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なぜ14年前の日本の曲が、今PSGとネイマールを動かしたのか——TikTok時代のコンテンツ「賞味期限」論

海外展開を進める企業にとって、コンテンツ戦略の「時間軸」は見落とされがちな論点です。ある日、SNSのタイムラインを流し見していたら、見慣れないものが目に止まりました。

パリ・サンジェルマン(PSG)の公式アカウントが投稿した動画に、どこかで聞いたことのある音楽が流れていたんです。 米津玄師の「Lemon」——2018年にリリースされ、当時YouTubeで日本の音楽史上最多再生数を記録した曲です。

そしてその数週間後、ネイマール本人のInstagramのリール動画にも同じ曲が使われていた。

「なぜ今、これが?」 と思った方は、私たちと同じ疑問を持っています。そしてこれは、コンテンツの賞味期限について、かなり根本的な問いを投げかけているんですよね。


「古い」と「熟成」は違う——TikTokアルゴリズムがコンテンツの時間軸を変えている

マーケティングの現場では長らく、コンテンツの鮮度が重視されてきました。 「トレンドに乗れ」「旬を逃すな」——そういう話を、ここ数年で何度聞いたでしょうか。

ところが、TikTokが普及してから、その前提が少し揺らいでいます。

TikTokアルゴリズムは、投稿日時よりも「今この瞬間のエンゲージメント」を重視します。 つまり、5年前の動画でも、誰かがシェアし、誰かが反応し、コメントが積み重なれば、今日の「新着」として拡散されます。

「Lemon」が再浮上したのも、まさにこの構造からです。 2022〜23年ごろから、東南アジアや中東のTikTokユーザーの間で「Lemon」を使ったリール・ショート動画が静かに広がり始めました。 PSGやネイマールが使ったのは、その波が欧州のコンテンツチームの耳にも届いた結果だと見ています。

コンテンツの「賞味期限」は、発酵するかどうかで決まる。腐るか、熟成するか。

これは、私たちが複数の海外向けコンテンツ事例を整理していて気づいたことです。 同じ「古いコンテンツ」でも、一度も誰かの記憶に残らなかったものは消えていきます。一方、どこかのタイミングで誰かの感情に引っかかったものは、アルゴリズムの外でも生き続けます。


なぜ「Lemon」だったのか——感情の普遍性と海外展開における文化の翻訳

ここで一つ、正直に言っておく必要があります。

「Lemon」が海外で再ヒットした理由を、単純に「日本の音楽のクオリティが高いから」と結論づけるのは、少し違うと思っています。

もちろんクオリティはあります。 ただ、あの曲が東南アジアや中東で再発見された文脈には、もう少し具体的なメカニズムがあります。

一つは、歌詞の意味が分からなくても成立するメロディラインの構造です。 「Lemon」はサビの音程変化が感情的なピークを作りやすく、映像との組み合わせで情緒を増幅しやすい。アラビア語圏やタイ語圏のユーザーが「日本語の曲」として選ぶとき、歌詞の意味ではなく「音の感触」で選んでいます。

もう一つは、TikTokにおける「日本語コンテンツ」へのある種の好奇心です。 Billboard Japanのデータを引くまでもなく、2020年代に入ってから、日本語楽曲の海外ストリーミング再生数は継続的に伸びています。(Spotifyの2023年グローバルレポートでも、日本語楽曲のグローバル再生は前年比で成長を記録しています。)

そして、PSGというクラブの戦略的な視点も見逃せません。

PSGは欧州クラブでありながら、アジア太平洋のファン層の開拓に積極的です。 2023〜24シーズンにかけて、日本・韓国・東南アジア向けのソーシャルメディア投稿頻度を意図的に増やしていることは、公開されているエンゲージメントデータからも読み取れます。 「Lemon」を使ったのは、音楽の選択であると同時に、「我々はアジアのファンを理解している」というシグナルでもあります。


海外展開のビジネスコンテンツへの翻訳——「熟成」を設計できるか

さて、ここからが本題です。

PSGの話は面白い。でも「自分の会社のコンテンツにどう活かすか」が見えないと、読み物で終わってしまいます。

私たちが日本の中小企業の海外向けコンテンツを見ていて感じるのは、「使い捨て前提」で作られているものが多すぎる、ということです。

展示会向けのカタログを作って、終わり。 プレスリリースを英語に翻訳して、終わり。 一度送ったコールドメールのテンプレートは次の案件では白紙から書き直す——。

このアプローチには、大きな機会損失が潜んでいます。

コンテンツ再活用という考え方——「二次発酵」の設計

日本酒の醸造に「二次発酵」という工程があります。 一度仕込んだもろみを、温度と時間をかけてさらに複雑な味わいに変えていくプロセスです。

コンテンツ再活用も、似た構造を持てます。

例えば、3年前に作った製品紹介動画があるとします。 当時の再生数は低かった。でも、その動画に映っている製品が、今の海外トレンドと偶然マッチしているとしたら——適切なハッシュタグと、現在のトレンドに合ったキャプションをつけて再投稿するだけで、全く異なる反応が生まれることがあります。

これは理論ではなく、RINDAが観察した範囲でも確認できています。 食品メーカーの担当者から聞いた話ですが、数年前に作った「発酵食品の製造工程」動画を、何気なくYouTube Shortsに切り出して投稿したところ、東南アジアのバイヤーから問い合わせが来た——という例がありました。 タイミングは「腸活」ブームが東南アジアに波及していた時期と重なっていました。

