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実録丨【第1話】境界性パーソナリティ(BPD)傾向の後輩との関係を終わらせ、初めて“境界線”を引いた話

※本稿は、当時の認知にできるだけ近い形で書いています。


私は昨年、ある後輩との関係を終わらせました。

人生で初めて、自らの意志で自分の人生からペルソナ・ノン・グラータ――つまり「立ち入りを許さない存在」として、静かに追放を宣言した経験でした。

「合わなかったから距離を取った」

「喧嘩したから離れた」

そんな軽い話ではありません。

もっと正確に言うなら、

人の尊厳を静かに削り続ける関係から、
ようやく抜けた

という話です。

そして同時に、これは単に相手の問題だけではありません。
その関係を長く成立させてしまっていた、
私自身の構造の話でもあります。

1. 表面は信頼、実態は“非対称な共依存”

彼女と親しくなったきっかけは、私が同じ職場に異動してきたことでした。当時の私は、まだカウンセリングにも通っておらず、完全にアダルトチルドレンかつ不安型愛着の状態にいました。

今振り返れば、当時の私は、ほぼアダルトチルドレンの完成形のような状態だったと思います。(笑)
「人に必要とされること」で自分の価値を感じやすく、頼られれば断れず、相手の感情をそのまま引き受けてしまいます。
そういう土壌が、きれいに出来上がっていました。あとは、そこに火種が落ちるだけでした。

異動前、私は複数の知人から彼女について忠告を受けていました。

「あの子にだけは気を付けて」

「関わらない方がいい」

「仲良くしたら絶対トラブルに巻き込まれる」

ただ、私はそれをそのまま鵜呑みにする気にはなれませんでした。
というのも、その職場自体が、もともと噂と歪んだ評価が横行する環境だったからです。組織に馴染めない人や、上司への不満を持つ人の周囲では、すぐに事実でない話が飛び交い、人を潰すような空気が生まれます。
私自身も実際に、そうした噂によって傷つけられた経験が何度もありました。

だから私は、

「自分の目で見て判断する」

そう決めていました。

■ 出会いと“急速な距離の詰め方”

着任初日、彼女は自ら挨拶に来ました。

それだけなら何でもありません。でも彼女は、その直後からかなりの速度で距離を詰めてきました。

かなり踏み込んだ自己開示。ネタのような振る舞い。人懐っこさというより、最初からこちらの“内側”に一気に入ってくる感覚でした。

今の私なら、その瞬間に警報が鳴ると思います。これは自然な親密さではなく、境界の侵入だったのだと分かるからです。

けれど当時の私は違いました。

「この子、すごく頑張ってるな」

「無理して明るくしてるけど、どこか寂しそうだな」

そんなふうに受け取ってしまいました。

そして、私の中の“頼られたら面倒を見てしまうスイッチ”が入りました。

2. 衝突前:日常に溶け込んでいた“搾取”

関係は一見すると良好でした。

むしろ周囲から見れば、「仲のいい先輩後輩」に映っていたと思います。

実際、私も当初はそう思っていました。

彼女はよく相談してきましたし、頼られることも多かったです。プライベートでも遊ぶようになりました。

けれど実態は違いました。それは、少しずつ、しかし確実に偏っていく関係でした。異動前に友人たちから受けていた忠告が、遅れて現実になっていきました。

■ 言動不一致と、噂の歪曲

最初に気になり始めたのは、彼女の話の一貫性のなさでした。
前回言っていたことと、今回言っていることが違います。同じ出来事について話しているはずなのに、少しずつ内容が変わっていきます。

最初は、記憶違いかと思いました。でも、何度も続くとそれでは済まなくなります。そこを何度か指摘した場面もありました。

だが返ってきたのは、

こちらの記憶違いだという反応

「自分はそんなつもりじゃなかった」

「第三者が勝手に違う解釈をしただけ」

といった弁明でした。

彼女の言葉には、常に次のようなものが混じっていました。

  • その場しのぎの嘘

  • 相手に合わせた意見の変更

  • 虚飾を混ぜた噂話

  • 事実のねじ曲げ

たとえば、

「以前、〇〇さんがこう言ってました」

と彼女が話した内容を、後日こちらが確認すると、

「え、そんなこと言いましたっけ? 言ってないですよ」

となります。

だが、その発言は他の人の前でも口にされており、すでに話のネタとして流通しています。

そして実際には、話題にされた〇〇さん本人は、そんなことを言っていません。

つまり彼女の前では、

“こうであってほしいこと”が、事実のように流され、いつの間にか“事実”になっていくのです。

そしてそうやって、嘘や憶測が噂として拡散されていきます。

彼女は、自分の感情――不安や願望――を起点にして、それに整合する形で現実を再構成し、それを噂として流します。

そしてその噂が人の認識を変え、行動を変え、結果として、現実の方が後からそれに引き寄せられていきます。

彼女の中では、

「事実があって解釈が生まれる」のではなく、

感情が先にあり、それに合う物語が作られ、やがてそれが事実として扱われる

という順序で世界が組み立てられていました。

最初は小さな違和感でした。でもそれは徐々に、「この人は事実よりも、自分の中で都合のいい物語を優先する」という確信に変わっていきました。

■ 私自身が噂の材料にされた出来事

私が恋愛に悩んでいた時期、LINEの有料占いに課金したことがありました。(笑)

