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暴走族を護衛に勧められた話


「りっちゃんさ、……それマジで危ないよ」


18歳の夏のはなしだ。
わたしは兄のように慕う友人と、久しぶりに再会していた。

カズヤにーちゃんとは、最後に空港で別れてからメールのやりとりだけで、数年単位で会えていなかった。でも、待ち合わせ場所にしたパスタのお店に着いて、すぐに昔みたいに打ち解けられた。

カズヤにーちゃんとの出会いは10代半ば。
作文コンクールの授賞式だった。そのあと研修や企業見学もあったので、男女関係なくみんなが仲良くなっていた。


わたしとカズヤにーちゃんの見た目は対象的だった。

化粧っけがなく、膝ぴったりの長さのスカートに(これでも短くしたほうなのだ)、まだ染めていない焦げ茶色の髪をしていたわたし。

明るい茶髪で、ピアスが空いてて、制服を着崩したカズヤにーちゃん。

やんちゃしていたらしい彼と作文とは意外な組み合わせだったけれど、同じく「書くこと」が好きな同志として、わたしたちはするんと仲良くなった。



事の起こりは1ヵ月ほど前に遡る。

当時のわたしには行きつけのカフェがあった。
マンションの通り沿いにあり、家から自転車で1分坂道を下るとたどり着く、おしゃれな店だ。

進学を機に青森から出てきたばかりのわたしは、すぐに魅了された。
そしてそこで働いている8つ年上のおねえさんが同郷だったこともあり、とても可愛がってもらっていた。



その日もいつものようにカフェに行ったのだけれど、ずいぶんと混み合っている。窓ぎわの2人がけのひと席しか空いていなかった。

「今日はライブがあるの」

森ガール風の装いをしたおねえさんが、わたしの前に檸檬水を置いた。

「へえ……」

奥のほうがずいぶん盛り上がっている。わたしは苺ソーダを頼むと、その演奏をバックミュージックに、持ってきた本を開いた。



10分ほど経ったころ。

「りっちゃん、相席おねがいしてもいい?」

おねえさんが、わたしの前に苺ソーダを置きながら聞いた。
グラスの中には冷凍いちごやラズベリーがぷかぷかと浮いている。底のほうは苺シロップが沈んでいるのだろう。セロハンを透かしたみたいな赤色をしていた。

「いいですよー」

相席は、はじめてだった。
顔を上げると、男性が「失礼します」と言って目の前に腰を下ろした。わたしは彼の口もとあたりに目を向け、「こんばんは」と会釈して、ふたたび読みかけの本に目を落とした。




「じつは最近、引っ越してきたんです」 

ややあって彼が言った。目の前にはほかほかと湯気を立てるコーヒーが置かれている。

「……そうなんですね。ここ雰囲気いいですよね」

人としゃべるのが苦手なわたしは、それだけ言うと、ふたたび彼から視線を外した。確か、よしもとばななさんの『High and Dry(はつ恋)』を読んでいた。もう何十回も読んでいるけれど、それでも読み進めたくて気が急いていた。

「ええ。近くにほかにもおすすめありませんか?」

男性が聞いた。わたしは「早く続きを読みたいのに」という気持ちと、知らない人との会話が苦手だという気持ちで、ほんのり不機嫌になった。

「……ええと、ここを西に行ったところの定食屋さんとかおいしいですよ」

窓側に身体を寄せて、西のほうを指さして言い、ふたたび本に目を落とした。

「いいですね。アズママンションっていう、ここからすぐそばのマンションに住んでるからうれしい情報です」

「アズママンション……?」

わたしは驚いて彼の顔をはじめてちゃんと見た。

大泉洋さんのような髪型をした、小柄で恰幅のいい男性だった。肌は浅黒くてらてらとしており、二重の大きな目には強い光があった。

「え、わたしもそこ住んでます……」

驚きのあまり思ったことをそのまま口にしてしまったわたしは、後悔した。
男性の表情を見て、なんとなく嫌な予感があった。

それからしばらく、彼はなにかを話していた。
けれども頭の中で警鐘が鳴り響いてたわたしは、彼の職場がどこなのか(わたしの通学路にある薬局だった)や、彼が40代であるという話しか覚えていない。

