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実録丨【第2話】境界性パーソナリティ(BPD)傾向の後輩との関係を終わらせ、初めて“境界線”を引いた話

6. 理想化とこき下ろし/白黒思考・スプリッティング

■ 理想化と反転する関係

彼女との関係を振り返ったとき、もっとも象徴的だったのは、評価が極端に振れることでした。

その振れ幅には、中間がありませんでした。

ある時は、

「私たち似てるよね」
「あなただけは違う」
「一番信頼できる」

と、強い言葉で一気に距離を縮めてきます。

当時の私は、それを信頼や親しさの表現だと思っていました。

けれど今振り返ると、あれは対等な信頼ではありませんでした。

そこにあったのは、

“彼女にとって都合のいい理想を受け止めてくれる特別な相手”

として、私を理想化する視線だったのだと思います。

彼女にとって私は、「私自身」である前に、

・自分を理解してくれる人
・自分の話を受け止めてくれる人
・自分を少し上の場所に連れて行ってくれる人
・自分の価値を確認させてくれる人

として機能していました。

つまり私は、先輩でも友人でもなく、
自己評価を支えるための対象になっていたのだと思います。

そして、その前提が崩れた瞬間、評価は一気に反転しました。

■ 所有としての関係と“裏切り”の発生

ここで、象徴的な出来事がありました。

彼女が強く意識している同期C子が、同じ部署に来ると分かったときのことです。

私は隣の部署に所属していましたが、ある日突然、彼女に休憩室へ呼び出されました。

行ってみると、彼女はその場で号泣しながら、C子にこれまでされた嫌がらせについて、感情的に語り始めました。(※後に、事実ではなかったと分かります)