人間って弱いもので、少しでも「うまくいく理由」が欲しくなります。自分では冷静に考えているつもりでも、どこかで都合のいい言葉を探してしまいます。確証なんてないものに、ほんの少し背中を押してもらいたくなります。

あれは別に、深くのめり込んでいたわけでもなければ、継続していたわけでもありませんでした。それ自体は、ただ一度、軽い気持ちで試した程度の話でした。

でも彼女の中では、その「一度」は、別の形に組み替えられていました。

後日、彼女のいる他部署の人から、「お前なんか変なスピリチュアルハマってるんだろ」と、少し警戒を含んだ、からかうような言い方をされました。

私は何のことか分からず、「え、そんなことやってないですし、誰がそんなこと言ってたんです?」

と聞きました。すると、情報源はやはり彼女でした。

私はすぐにチャットで、「事実と流れていることが違うけど、変なふうに流さないで」と伝えました。

すると彼女は、「私はそんなこと言ってないですよ。」と返してきました。

私はさらに、「いや、あなたから聞いたって言ってるよ。私のことをネタにするのは面白いのかもしれないけど、そういう伝え方すると危ない宗教みたいに受け取る人もいるからやめてね。」

と返しました。

すると彼女は、「宗教とは言ってないですよ。」と、また少しずれた方向へ話を持っていこうとしました。

私は「宗教はたとえの話です。とにかく、話を流した人に訂正してください」と伝えました。

その返答は、「じゃあ〇〇さんが勘違いしたんですかねー。分かりました。」

でした。

最後まで、間違った噂話を発信した責任を取りませんでした。

ここでもう、かなりはっきりしていました。彼女は「事実を扱う人」ではなく、自分の都合で現実を再構成する人だったのです。

3. 噂と情報操作で人間関係を動かす

より本質的だったのは、人間関係を“情報”で操作しようとすることでした。

「◯◯さんがこう悪口言ってました」
「あなたって、こう思われてるらしいです」
「誰と誰ができてます」
「〇〇さんから敵視されてますよ」

事実と憶測を混ぜて、あたかも確定情報のように話します。そして責任の所在は常に曖昧にします。


■噂が“事実”になる構造

実際、私はそれで複数人をまたぐ、男女泥沼ストーリーの登場人物にぶち込まれました。

その結果、ライバルに仕立て上げられた女性の先輩からは敵視され、嫌がらせもされました。

今思えば、その女性の先輩もまた、彼女主体で流された噂話に巻き込まれた一人だったのだと分かります。

先輩側には、私が着任したことで意中の人といい感じになっている、など、私を敵視するような情報が耳に入るように、周囲へ流布されていたのだろうと思います。

つまり彼女は、自分が場の中心にいるために、他人同士の関係まで動かしていました。また、彼女の周囲では、いつの間にか「フライングモンキー」と呼べるような存在が増えていきました。

彼女の噂話に反応した周囲の人間が、感情的に巻き込まれ、結果として、その噂の流布に加担していきます。

気づけば、社内のあちこちに、彼女の“物語”を媒介する人間が生まれていました。

そして厄介なのは、誰も全体像を知らないまま、それぞれが“部分的な事実”を握っている状態になることでした。

どこまでが事実で、どこからが歪められた話なのか。当事者であるはずの自分ですら、判断がつかなくなります。ましてや、自分がその噂の登場人物にされたとき、状況はさらに悪化します。

誰が何を知っているのか分からない。誰がどこまで信じているのかも分からない。

結果として、周囲の人間すべてが、潜在的な敵のように見えるという状態に陥ります。

職場には、常に薄く濁ったような疑心暗鬼の空気が流れていました。

そしてその空気の中では、次は自分が標的にならないために、無意識のうちに、別の誰かへと視線を逸らそうとする動きが生まれます。

まるで、誰かを差し出さなければ、自分がそちら側に回る――そんな暗黙の圧力が、場の底に沈んでいました。

そして、この点については、私自身にも明確に責任があると思っています。

私も、その中にいた一人です。

自分の軸と境界線を、当時の私はきちんと持てていませんでした。

だから、違和感を覚えながらも受け流し、噂に対して明確に線を引かず、彼女の話を全て信じて結果としてその流れの中に留まり続けてしまいました。

もしあの時、「それは事実か?」と立ち止まる習慣と、「それ以上は関与しない」と線を引く強さがあれば、少なくとも、自分のところで止めることはできたはずです。操作される余地は、完全に防げなくても、確実に減らせたと思います。