「18かぁ。いや、若いなぁ」

彼はなにが面白いのか終始笑っていた。




 

ほとんど残っていた苺ソーダをストローで一気に啜った。すぐに氷がからんと音を立てて傾いた。
喉がじかじかして痛かった。

わたしは立ち上がった。

「もう帰るんですか?」 
「……課題があるので」

このカフェで過ごす時間をそのものを買うためにバイトをしているのでくやしかったけれど、頭の中で「にげろ!」という声がしていた。
こういう直感は外れたことがないのだ。



「お、お会計おねがいします」

普段は長居するわたしの突然の行動に、おねえさんは驚いていた。それでもやわらかくほほ笑むと、レジに立った。

「あの……」

なんかやばいかもしれません。──そんなこと、なんと切り出していいかわからないまま、わたしはおねえさんからレシートを受け取った。

ふと後ろに気配を感じた。





あの男性が立っていた。

「ふふ、僕もお会計おねがいしますね」

わたしは彼の会計が終わる前に急いで店を出て、自転車に飛び乗った。カフェから家までは長くきつい坂道になっていたけれど、立ちこぎをして急ぐ。急ぐ。速く。こぼれる息が荒い。















「ちょっと待ってくださいよ~。同じところに住んでるんだから、いっしょに帰りましょうよ(笑)」









すぐ横に彼が、いた。








男性のつむじを、ぼんやりと眺めていた。
足がつかないくらい車輪の大きなママチャリに乗っていたわたしの隣を、低い小さな自転車に乗った彼がシャカシャカと素早く足を動かしながら並走していたのだ。

わたしの頭は真っ白になり、そのまま彼と戻った。
今考えれば友だちの家に行くなどといって、逃げればよかったのに、あまりのことに驚きすぎて、なにも思いつかなかったのだ。




わたしたちの住むマンションは、中庭が駐輪場になっている。
駐輪場といっても、スタンドがあったりするわけではなく、中庭にある程度整列させておけば自由に置ける感じだった。