そして最後に、こう言いました。

「竜胆さんをあいつに取られたくない。それだけは耐えられない!」

正直、強い困惑を覚えました。

ここは学校ではなく会社です。
業務上の関わりは避けられませんし、誰とどのように関わるかを制限される筋合いもありません。

その場では、

「取られるとかないからね。大丈夫だよ」

と伝えて落ち着かせましたが、内心では、はっきりとした違和感と、わずかな恐怖を感じていました。

さらに彼女は続けて、

「C子は竜胆さんの業務領域に興味があって、その研修も受けるし、竜胆さんの部署を希望しているらしいですよ。席、狙ってますよ。やばいですよ!」

と、最初から私の中にC子への警戒心を植え付けるような言葉を投げてきました。

関係が始まる前の段階で、すでに“敵として認識させる”ような働きかけです。

この時点で私は、すでに“個人としての私”ではなく、彼女の人間関係の中に囲い込んでおきたい存在
として扱われていたのだと思います。

実際、彼女から聞くC子に関する話はあまりにも具体的で、当時の私は、それを疑うという発想すら持てませんでした。

初対面のときも、
「どう接すればいいんだろう…」

と、最初からどこか警戒した状態で関わっていました。

本来であれば、まっさらな状態で出会えたはずの相手に、すでに“前提”を持ったまま接してしまっていたのです。

けれど実際に接してみると、C子はまったく違いました。

事前に聞いていた印象とはかけ離れていて、
私を一人の人間として、対等に扱う人でした。

自分軸をしっかり持ち、過剰に踏み込むことも、
無理に距離を詰めることもない。

静かに誠実で、きちんと自立している人でした。

そして後に、年齢の垣根を越えて、
良き友人になってくれました。

この時点で、彼女の語っていた“現実”と、実際の現実のズレは明らかでした。

■ 理想が崩れた瞬間の反転

その後、この構造はさらに分かりやすい形で表れます。

私はC子に対して、商談への同行を提案しました。

C子が将来的にその業務領域に関心を持っていると聞いていたため、実務に触れることで具体的なイメージを持てればいいと思ったからです。

すると、その話をどこかで聞いた彼女は、明らかに態度を変えました。

隣の席に座っているにもかかわらず、
その日、私に対して一切口を利かなくなったのです。

完全な無視でした。

恐らく彼女の中では、この時点で関係の意味づけが切り替わっていたのだと思います。

――「裏切られた」

当時の私は、

「気にしているのかな」
「傷つけてしまったのかもしれない」

と考えてしまっていました。

けれど今振り返れば、これは私の問題ではありませんでした。

ここで起きていたのは、

関係を“共有するもの”ではなく、“所有するもの”として捉える視点

そして、

自分の思い通りに動かない相手を“裏切り”と認識する構造

でした。

■ 評価によって切り替わる関係

さらに興味深かったのは、その後の変化です。

C子の商談同行は、結果として部署を跨いだ良い取り組みとして評価され、双方の管理職からも前向きに受け止められました。

すると彼女は、それまでの態度とは一変し、何事もなかったかのように、再び普通に接してくるようになったのです。

ただし、最初にかけてきた言葉はこうでした。

「同行したんですよね。」

責めるわけでもなく、褒めるわけでもなく、
ただ事実を確認するような言い方。

けれどそこには、感情を押し殺したような硬さがありました。

私は、

「そうだよ。将来その業務をやりたいって言ってたし、いい経験になると思って」

とだけ答えました。

すると彼女は少し間を置いて、

「そうなんですね……でもあいつは竜胆さんの席狙ってますよ。」

と、再びC子に対する警戒を促すような言葉を口にしました。

■彼女が引き出そうとしていたもの

この一連の流れの中で、私はある意図を感じていました。

彼女はおそらく、
自分を差し置いてC子と関わったことに対する
“配慮”や“謝罪”

――つまり、

「悪かったと思ってほしい」

という反応を、私から引き出そうとしていたのだと思います。

けれど私にとってそれは、

会社という場において、
先輩として後輩の成長機会を提供した

ただそれだけの行動でした。

だから私は、その前提を崩さず、
「業務として当然のことをしただけ」
というスタンスを貫きました。

その瞬間、彼女の動きは変わりました。

私から謝罪や配慮の言葉を引き出せないと分かったとき、

今度は焦点を「私」から「C子」に移し、

「あいつは竜胆さんの席を狙っている」

と、私とC子の関係そのものを揺らす方向へと切り替えたのです。

つまり、

自分への配慮を引き出す

 ↓(失敗)

第三者との関係を分断する

という形で、目的が変化していった。

この動きは非常に明確でした。
私を通じて状況をコントロールできないと判断した瞬間、対象を変え、別のルートから関係に介入しようとする。

その構造が、この出来事を通して、はっきりと浮かび上がったのです。

■ 白黒でしか成立しない関係

そして最終的に、私は理解しました。

彼女にとって私は、

  • 理想化されるか

  • こき下ろされるか

そのどちらかでしか存在できなかったのだと。

  • 境界線を持った瞬間

  • 同意しなくなった瞬間

  • 思い通りに動かなくなった瞬間

私は、

「特別な人」から「冷たい人」へ

「一番信頼できる人」から「人間関係を壊す人」へ

一気に反転しました。

そこに中間はありませんでした。

白か黒か。価値があるか、ないか。

そのどちらかでしか、関係は成立していなかったのです。

■ 比較によって歪む評価と、上下で測る世界

その構造は、日常の些細な場面にもはっきりと表れていました。

私が贔屓にしていたイタリアンの店を紹介したとき、彼女は「こんなお店初めてです!」と強く感動していました。

けれど後日、彼女が友人とその店を訪れ、私と一緒のときのような“特別な対応”を受けられなかったと分かった途端、その評価は一変しました。

料理やサービスを、
別人のように激しく批判し始めたのです。

そこにあったのは、店そのものへの評価ではなく、

「なぜ竜胆にはああなのに、私には違うのか」

という、比較の怒りでした。

行きつけの鍼灸院を紹介したときも同様でした。最初は「めちゃくちゃ良かったです!回数券も買ってしまいました!」と絶賛していたにもかかわらず、施術者が私の話をするたびに彼女は不機嫌になり、

「竜胆さんにはこうなのに」
「竜胆さんの話ばっかり」

と繰り返しました。

彼女は、物事を単体で見ていませんでした。

常に、

  • 私(竜胆)がどう扱われているか

  • 自分がどう扱われているか

  • その差があるか

という軸で世界を見ていました。

人や場所は、そのものとしてではなく、
自分が上か下かを測る材料”として扱われていたのだと思います。

■ 責任転嫁と“現実のすり替え”