■ 社外で境界を越えた発言

特に決定的だったのは、彼女を取引先とのランチの場に同席させたときのことでした。

その場で彼女は、私が過去にハラスメントの件で巻き込まれた際、相手側から嫌がらせとして流された異性関係の噂を、何の前触れもなく社外の人間に話題として持ち出しました。

あれは明らかに、社外の場で扱っていい話ではありませんでした。おそらく彼女の中には、場を盛り上げたい、自分が会話の中心にいたい、という欲求があったのだと思います。

ただ、そのために何を切り出していいのか、どこまでが踏み越えてはいけない線なのかを判断する力は、決定的に欠けていたのだと思います。

感情や場の空気に引きずられ、発言を抑えるという選択が、最後までできなかったのだと思います。

勿論先方も興味を持って聞いてきます。私は言いたくないことも、否定しつつも話さざる負えない対応を迫られました。

私は後で彼女に指摘しました。
「確かに〇〇社の〇〇さんとは関係性も出来ていて私は仲良いけど、社外の人の前であの話はダメだよ。事実でないのに、相手先の部署内で話が広がったら、担当である私はそういうことをする人だ、この会社はおかしい、って信頼を失う。」

と、具体的に説明しました。

すると彼女は、
「すみません、先方と竜胆さん仲良いと思ったから、このネタ言っていいと思いました。」

と返しました。

一見謝っているようでいて、実際には違います

これは、自分が不適切な発言をしたことへの謝罪ではなく、あたかも“あなたが仲良かったから言ってもいいと思った”という形で、こちらにも責任を分けようとする謝罪でした。

さらに不可解だったのは、取引先の事務所を訪問している際、彼女が口にした言葉でした。

「竜胆さんは会社いじめられているんです。味方がいないんです。」

突然、そう言いました。私は一瞬、何を言われているのか理解できませんでした。

私は、
「確かに、合わなくてきつく当たってくる人もいますが、基本的に職場はいい人ばかりですし、私には味方もたくさんいます。」
※味方が沢山いるのは事実です(笑)