息を切らしながら自転車を止めると、彼は当然のように隣にとめ、すばやくわたしの後ろに回り込んだ。

「へえ、302号室か」

自転車の後ろ側に貼らなければいけない部屋番号シールを覗き込んで、彼はにやにやした。

「そうだ。ご近所さんなんだからアドレス交換しましょうよ」

わたしの頭は真っ白になった。

「えっ、……ケータイ持ってないです」

反射的にうそをついた。

そのままエレベーターに乗らざるをえなくて怯えていたけれど、幸い、なにかされるということはなく、彼は「じゃあおやすみなさい~」と言った。





カフェの同郷のおねえさんには、久しぶりにカフェに行ったとき打ち明けた。
恐る恐る入ってきたわたしに事情を尋ねた彼女は頭を抱えた。

「ああ、だからか……あの人ね、りっちゃんと相席になった次の日、朝から晩までそこの席にいたんだよ」

おねえさんが指さしたのは入り口がよく見える、小上がりの席だった。







「……で、それからしょっちゅうそいつに出くわす、と」

カズヤにーちゃんはため息をついた。

「りっちゃんさ、危機感持ったほういいよ。まじで。城ヶ崎のこともあったでしょ」

カズヤにーちゃんと出会った表彰式がきっかけで、わたしは城ヶ崎という人物から執拗に手紙や電話をもらっていた時期がある。

「ううう……。でも、ただ一言、二言話しただけなのに。自分から話しかけたりもしてないよ」

「まあそうか……。そうだよなあ。城ヶ崎のときもほぼ喋ってすらないのにだったもんな。……今、彼氏は?」

「いたらカズヤにーちゃんと会ってないよ」

わたしはべーっと舌を出した。

「はは、それもそうか」

カズヤにーちゃんとわたしは仲良しではあったが、互いに恋愛対象ではなかったのだ。

「提案があるんだけど。オレの後輩紹介しようか」

「後輩?」

「うん。今こっちに住んでるんだけど、……暴走族なんだよ」

「暴走族な彼氏はちょっと……」

「護衛だよ、護衛!なんかあってからじゃ遅いだろ? 俺はこっちに住んでないしさ」

カズヤにーちゃんは地元に戻って家業を継いでいた。




結局、カズヤにーちゃんの提案を断った。

いつ現れるかわからない人のために時間を割いて張り付いてもらうなんて申し訳なさすぎる。それに、地味で有名なわたしが暴走族のおにいさんとうまくコミュニケーションを取れるわけがないと思ったのだ。

わたしはそのまま一人で気をつけながら生活をすることを選んだ。



あの20歳くらい年上の男性とは、それからもびっくりするくらいよく会った。

気がつくと自転車で後ろにいるということがよくあって怖かった。ぴんと背筋を伸ばして胸を張ったまま、足だけ素早く動かすあの音が聞こえるとどきりとした。

そういうとき、わたしは部屋に戻らず自転車だけ中庭に止めてカフェに逃げたり、友だちの家に行ったりして、のらりくらりと躱していた。

明確なストーカー被害があるわけじゃない。
だからこそ最適解が見つからなかった。



それから一年経たないうちに、彼氏ができた。
背も高くガタイがよくて、松山ケンイチさんをコワモテにした感じ。髪型も”今風”でワックスでばちばちに固めており、とにかく強そうだった。

遠距離恋愛をしていた彼とは、互いの家を行き来していた。ある夜、東京から来た彼氏と帰宅すると、エントランスでばったりあの人に会った。

わたしは身を固くして「あ、あの人……」と彼の後ろに隠れた。
事情を知っていた彼氏が威圧的な目線を向けると、男性は気まずげに、そして足早にエレベーターへ乗り込んだ。




それ以降、彼に出会うことはなくなった。





やがてガタイのいい彼氏と結婚した。
カズヤにーちゃんとはお互いの結婚式に呼び合うなどして、今でも年賀状のやりとりは続いている。

あの夜、カフェでどうするべきだったのか今でもわからない。その場にいたらきっと、全力で過去の自分の口を塞ぐだろう。


でも物書きになりたい身としてみると、暴走族に護衛してもらった世界線も見てみたかった気はするのだった。




(4,000字)


あとがき


「りっちゃんさ、不審者図鑑とか執筆すれば?」

カズヤにーちゃんが言った。

「なにそれ……」

「いや、りっちゃんといるとさ、すごく不審者に出会うじゃん。あ、ほらあそこにも」

カズヤにーちゃんは、暗がりを顎で指して、声を潜めた。
地元へ戻るカズヤにーちゃんを駅まで送るために、わたしたちは繁華街を歩いていた。

「……ふつうじゃないの?」

「ふつうそんなにポンポンいないって。不審者とか、城ヶ崎とか、今回のおっさんとかさ。そういうのもう、ネタにしちゃったら? 本一冊書けそうじゃない?」

わたしはぷいっと横を向いた。
けれどもそのとき、”先生”の言葉が脳裏に蘇っていた。





「……見た目をっていうか、雰囲気をバチバチに違う感じにしないと、ずっと続くと思うよ」

15歳のとき、先生に言われた言葉だ。

カズヤにーちゃんと出会った表彰式のあと、学校に手紙が届いた。
そこには、わたしの文章への”批評”と"称賛”がつらつらと綴られていた。義理として返事をしたわたしは、表彰式で仲良くなった人に配っていた名刺を入れた。