その極端さは、意見や立場の違いに対する反応にも、はっきりと表れていました。
彼女は、自分にとって望ましくない意見や指摘に対して、極端な拒否反応を示しました。

上司や先輩から少しでも意に沿わない言葉が入ると、その相手はすぐに「」として扱われます。

そしてそのことを、時には泣きながら私に訴えてきました。

「ひどいことを言われた」
「理不尽に責められた」
「自分ばかりが悪く言われる」

当時の私は、それをそのまま受け取り、調整役として動いてしまっていました。

実際に、彼女から相談を受けた業務で、私が間に入ったことがあります。

彼女の話では、
「〇〇先輩が独断で動いて状況をややこしくしようとしている」というものでした。
私の部署にも影響が出そうな内容だったので、私はその情報をもとに関係者へ共有し、解決に向けて動きました。

しかし結果的には、その先輩にはそのような意図はなく、誤解だったことが分かり、事なきを得ました。

ところが後日、同部署の方からこう言われました。

「彼女、竜胆さんが大ごとにした、って言ってましたよ」

彼女は、最初の段階で状況を誇張して私に伝え、
その結果として話が広がった後、その責任をすべて私に転嫁していたのです。

当時の私は、まだアダルトチルドレンの傾向が強く残っていました。
その言葉を聞いて、不安になり、「本当に自分が大ごとにしてしまったのではないか」と怖くなりました。

そして後日、周囲の人たちに確認しました。けれど返ってきたのは、まったく違う反応でした。

誰も、その件を大ごとだとは思っていませんでした。そもそも、気にしている人すらほとんどいなかった。

むしろ、

「また彼女がかき乱してたね」という認識で、静かに処理されていたのです。


■ 孤立と“関係の使い捨て”

別の場面でも、同様の歪みがありました。

これまで述べてきたような言動の積み重ねもあってか、彼女と同じチームの人たちは、積極的に彼女と関わろうとはしていませんでした。

後々、チームメンバーからは、「仕事を手伝っても、上司にダメ出しされたら、彼女に全部こっちのせいにされるから」

という声も聞きました。だからこそ、彼女が仕事で誰にも助けてもらえず困っていそうだった時、
私のお節介が発動し、彼女の仕事を手伝う申し出をしました。

私は数時間、横についてサポートしていました。
しかもその時は、かなりオープンな環境でした。
フロアにいる各部署の人たちが、その光景を見ようと思えば見える状態です。

その後、同部署の先輩から私に、
「部署を跨いで竜胆が教えるのは見え方が良くないから、個室でやるなりしなよ」と指摘を受けました。

確かにその観点は私も抜け落ちていて、そこは素直に反省しました。

同時にその先輩は、彼女にも
「違う部署の竜胆が教えてるのはあまり良くないから、自分のチームの人に教えてもらった方がいいよ」

と伝えたそうです。
それ自体は、ごく妥当な指摘でした。

けれど、その言葉は彼女の中で、まったく別の意味に変換されていました。

後日、彼女は怒りながら、私にこう言いました。

「竜胆さんが勝手に教えたのに、“教えてやった”って言い回るのやめてもらっていいですか!!?」

正直、意味が分かりませんでした。

「勝手に教えた」ことは事実です。
それは否定しません。

けれど、

“言い回っている”

という解釈に飛躍する思考回路が、どうしても理解できませんでした。

仮に私が何も言わなかったとしても、
そもそもフロア全体が見えている環境です。
わざわざ言い回る必要など、最初からありません。

さらに言えば、手伝っている最中、
彼女自身も休憩を取って席を外したり、
資料作成を私に任せたりしていました。
つまり、その状況を少なくとも一時的には受け入れていたのです。

