7時を過ぎるのを待って、拓海は義母に電話をした。澪の実家は北陸にあり、もう2年8ヵ月ものあいだ戻っていなかった。

『拓海さん……? 朝早くにどうしたの』

義母は困惑した声で電話に出た。──ああ、澪は実家に帰ったわけではないのだ。一縷の望みをかけて尋ねた。

「澪、そちらに戻られてませんか?」

『え……こっちには来てないけど。なに、どういうこと?』

「すみません。自分にも状況がよくわかっていなくて。昨日から家に戻っていないんです」

『……喧嘩でもしたの?』

義母の声色が硬くなる。
ぎくりとした。

「いえ、思い当たるようなことは……」

うそだった。というよりも、喧嘩のない日のほうが珍しい。
これまでずっとそうだったし、逆にいうと、少なくとも昨日は大きな喧嘩をしたわけではなかった。

だから、確かに思い当たるようなことはないのだった。



澪は、贅沢な生活をしていた。
子どもが幼稚園に入ると、働いているわけでもないのに、毎日のように家を空けるようになった。行先はスーパーや図書館の日もあれば、ショッピングモールだったり、カフェだったりした。

それを指摘すると、みんなそんなものだという。みんななんていう曖昧なものと比べるのが苛立たしかった。

「それに最近は、ライターの仕事をしているの。生活の足しにしたいし、自分のために罪悪感なく使えるお金が欲しくて」

そんなことを話していたが、それで食べていけるわけではない。それで仕事をしているなんて、とても言えないだろう。


働かないのならせめて家のことを完ぺきにするべきだ。

なのに、庭には草が生えている。周りの家は草がほとんど生えていないのに。窓硝子はくもっている。階段のほこりや、拓海が夜中にたべた夕食の食器が朝まで放置されていることも気になった。
なぜ出歩くのなら夜に降りてきて家事をしないのだろう。

子どもの勉強を見たり、習い事の宿題を手伝っているようすもない。

いちばん許せないのは、ティッシュを切らすことだ。疲れて帰ってきているのに、ティッシュがなくて、納戸から取り出すのはいつも拓海だ。

拓海は職場での不条理さに耐えながら、それでも家のために働いている。──それなのに。あたたかい室内や、冷房のきいた場所でのびのびと楽しむ妻のことが苛立たしかった。




園に着く。涼は門を抜けるなり拓海の手を振り切って駆け出した。ともだちにぶつかりそうになりながら、間をするすると抜けていく。
すれ違った母親が、子どもを守るように引き寄せ、涼を睨んだ。

先生に今日の迎えは拓海の母親が来ると告げると、曖昧な表情をされた。


「漣くーん、おはよう」

後ろから声をかけられる。拓海よりすこし年上だろうか。30代後半くらいの女性が、小さな女の子の手を引いて立っていた。これから仕事なのだろうか。明るい髪色で私服に見えたが、もう片方の手には、パソコンバッグがある。

「漣くんママ、体調悪いんですか?」

彼女が尋ねた。

「パパか来てるのはじめて見ました~いつもお世話になってます。真鍋柚香まなべ ゆずかの母、安奈です」

真鍋安奈……。その名前にはなんとなく見覚えがあった。確か、保護者会の役員をしているはずだ。決算資料の中に、会計として名前が記載されていたような気がする。

「あ、ええ……」

「そっかあ。漣くんママ、もしかして昨日のお出かけで疲れちゃったのかな。遠出するみたいだったから」

「……遠出?」

「え? ……はい。あれ、いやだ、勘違いだったらごめんなさい。いつもは自転車で送ってきてますが、昨日は電車登園してたんですよ。だからどこか行くのかなって思っただけなんです。いやだ、早とちりしちゃって」

”ゆずちゃんママ”は、顔の前でぱたぱたと手を振って、一息でそういった。


「漣、じゃあまた」と拓海は息子を送り出し、女性に向き合う形になった。

「あの、妻の行き先がどこだったか、ご存知だったりしますか」

拓海が尋ねると、彼女は怪訝な顔をした。

「いえ。……あ、でも」

彼女は記憶を探るように視線を上に向けた。

「自然の多い所へ行こうとしてるのかなって思ったんですよね。……服装がね、いつもと違いました」

「服装?」

「ええ。漣くんママっていつも、可愛らしい感じの格好をしてるでしょう? でも昨日は珍しいから記憶に残ってるんです。デニムを履いてました。キャップをかぶって、リュックを背負って。くつもスニーカーで……アウトドアな感じだったんです」

「そう、ですか……」

聞けば聞くほど、わからなくなった。そういう格好だったということは、やはり、自発的に家を出た──?