「古いから使えない」ではなく、「古いけど今の文脈に合うか」を問う。

この視点の切り替えが、小さな組織でコンテンツを作り続ける上での、一つの突破口になると思っています。

TikTokアルゴリズムが「時間」を無効化しつつある

もう少し構造的な話をします。

従来のSEO(検索エンジン最適化)は、「新しいコンテンツほど評価される」という前提で動いていました。 ところが、TikTokやInstagramリールのアルゴリズムは、投稿時刻よりもエンゲージメントの密度を優先します。

Metaが2023年に公開したアルゴリズムの説明資料でも、リールの配信優先度は「保存率」「シェア率」「完全視聴率」によって決まると明示されています。 投稿が「いつ」作られたかは、主要ランキング要因には含まれていません。

これは、コンテンツの「製造年月日」と「有効期限」が分離したということです。

製造年月日: 固定(変えられない) 有効期限: 文脈次第で延長できる

「Lemon」が2024年にPSGで使われたのは、まさにこの「有効期限の延長」が起きた例です。 曲は2018年に作られた。でも、2022〜24年の東南アジアのTikTokコンテキストが、その曲に新しい有効期限を付与しました。


海外営業・輸出企業が今すぐ点検できること

では、具体的にどう動くか。

難しいことを言うつもりはありません。 まず手元にあるコンテンツの棚卸しから始めることをお勧めします。

Step 1: 過去2〜5年のコンテンツをリストアップする

動画、ブログ記事、カタログPDF、展示会の資料——形式は問いません。 「存在しているが、今は誰も見ていない」コンテンツを一覧にします。

Step 2: 「今の海外トレンド」と照合する

このステップが一番重要で、一番難しいところです。 例えば、5年前に作った「無添加・天然素材」の製品説明資料があるなら、現在の東南アジアやEUでの「クリーンビューティ」「クリーンラベル」への関心と合致するか、を確認します。 合致するなら、その資料は「今のコンテキストで使える古いコンテンツ」です。

Step 3: 文脈だけ更新して再配信する

コンテンツ本体を作り直す必要はありません。 キャプション、タグ、配信チャネルを現在のトレンドに合わせて変えるだけで、コンテンツの有効期限が延びます。

「Lemon」に新しいアレンジが加えられたわけではありません。 PSGが選んだのは「今のコンテキストに置くこと」だけでした。


「賞味期限」より「熟成期待値」で考えるコンテンツ戦略

最後に、少し視点を変えた話をします。

コンテンツを作るとき、私たちはつい「今すぐ成果が出るか」を考えます。 展示会の直後に問い合わせが来るか。投稿した翌日にフォロワーが増えるか。

もちろん短期の反応も大切です。ただ、それだけを基準にすると、「熟成する可能性のあるコンテンツ」を早々に諦めてしまう。

米津玄師の制作チームは、2022年以降に「Lemon」を東南アジア向けに再プロモーションした形跡はありません。 曲は、ユーザーの手の中で自然に広がっていきました。

これは、コンテンツが「作り手の意図を超えて生きる」という話でもあります。

ビジネスコンテンツで同じことを狙うのは難しい。でも、「どんな感情や価値観に刺さるか」を設計した上で作られたコンテンツは、そもそも熟成しやすい素地を持っています。

BtoB文脈でいうと——製品スペックより、その製品がどんな課題を解決したかを語るストーリー形式のコンテンツの方が、時間が経っても読まれやすいです。 課題自体は変わらないことが多いからです。

コンテンツに「賞味期限」を設定するより、「熟成期待値」を設計する。 これが、TikTok時代に小さなチームが生き残るコンテンツ戦略の一つだと、私たちは思っています。


まとめ——海外展開において「古い」を問い直す習慣を

「Lemon」がPSGとネイマールを動かした、というエピソードは、単なる音楽の話ではありません。

コンテンツがいつ・どこで・誰によって消費されるかは、作った瞬間には決まらない——という、プラットフォームの変化が生み出した新しい現実の話です。

私たちが日本の輸出企業のコンテンツを見ていて思うのは、「作ってすぐ諦めているものが多い」ということです。 まず自社の過去コンテンツを棚卸しして、「今の海外市場の文脈に合うものはないか」を一度眺めてみてください。

その中に、眠っている「Lemon」があるかもしれません。


よくある質問

Q. 過去コンテンツの再活用は、海外展開のどの段階から始めるべきですか?

A. 特定のタイミングを待つ必要はありません。まずStep 1の棚卸しだけ始めてみてください。既存資産を整理するだけで、「今の海外市場で使えるもの」が思いのほか多く見つかることがあります。新規コンテンツ制作と並行して進められる取り組みです。

Q. TikTokアルゴリズムに対応するには、動画コンテンツでないと効果がないのでしょうか?

A. 動画は効果的ですが、必須ではありません。ブログ記事やカタログPDFも、現在のトレンドキーワードに合ったキャプションやSNS投稿文と組み合わせることで、新しい流入経路を作れます。コンテンツ再活用の本質は「形式の変換」より「文脈の更新」にあります。

Q. 海外営業チームが小さい場合、コンテンツの棚卸しはどの程度の頻度で行うべきですか?

A. 半年に一度を目安にするのが現実的です。その際、自社コンテンツの一覧と、ターゲット市場の直近トレンドキーワードを並べて照合するだけで十分です。専門ツールがなくても、GoogleトレンドやSpotifyチャートなどの無料データで代用できます。


このnoteはRINDA 日本市場デスクが編集しています。海外バイヤー発掘や輸出マーケティングについてのご相談は、こちらのページからどうぞ。コメント欄でのご質問も歓迎です。


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