結果として、夜遅くまで私に頼ったのも事実でした。
本当に不要であれば、断ることもできたはずです。

それにもかかわらず、

「教えてもらっている側」

として認識される可能性が出た瞬間、
それを受け入れられなくなった。

第三者から「教えてもらっている」と見なされた瞬間、その“劣位に立つ感覚”に耐えられず、

「竜胆が勝手にやった」
「竜胆が言いふらしている」

という形で、現実の意味づけをねじ曲げていったのだと思います。

さらに彼女は、
「あなたがそう言ったことで大ごとになってますよ!」
※実際なにも大ごとになっていません。

と、脅すような言い方までしてきました。

当時の私は、その言葉に強く不安を揺さぶられました。本当に自分が何か取り返しのつかないことをしてしまったのではないか。知らないところで、状況が悪化しているのではないか。

そう思い、上司に相談しました。
けれど返ってきたのは、拍子抜けするほど冷静な言葉でした。

「何も大ごとになってないよ。気にしなくていい。それより、距離感だけ気をつけな。」

その一言で、私はようやく現実に引き戻されました。
彼女が語っていた“危機的な状況”は、実際にはどこにも存在していなかったのです。

そして後日、その資料が上司からダメ出しを受けた際、彼女は私のところに来て、

「ボロカスでしたわ。」

とだけ言いました。
まるで、「お前のせいだ」と言わんばかりに。

その前の段階でも、御礼らしい御礼は一切ありませんでした。
たった一言、「ありがとうございました」と言うことすらなかった。

そこにあったのは、対話ではありませんでした。

  • 責任を外に置きたい

  • 不利な構図を受け入れたくない

  • 相手を圧で動かしたい

そうした衝動だけが、むき出しになっていたのだと思います。

これらの出来事を通して、私は理解しました。

彼女の中では、出来事そのものよりも、
その中で自分がどの位置に立つか
の方が重要なのだということを。

そして、その位置が揺らぐ時、
現実そのものが別の形に組み替えられていくのだということを。

相手は、

  • 支えてくれる存在か

  • 自分を脅かす存在か

そのどちらかにしか分類されない。

だからこそ、少しでも位置関係が崩れると、
関係そのものが一気に反転するのです。

そして最終的に、私ははっきり理解しました。

彼女にとって私は、

  • 理想化されるか

  • こき下ろされるか

そのどちらかでしかなかったのだと。


7. 不安定な自己像と、自己愛的(ナルシシスティック)な防衛


彼女との関係の中で、ひとつ決定的だったのは、
キャリアに関する出来事でした。

ある日、休日の夜に突然、
「今から面接対策してください」と連絡が来ました。

彼女は当時、キャリアの転機にあり、私に相談してきました。

面接対策、志望動機の整理、自己PRの言語化。
私は彼女の話を聞きながら、内容を整理し、強みを抽出し、それを伝わる形に組み替える手伝いをしていました。

いわば、彼女の中にあるものを
外に通用する“言葉”に変換する作業でした

正直、どれだけ関係が近くても、
休日の夜に仕事はないだろう、と思っていました。

けれど当時の私は、それでも応じていました。
役に立つことで、自分の価値を感じていたからです。

そして同時に、それが自分自身がかつて諦めた部署への挑戦でもあったからこそ、どこかで自分の分まで託すような気持ちで、彼女を支えていたのだと思います。

結果として、彼女はその選考を通過しました。

そのこと自体は、素直に良かったと思っています。
けれど、その後の流れに、明確な違和感がありました。

合否の結果は、本人からではなく、先に人づてで知りました。

その後、LINEで「受かりました。ありがとうございます。」とだけ送られてきました。

数日後、出社して彼女と顔を合わせたとき、対面ではもう少し言葉があるのかと思っていました。

すると彼女は、「ありがとうございました。〇〇チームリーダーに、合格を伝えたら、お世話になった人たち全員に御礼言いなさいって言われたので。」

と、言いました。

言葉としては丁寧でした。
態度も一見すると低姿勢でした。

けれど、その瞬間、私ははっきりと違和感を覚えました。

そこにあったのは感謝ではなく、

言えと言われたから言っている”