Wordのテンプレートで作った名刺には、電話番号欄があり、わたしはなにも考えずに実家の番号を載せた。電話が来るなんて想定せずに。その後、わたしと家族は彼からの電話攻撃に悩むことになる──。


これは一例でしかなかった。

その様子を知っていた先生が呆れたように言ったのだ。

「校則だと禁止されてるけどさ、それこそギャルみたいに派手なメイクしたり、全身黒尽くめにしたりさ……。なにかを変えないと治らない気がする」

わたしは男子にモテるタイプではなかった。
地味だ野暮ったいと言われ続け、コンプレックスしかない。



でもそれこそが、不審者を引き寄せるキーワードだったとしたら──?

10年ほど前だっただろうか。
質問・相談サイトをぼんやり見ていたわたしは「なぜか不審者に好かれてしまう」というような質問を見つけた。

そこについていた回答は、こんなものだった。

「変なヤツに好まれる女性って、特徴があるんですよ。小柄・童顔・地味。この3つが揃っていると下に見られやすいんです。あとおどおどしてるとかね。ちなみにこういう人は、変なヤツ以外にはあまりモテないです。要するに『こいつなら』って思われるんですよ」

衝撃だった。
当時のわたしにはそれがすべて揃っていたのだ。



けれどもじつは、母も不審者に好かれるタイプである。

母は純日本人だが欧米っぽいハーフ系の綺麗めな顔をしている。顔自体が派手だ。わたしとはまったく似ていない。

家族旅行に言ったとき、緑色の歯をしたおじいさんが、母のとなりに座って母の手を握りながらずっと話しかけてきたことがあった。

母とふたりで繁華街に出かけると、しょっちゅうどこからか母と同世代の男性(元同級生らしい)が母を呼びながら走り寄ってくることがあり、わたしは怯える母を足早に連れ去っていたものだ。──血筋説も否めない。



メイクをしっかりするようになったせいか、それとも単に年齢を重ねたせいか。あるいは東京を離れたからなのか。
頻度は減ってきたが、去年、ひやりとすることがあった。

スーパーでお手洗いに入ったら、男性の声が聞こえてきたのだ。
わたしはパニックになった。──ああ、ついにやらかした。男子トイレに入ってしまったのだ。

慌てて個室を飛び出すと、入り口に50代後半くらいの女性店員さんと、70代くらいの男性が立っていた。

男性はスーパーのカートで入り口を塞ぐように立っている。
女性店員さんが「早く!」とわたしを急かす。ところが、飛び出してみると、そこはやはり女子トイレで合っていた。

あとから「あの男性は不審者だったのではないか?」と思い至り、ぞっとした。もう30代なのにこんなことがあるなんて思ってもみなかった。


母は50代になっても変わった人に好かれていた。

なんなら昔、わたしが車で尾行されているのに気づいて声をかけてくれた60代女性が「あたしでも後ろから声かけられたりするよ。気をつけな!」と言っていたので、年齢を重ねたからと安心するのではなく、気をつけておくのに越したことはないのかもしれない。



幸い、わたしのこれまでの人生では、いつも誰かが助けてくれて、大事に至ったことはない。

それもあり、コワモテの夫は、わたしの話をすべて”妄想”だと思っている。

「一緒におるけど、まっっっったく変なのおらん。被害妄想やろ被害妄想」


彼といっしょに歩くようになってから、確かに、わたしは不審者にも出会わなくなったし、男性に絡まれることもなくなった。
でもそれは当たり前ではないだろうか。

コワモテでガタイのいい男といっしょにいるのに、話しかけてくる猛者はいないのでは。実際、夫と離れると、女子トイレの一件のようにひやりとすることはいろいろとあった。


そう考えてみると、わたしはこの世界線でも、最強のボディーガードを手に入れたのかもしれなかった。







(6,000字)


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三條 凛花 最後までお読みいただき、ありがとうございます♡