日記 │ 元・蟲愛づる姫君
(2,000字)
古典を愛する父が、幼少期のわたしにつけたあだ名がある。
「虫愛づる姫君」だ。
子どものころのわたしは、詳しくは言えないが、今のわたしが見たら叫びそうなくらいの虫好きっぷりを示していた。
でも、いつからだろう。大好きだった虫は恐怖の対象に変わった。
思い当たることはいくつかある。たぶん、クラスの男子に服をつかまれて、背中にみみずを入れられたのがきっかけだったのだと思う。
(なお、後にその男子に「昔から好きだった」と告白されたが丁重にお断りした。地味で不審者ばかりに愛されるわたしがまともにもらった稀少な告白だったが、みみずの恨みは根深い)
四国に越してきた最初のころなど、毎日怯えていた。
たとえば、屋外の虫の死骸が恐ろしくて片づけられずに悶々と数時間立ち尽くしたこともあった。
最終的に、めがねをはずした。
モザイクがかかったようになり、なんとか片づけることができたのだ。夫も虫が苦手。子どもたちも苦手なものだから、だれにも助けてもらうことができない。
そんなわたしは先日、家のなかで激しい動悸に見舞われていた。──室内に、バッタがいる。庭に面した掃き出し窓。その内側にあるブラインドに、モノトーンなわが家にあるはずのない鮮やかなライムグリーン。
蜻蛉とバッタに関しては、そこまで苦手意識がない。
でもそれは、屋外での話だ。
にわかに走った緊張に、虫を招き入れた張本人になんとかするように言った。責任を持ってほしいとこんこんと告げた。
「何の話?」
息子はとぼけた。
このバッタは2時間ほど前、息子が持っていたバッタである。友だちがきっかけでバッタだけは触れるようになり、このような事態を引き起こしたのだ。家の中に持ち込んだものが逃げて、知らんぷりをしていたのだろう。
わたしは娘を見る。わたし以上の虫嫌いだったけれど、先日、見た。バッタを掴んでいた。できるはずだ。娘はそっと目をそらした。
「あれは外だから……」
諦めるしかなかった。子どもたちにバッタを監視するように言い含めると、なにかないかと探した。
ちょうど朝にゴミを出したばかりで、空のペットボトルが一本もない。海苔の空き容器が目に止まった。これは整理収納アドバイザーとして活動するとき、収納グッズとして激推しているものである。
わたしは目を細めながらそっとバッタに近づいた。
ブラインドのすきまに悠然と構えるバッタを包み込むように海苔ケースの透明な部分で囲む。バッタはおずおずと透明な部分に入ってきた。すかさず袋をかぶせて、玄関に走った。サンダルをつっかけてばあんと扉に体当たりするように押し開ける。
外はすでにまっ暗。下から庭木を照らす照明が、かすかにそのシルエットを浮かばせていたカレックス‘ブロンズ・カール’の細い葉に、そっと海苔の空き容器を傾けて、バッタが出ていくのを待った。
なんとかやり遂げたわたしは、大きく息を吐く。こうしてきょうも母は強くなっていくのである。
ちなみに世界の美しい虫とかを図鑑などの静止画で見るのは平気だし、今でも割と好き。室内にいるのはどんなに小さなものでも恐怖。
息子も虫が苦手だったけれど、お友だちと虫取りをしたことで興味を持ちはじめた。
また、この間ふたりで歩いていたら、道ばたに芋虫を見つけた。アゲハチョウの幼虫である。田んぼにほど近い道路を懸命に渡っている。
「ねえ、見て。キャタピーに似てない?」
その一言で、興味なさげだった息子がいきなり食いついた。
キャタピーというのは、ポケモンの1匹である。息子がキャタピーを連れて帰りたいというので、家では飼育できないと告げる。飼育環境のこともあるし、蝶には「寄生蜂」というのがついていることがあるんだよと話す。
「あ……。そういえば幼稚園の子も言ってたかも。青虫が死んで、蜂が生まれて、刺されたんだって」
小さな公園についた。わたしはひんやりとしたベンチに腰を下ろす。息子はバスケットボールのドリブルをしながら寄生蜂について質問をしてきた。そこから虫に寄生する虫の話になり、蟷螂のことなどに話が広がっていった。翌日、わたしたちは図書館へ足を運んだ。
息子は虫の図鑑を8冊ほど借りた。
今まであまりできなかったことだけれど、子どもの興味を伸ばすのは、こういう興味のあるものとの紐づけなのかもしれないなんていうことを思った。もしかしたら、もったいないことをしていたかも……。でも、日々の忙しさのなかで、じっくり話すみたいなことはむずかしいから、すこしずつでも向き合う時間を増やせたらと思っている。
追伸、
先週はほぼ毎日行事や代休、その後子どもが発熱。ずれながら家族が順番に体調を崩しています。もう2週間、ほぼ作業時間が取れていないため、しばらく日記など軽めの更新が続きます。
ちなみに病院は3回くらい行ってめっちゃ検査しましたが、なにも引っかからず。発熱してないのがもうわたしだけで怯えている……。

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