と、笑顔で切り返しました。場の空気を壊さず、しかしその言葉が指し示していた一方的な構図だけは、静かに否定するように。

その瞬間、彼女の表情がわずかに揺れました。ほんの一瞬、焦りのようなものが浮かび、続いて、どこか不服そうな色が滲みました。

自分の中で成立していた“物語”が、その場で修正されたことへの、戸惑いだったのだと思います。

そして同時に、私は強く感じていました。さっきのランチの件も含め、

取引先の前でこうした話が出ること自体が、

「この会社はどんな組織なんだ」

という不信感につながりかねない、ということを。

それは、会社の顔として、何としてでも避けなければならないリスクでした。

本来、取引先との関係を築くためにある場で、信頼を損なう可能性のある情報を自ら持ち出すことは、明確に逆方向の行為です。

にもかかわらず彼女には、自分の発言がその場をどれだけ危険に晒しているかという自覚が、最後まで見えていませんでした。

確かに、職場で一部の人間から嫌がらせを受けていた時期があり、そのことは彼女にも断片的に話していました。

しかし、それはあくまで状況の一部に過ぎません。

それが、「味方がいない」「かわいそうな状態にある」

という形に単純化され、しかも社外の人間に向けて語られる理由が、まったく分かりませんでした。

本来、その場で共有されるべき内容ではありません。

そして何より、なぜその立場の彼女が、それを代弁するのかという点が、最後まで理解できませんでした。

ただ、今振り返れば、彼女の中では一貫していたのだと思います。

彼女にとって重要だったのは、場の文脈や情報の適切さではなく、

「その場で自分がどう振る舞うか」「何を言えば会話の中で位置を取れるか」

でした。

そのために、複雑な状況は、

「いじめられている」「味方がいない」という、分かりやすく感情を引き出しやすい形に圧縮されます。

さらに、いったん自分の中で整理された“物語”は、それが社内の話か社外の話かに関係なく、そのまま外に出されます。

彼女の中では、
「共有された情報」は「使ってよい素材」
に変わっていた
のだと思います。


■女子会でのボトックス暴露

そして同じ構造は、内輪の場でも繰り返されました。社内の女子会が開かれたときのことです。
恋愛や美容の話が中心の、よくある空気でした。

その中で、ある人が私の肌を褒めてくれました。
実際、私は日頃のスキンケアに加えて、医療の力も借りてアンチエイジングをしています。

ただ、美容医療に対する価値観は人それぞれですし、 こうした話は信頼できる相手にだけ共有したいものでした。

なのでその場では、 日常のケアや機械系のメンテナンスをしている程度に留めました。

すると彼女は突然、
「竜胆さんボトックスやってますもんね!」
と、何の前触れもなく言いました。

その瞬間、場の空気が一瞬で変わりました。
女子同士の空間において、 他人の美容施術を暴露することは、 明確なタブーです。

一瞬、全員の表情が固まったのを今でも覚えています。

私は即座に、
「歯ぎしりがひどくて、歯科でボトックス打ってもらってるだけだよ」
と、笑いながら軌道修正しました。

場はなんとか持ち直しましたが、
あの瞬間、確実に一線を越えられた感覚がありました。

おそらく彼女も、私の目が笑っていなかったことには気づいていたと思います。

けれど翌日、彼女から謝罪はありませんでした。
私から「あの場でボトックスはないわ」と伝えると、

「すみません、でも竜胆さんの歯医者の話うまかったですね!みんな気づいてないと思います!」

と、また論点のずれた返答が返ってきました。

そこにあったのは、 相手への配慮ではなく、 場をどう処理したかへの評価でした。

後日、同席していた後輩からも 「ボトックスはないですわ……」 とフォローがありました。

おそらくその場にいた全員が、 状況を理解した上で、大人の対応をしてくれていたのだと思います。

おそらく、彼女自身には、それが誰かの尊厳や立場を損なう行為であるという自覚も薄かったのでしょう。

むしろ、

「状況を伝えている」「場をつないでいる」という感覚に近かったのかもしれません。

だからこそ、場の性質も、関係性の境界も越えて、あの言葉はそのまま出てきました。そこには配慮も、文脈もありませんでした。

ただ、彼女の中で成立している“物語”だけが、そのまま現実に持ち出されていました。

4. 感情の処理を担わされる

彼女は本当によく相談してきました。

  • 人間関係の不満

  • 恋愛の悩み

  • 他人への苛立ち

  • 自分の評価への不安

一つひとつは、どこにでもある相談内容です。だから最初は、何も疑いませんでした。
けれど、回数と密度が違いました。

夜遅い時間に突然電話が来ます。
出ると、彼女は泣いています。
そのまま、1時間以上話を聞かされます。

しかも内容は、毎回、同じ部署の上司や同僚に攻撃された、おかしいと抗議する内容でした。

登場人物も、構図も、結論も同じです。
違うのは、その日の感情の強さだけでした。

私はその都度、状況を整理し事実と感情を分け相手の立場や心理を説明し現実的な選択肢を提示するということを繰り返していました。

言葉を選びながら、丁寧に。
彼女が納得できる形になるまで。

けれど結局同意しなければ、
話は終わりませんでした

整理しても、次の日にはなかったことになります。

私はこの時気づいていませんでした。
これは「相談」ではなく、
感情の処理を丸ごと外注されている状態
だったのです。

彼女は、私の話を聞いているようでいて、どこかリアクションが薄く、受け止めていないように毎回感じていました。

つまり彼女は、私に相談して、私の話を理解して問題を解決しようとしていたのではありません。

ただ、

自分の中に溜まった感情を外に出し、

誰かに“正当化”してほしかっただけ

だったのです。

だから、私がどれだけ冷静に状況を整理しても、現実的な選択肢を提示しても、彼女の感情と一致しない限り、それらはすべて“無効”になります。

そして、また最初に戻る。この繰り返しでした。

5. 「受け止めること」が私の役割になる

気づけば私は、彼女にとって

  • 思考の整理役

  • 感情の受け皿

  • 判断の基準

  • 行動の指針

として機能していました。

つまり、彼女にとって私は、精神的インフラのような存在になっていました。

ただし、ここで重要なのは、私が一方的に搾取されていただけではない、ということです。

私は、この時アダルトチルドレン最盛期なので、

  • 頼られると断れない

  • 必要とされると価値を感じる

という特性を持っていました。

だからこの関係は、

彼女:感情や問題を持ち込む
私:それを処理し、支える

という構造の中で、依存と承認欲求が噛み合った関係として成立していました

ただし、その負荷は明確に偏っていました。

私は与える側(ギバー)であり続け、彼女は受け取る側(テイカー)であり続けました。

だからこの関係は、維持はできても、回復はしない構造でした。
この時点ではまだ、私はそれを「搾取」だとは認識していませんでした。

ただ、

どこかおかしい

という違和感だけが、静かに積み重なっていました。

(実録2に続きます。)


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