という温度でした。


さらに印象的だったのは、その後の振る舞いでした。

彼女は、私が仕事を手伝ったことや、キャリアの面接対策をしていたことについては、驚くほど周囲に出しませんでした。

自分が誰かに支えられていたという構図を、 外に見せないようにしていたのです。

そこには、
「助けられた側になることは避けたい」
「自分が下に見られる可能性を排除したい」

という意識があったのだと思います。

そしてそこから、彼女の態度は明確に変わっていきました。本社行きが決まったあと、発言は次第に尊大になっていきました。

「竜胆さん、決断が大事ですから!」
「やるか、やらないかですよ!」

こちらの事情などは一切考慮されず、 ただ自分の視点だけで言葉が投げられるようになっていきました。

そこには、

“本社行きが決まった自分は、すでに上の側にいる”
という前提が、はっきりと滲んでいました。
それは露骨な自慢ではない分、かえって分かりやすく、関係の中にあった微妙な上下の感覚が、言葉の端々に現れていたのだと思います。

ここでようやく、私は違和感の正体を言語化できました。

彼女にとって、

「助けられる側に回ること」や
「自分が下に見られる可能性があること」は、

そのまま“自分の価値が否定されること”と同義だったのだと思います。

だからこそ、その状態を直視することができなかった。

代わりに彼女は、

相手を下に置く
自分が上に立つ

そういう構図を作ることでしか、
自分の価値を保てなかった。

それが、彼女の防衛の仕方だったのだと思います。


8. 他者を“機能”として使う対人関係

彼女との関係を振り返ったとき、もう一つはっきりしていたのは、

人を“個人”としてではなく、“機能”として扱う傾向でした。

彼女は、何か分からないことがあると、すぐに聞いてきました。

制度、手続き、キャリアのこと。

そのやり取りは一見すると相談のようでいて、次第に質が変わっていきました。

必要な情報だけを引き出す。 目的が達成されれば、それで終わる。

そこには、相手への関心や関係性よりも、

「使えるかどうか」

という基準が、はっきりと存在していました。

今振り返れば、私はまるで、WikipediaやChatGPTのように扱われていたのだと思います。

困ったときに呼び出され、 答えを引き出され、 用が済めば離れる。

そこには、対等なやり取りというよりも、 “アクセス”に近い感覚がありました。

彼女にとって私は、

  • 困ったときに答えをくれる人

  • 状況や感情を整理してくれる人

  • 言葉にしてくれる人

前にも書きましたが、精神的なインフラの“役割”として存在していたのだと思います。


そしてこの構造は、情報だけにとどまりませんでした。

彼女は、私がその場にいてもいなくても、 私の話を中心にして人間関係を回していました。

場を盛り上げるときも、 距離を縮めるときも、
なぜかその軸には、いつも私の存在が置かれていた。

一見すると、それは共通の話題を使って場をつないでいるようにも見えます。
けれど実際には、それ以上の意味を持っていました。

彼女は、私の話を使うことで、

  • 自分がどの位置にいる人間なのか

  • 誰とどれだけ近いのか

  • 何を知っている側なのか

を、その場の中で提示していたのです。

つまり、私の話は単なる雑談ではなく、

自分の立ち位置を作るための“材料”でした。

その場に応じて、
私を特別な存在として語ることもできるし、
比較対象として使うこともできる。

そしてそのたびに、 彼女自身の位置もまた、微妙に調整されていく。

振り返ってみると、彼女は人と人との関係そのものを築いていたというより、

“誰をどう使えば、自分がどこに立てるか”

