階段にすべりだいがある家
「これ自分の部屋にもどしてきてよ」
私はそう言うと息子に、大きな黒いレックウザのぬいぐるみを押しつけた。べーと舌を出したあと「あーあー、階段がすべりだいだったらいいのになあ」と言いながら、彼は2階の子ども部屋へ向かって行った。
「ママの家さあ、階段がすべりだいだったんだよ」
「は? 何の話?」
「階段の半分がふつうの階段で、もう半分がすべりだいだったの」
「オイ、ずるいぞ! なんでこの家もそうしなかったんだよ!」
そう言われてふと気づいた。
実家の階段の一部には、木製のすべりだいが造りつけられている。それは5歳の私が「階段がすべりだいだったらいいのに!」と言ったことが発端だった。
ちなみに「ピンクの壁がいい!」「登り棒がほしい!」は叶えられたけれど、「ひみつの地下室がほしい!」はむりだった。
「階段がすべりだいだったら、一日中できるじゃん。公園行かなくてもさ」
「うーん。そう思うよねえ……」
私は、息子と同じくらいの背丈だったころを思い出してみた。
天窓から差し込んだ陽の光が、ちょうど階段に差し込み、金色の水たまりみたいだった。私が走って舞い上がった砂粒みたいな埃が、雪のようにゆっくりと落ちてくる。
それを、すべりだいからではなく、廊下から見上げている記憶がある。
あんなに切望していたすべりだいを、私はすぐに使わなくなった。
というのも、あまりにも急だったのだ。
すべりだいは、さらさらした木の板を階段にななめに渡したようなつくりだった。
一番上に座る。ベージュの木目を撫ぜると、ふわっと新築の匂いがより色濃くなった。
いよいよ初すべり。父と母が見守っていたように思う。にこにこして、幸せそうに。
ドキドキしながら手を離した。
次の瞬間、「きゃ」と声を上げた。
速い。信じられないくらいの速さで、進んでいく。公園のとぜんぜん違う。
家族の表情すら記憶できないくらいあっという間に、身体がぐんぐん引っ張られる。床と壁が近くなるにつれ、私の身体は、勢いよく前に傾いでいった。そのまま飛んでしまうんじゃないかと怖くなった。
なんとか床に着地したものの、勢い余ってさらに身体が斜めに傾く。そうしてどおんと音を立てて、両手を壁に打ち付けるようにして、やっと止まったのである。
臆病だった私は「こわいから」という理由で、たぶん、父がなによりお金をかけてくれただろうとっておきの設備を放棄した。
その後、階段のすべりだいは、ベルトコンベアーに転生した。
母が上階から洗濯ものを運ばず、下まで流すために使われるようになったのである。登りきったところにある物干しから、ぷちぷちと洗濯ばさみをはずしてすべりだいに放る。階段の終わりにはカゴがセットされ、そこに自動で溜まってゆく仕組みだ。
あっという間に小学生になり、中学生になり──階段で遊ぶことすらなくなった。
あの場所を思い出そうとすると、泣きたいような蜜柑色しか出てこない。
階下に降りる手前には細長い窓があって、うっそうと茂った雑木林に切り抜かれた夕暮れの空をぼんやり見て。未来がどうなるかわからないあの時期特有の、不安定さに揺れる。そういう記憶ばかりだ。
去年の暮れに、家族4人で帰省した。
階段を見てみたら、ツートーンカラーになっていた。
限りなく白に近く褪せたグレーの部分と、きっと新品のときのままの、日焼けしていない階段にくっきりと分かれていたのである。ほとんど使われないまま役目を終えたすべりだいを見て、私は急に、せつなくなった。
自分の子ども時代はとうに終わっているのだけれど、なにか、ひとつの大切なものを失ったような気がした。
階段の色が違う意味を知らない息子の手を引いて、私は踵を返した。
降りてゆく間ぎわ、細長い窓の向こうに、大粒の雪が泣いているみたいにぼとぼとと重たく落ちていくのが見えた。息子とつないだ手に、思わずちからが入る。するとふいに2回、きゅっきゅっとにぎり返された。
にやりと笑う息子を見て私は、あのころ見えなかった、夕暮れの向こう側に自分がいることに気がついたのだった。

▼5月はこのキーワードの中からエッセイを書いてみます。
▼エッセイの設計図・発想法をまとめました。
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