とりあえず園から最寄り駅まで歩いてみたが、あいにく無人駅だ。手がかりを聞くことはできなかった。


家出の可能性が高い以上、なんとなく警察に届けるのは躊躇われた。




妻がいなくなってから、ほんの2日のあいだに、家はゴミ屋敷のようになっていた。

ふたりの子どもたちは帰宅するとまっさきにおやつの棚に向かう。

テレビで動画を流し、ばりばりと音を立てながら漣は煎餅を、涼はチョコサンドクッキーをかじっていた。床にぽろぽろと食べかすが落ちていく。

洗濯ものが、かごからはみ出していた。


以前、澪が熱を出したときに洗濯ならしたことがある。

でも、数日やってみて、わかった。
服が思った以上に乾かない。間取りの関係で、子ども服と下着とタオルではしまう場所がちがった。家じゅうあちこちに置かなければいけなかった。間取りを決めるとき、澪が反対していたことを思い出す──。

洗っても洗っても、かごが空になることはなかった。
干す場所が足りず、乾いたものと前に干したものとの境界もわからなくなった。ときには椅子の背に引っかけたりして、ようやく片づいたと思っても、また新しい汚れものが出る。

金曜日の夜、疲れ切った拓海は、ついに洗濯を回しただけで、干す前に寝落ちしてしまった。仕事との両立には限界があった。



子どもたちが腹に飛び乗ってきて、目が覚める。

慌てて洗濯機を開けると、生乾きの、どこかにごったにおいが鼻をついた。
前に澪が同じことをしていて「ごめん、洗い直すね」と言っていた声が、今ごろになってよみがえった。

──こんな、かんたんなことができないのか。

そう思った自分が、どこか遠くに思えた。


子どもたちが朝食をたべながら動画を見ている。妙にポップなそのうたを聞いていると無性にいらいらしていた。

ふと、LINE通知があった。ばっと開くと姉だった。

『澪ちゃんってnoteやってる? というか、もしかして事故にあった? ……なんてことないか』

AKEMI.N

拓海はすぐに姉──中西朱海なかにし あけみに電話をした。

『え、拓海? 今忙しいんだけど……』

電話の向こうでは「お母さん、水筒はやく!」という甥っ子の不満げな声が響いていた。

「行き先、知ってるのか?」

『なんのはなし……?』

姉は母から澪のことを聞いていないのだろうか。怪訝そうな声色をして言った。
7つ年上の姉とは、正直なところ、あまりいっしょに遊んだりすることもなく、ふつうの兄弟と比べると落ち着いた距離感で生きてきたと思う。だから、なにから話していいかわからず、拓海はぽつりとこぼした。

「澪が、──帰ってこない」






3.妻のもうひとつの顔


その日は土曜日だったので、子どもたちを乗せて徳島に住む姉のもとへ向かった。高速を飛ばす。
休日だというのに、高速道路にはほとんど車がいなかった。

姉の家についたのは、まだ昼前だった。
山のふもとにある戸建ての一軒家だ。建ててからもう10年以上が経つはずだが、外回りもきれいで、庭には草が一本も生えていない。よく手入れがされている。うちとは違って。

「朱海ちゃーん」

子どもたちが姉に駆け寄っていく。
姉は「おばさん」と呼ばれることを嫌がって、子どもたちに自分を名前で呼ばせていた。いつだったか指摘すると「今はみんなそんなもんよ」と黙らされた。

姉は化粧もせず、ひっつめた髪の毛に、部屋着らしい毛玉のついたワンピースをまとってあくびしながら顔を出した。

「草抜き、ちゃんとしよるんやなあ」

感心した。
学生時代の姉は、ぐうたらな性格というか、寝てるか遊んでるかのイメージしかなかったので意外に思いながらほめる。

「は? するわけないやろ。そんな、めんどいこと」

「でも、草ぜんぜん生えとらんけん」

「防草シート敷いてるに決まっとるやろ。それでも生えてくるやつは、旦那が抜いてくれてるんよ。あとは勇利におこづかいあげて頼んだりしよるんよ。私だけでぜんぶやるんは、不公平やし」

不公平。まあ、でも……。

「姉ちゃんは働いとるしなあ。そういや、勇利ゆうりは?」

「部活よ部活。いま、テニスやっとるんよ。もう真っ黒に日焼けしてさあ」

姉はけらけらと笑った。黙っていれば美人だと言われるが、話しはじめるともうだめなのだ。
玄関にはきっと義兄と勇利のものなのだろう男物の、少し薄汚れた靴が、ずらりと並んでいた。



外のようすからは意外なことに、室内はうちよりもさらに雑然としていた。リビングのテーブルには、両端に勇利のものらしい教科書や参考書が積み上がっている。少年漫画が、読みかけのまま逆Vの時になっているし、テレビの前にはゲームやコントローラーが無造作に置かれていた。