を無意識に選び続けていたのだと思います。

彼女にとって人間関係は、
築くものでも、 深めるものでもなく、
必要に応じて使い、 自分の位置を調整するためのものだったのかもしれません。

だからこそ、相手は“人”ではなく、 役割や機能として扱われていく。

そして私はその中で、必要なときに呼び出され、 情報や言葉を提供する存在として扱われていたのだと思います。


9. コントロールの喪失と共依存の変質

しかし、私がカウンセリングを受け始めた頃から、関係の流れが少しずつ変わり始めました。

この時期、ちょうど回避型の彼との一件もあり、私は自分の内面と向き合い始めていました。

そしてそれと同時に、私の中にほんのわずかですが、境界線と自分軸が生まれ始めていました。

それまでは、彼女が吹き込んでくる話に私はかなり敏感に反応していて、そのたびに人間関係に影響が出ていました。

「〇〇さんが竜胆さんのことこう言っていた」
「あの人は竜胆さんのことこう思っている」

そう言われるたびに、私は揺れていました。

相手の視線を過剰に意識し、空気を読み、必要以上に神経を使う。その積み重ねで、自分の行動や言葉まで微妙に変わっていきます。

彼女の言葉を起点に、私の人間関係が静かに歪んでいく――そんな状態でした。

けれどこの頃から、私は以前のように即座に反応せず、

「それは本当なのか」
「事実として確認できるのか」
と、一度立ち止まるようになっていました。

すると、彼女の反応が変わりました。
それまでのように断定的に話していたはずの内容に、曖昧さが混じるようになったのです。

言葉を濁す。断言しない。話の輪郭がぼやける。

それは、おそらく私がそのまま受け取らなくなったことに対する反応だったのだと思います。

さらに分かりやすかったのは、その後の関わり方の変化でした。

彼女は、私が以前のようにはコントロールできなくなってきたことを察したのか、本当に自分にとって利用価値のある時にしか、あまり関わってこなくなっていきました。

それまでの私は、感情も情報もほとんど無制限に受け取る側でした。彼女にとって私は、流し込めばそのまま通る“回路”のような存在だったのだと思います。

けれど、その回路が、少しずつ機能しなくなっていきました。

それまで感情も情報も流し込み放題だった相手が、
急にそれらをそのまま受け取らず、
堰き止めるようになった。

その変化は、彼女にとっても明確に感じ取れるものだったはずです。だからこそ、戸惑いもあったのだと思います。

実際、彼女は私の変化について、口ではこう言っていました。

「最近、すごく変わりましたよね」
「前よりちゃんとしてますよね」

一見すると、前向きな言葉です。

けれど、そのトーンにはどこか引っかかるものがありました。
褒めているはずなのに、どこか素直ではない。
肯定しているようでいて、わずかに距離を置いている。

私はその違和感を、当時うまく言葉にすることができませんでした。

でも今なら分かります。

あれは単なる評価ではなく、“変わっていく私”に対する違和感と抵抗が混ざった反応だったのだと思います。

私は、自分を取り戻し始めていました。
反応の仕方が変わり、関係の中での立ち位置も変わり始めていた。

それは私にとっては回復でしたが、
彼女にとっては、これまで成立していた関係の前提が崩れていくことでもありました。

だからこそ彼女は、口では変化を認めながらも、どこかでそれを歓迎していないように見えたのだと思います。

そのズレは、別の場面でもはっきりと表れていました。

私の同期が昇進したときのことです。

彼女が「〇〇さん昇進しましたね」
と話を振ってきたとき、
私は素直に「ほんまに嬉しい!」と答えました。

すると彼女は、どこか引いたような反応をしました。「え、嫌じゃないんですか!悔しくないんですか!」

信じられない、というような顔でそう言ってきたのです。むしろ、こちらの方が驚きました。

私は、「悔しいというより、私も頑張らないとなとは思うけど、昇進掴み取ったのはあいつの努力だし、すごいと思うし、心からおめでとうっていう気持ちだよ」

と、そのまま伝えました。

すると彼女は、少し間を置いて、
「いい人ですね。。」とだけ言いました。

その言葉には、どこか温度の低い響きがありました。

今思えば、彼女は私から

妬み
悪口
同調

を引き出そうとしていたのだと思います。

以前の私なら、彼女が望むような答え――たとえば、少しの妬みや、軽い悪口や、共感を示す言葉を、無意識に選んでいたと思います。

でも、そのときの私はもうそれをしませんでした。
自分の中で本当に感じていることを、そのまま言葉にしました。

つまり私は、彼女の期待に合わせて反応する回路から外れたのです。

それが彼女にとっては、明確な“ズレ”として映ったのでしょう。

彼女にとって人間関係は、誰かを心から祝福する場ではなく、比較し、位置づけし、上下を測る場でした。

そしてこの出来事は、彼女の中で、私がもはや以前のようにはコントロールできない存在になっていることを、決定的に示す場面でもあったのだと思います。

その時からすでに、関係の前提は、静かに崩れ始めていました。

(実録3へ続きます。)


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