「それでなんなん? 澪ちゃんとけんかでもしたん?」

姉は、子どもたちの前にぶどう味の炭酸を、拓海の前には麦茶を置いた。溶けはじめた氷がからんと音を立てる。

「あ、拓海おじさん」

勇利が部活からもどってきた。甥っ子はすこし会わないうちに、拓海の背を抜いていた。
知らない男がそこにいるみたいで、不思議な感覚がした。

「勇利、ちょうどええわ。漣くんと涼くんと、上でゲームでもしてくれん?」

「えー? はらへっとんやけど」

「お小遣いやるけん」

「しゃーないなあ。おーい、行くぞ」



ふたりが上に行くと、家の中はしん、と静かになった。窓の外から鳥の鳴き声が聞こえる。

「それで、なんなん?」

「いや、……姉ちゃん、ノートがどうとか言うとったやろ」

拓海は話題をそらした。

「あー。言うたけどさ。でも、いくらなんでもそんな偶然あるわけないよな……」

姉は口を濁した。

「そもそもノートってなんなん? SNS?」

「んー、noteはブログに似とるかな。あたしもな、はじめたんは半年くらい前からやけん、そんなに詳しくはないんよ」

「素人の文を読むんか? 日記? それとも姉ちゃんが書いとるん? ……なんのために?」

「べつにいいやろ。あたしは読むだけやけど。でもいろんな人が書いとる中に、自分にはなかった視点とか、きれいな文章とかがねむっとるわけよ。それを見つけるんが、また楽しいんやけん。……なんなんその顔。失礼やなあ」

姉はぷりぷり怒った。

「それで、なんで澪がnoteをやっとると思ったん?」

「写真が……これ、あんたの家、やな?」

そう言って姉が見せたのは、うちのベランダだった。澪が趣味でつくっている家庭菜園を写したものだ。ベランダは高い壁で覆われており、外からは見えないつくりになっている。

だから、澪がそこにプランターを持ち込んで、野菜を育てていたのだ。野菜なんか、買えば早いのに。姉が畑をやっていることから、たしかにここに通したことはある。


冬河未零ふゆかわ みれい……?」

フォロワーの人数は3万人。アイコンは女性の横顔のイラストだった。

「いや、なんかの間違いやろ」

「そう、よな……。そんな偶然ないよな。このひと……未零さんってな、コンテストで賞も取っとるんよ。こないだの投稿でな、小説の書籍化が決まったなんて書いてあるんよ。いくらなんでも、澪ちゃんじゃ、ないよなあ」

姉は自分に言い聞かせるように言った。
書籍化──? そんな大それたことを澪ができるなんて、思えなかった。


「それで、事故って」

「あー……」

姉は、SNSを開いて見せた。イヲリという名のアカウントが載せているのは、先ほどの冬川未零の消えてしまった投稿をスクショしたもので、そこにはこんな言葉が添えられていた。

《こないだ船の事故があったらしいんだけど……未零さんだいじょうぶかな。この写真ってたぶん、あの船だよね?》
💬12 ♻45

イヲリ

この投稿が、”仲間内”で拡散されたのだという。

「高松港……」

姉が、SNSの投稿に寄せられたコメントをスクロールしてみせた。

《そんな事故あったの? こっちではやってないから知らなかった。未零さん、心配です……。》

あきもとしじま

《その投稿、たぶん15分くらいで消えてたよね? 晒さないほうがいいんじゃないの?》

まひる

《無事だと信じたいですが。そもそも、確か彼女は、その日にあった出来事を極力書かないと……なにかの記事に載せてたような気がします。ほら、特定されないようにするために。だから事故の日じゃないんじゃないかなあ》

YJ

「事故……?」

「この日、船の事故があったんやけど、知っとる?」

拓海は首を振った。姉はスマホに目を落とす。

「ええと……船、事故、ニュース……」

ややあって姉のスマホに表示されたのは、赤々と燃え盛る船の写真だった。

「大型船が火事になっとったんよ。300人ぐらい乗れるでっかい船やったらしいけど。でもな、乗っとるはずの人数と、救出された人の数が合わんのやって。……でな、この船に冬河未零さんがおったんちゃうかって、いま、ネットで言われよるんよ」

火事……。このニュースは、かすかに見覚えがある。確か澪がいなくなった日にテレビで流れていた。赤々と燃える船。真っ黒な煙……。血の気が引いてきて、拓海は座り込んだ。


「未零……さんの投稿な、あたしもようけ読んどったんよ。noteって、いろんなジャンルでみんな書いとるんやけど。でも彼女は小説に一本に全振りしとってな。文章が、すごくきれいやなって思いよった。あたしは読み専やけん。絡んだことはないんやけど……」

姉のスマホをひったくって投稿を遡っていく。
写真に、見覚えがあった。これも、それも。──知らなかった。

「イヲリさんやっけ? あの人が事故のこと投稿しよって。あたしも四国の人なんやって思って、未零さんの書いたんを遡ったんよ。5年くらい毎日必ず更新しとったらしいね。あたしがはじめたのはここ半年やけん知らんかったけど、昔はエッセイもいっぱい書いとったんやって」

最後の投稿は、4月22日。
妻の誕生日で、彼女がいなくなった日だった。



「あれ……?」

姉が怪訝な顔でスマホを覗き込んでいる。

「未零さんの新しい投稿がある」

そうして開いた姉は、拓海の顔を見て固まった──。


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三條 凛花 最後までお読みいただき、ありがとうございます♡