正義を貫く覚悟はあるか9
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「犯人も、ニコチンを飲ませた方法も、容器の隠し場所もわかったんですか?」
鮗さんは、少し目を細めてから「たぶん」と言った。
「いくつか確認したいことはある」
そういってスマートフォンを操作した。何か調べているらしい。
「鈴子、烏鷹さんだが、毎回テキーラのショット飲みで乾杯をすると言っていたな」
「はい。お決まりでした」
「あのとき、ショットグラスを烏鷹さん自らみんなに配っただろう? あれも、いつもそうか?」
私は思い出す。
「そうですね。私はいつも、烏鷹さんからグラスを受け取っている気がします。ホームパーティに招かれたのは初めてでしたが、お店でも同じです。店員さんから烏鷹さんが受け取って、それを烏鷹さんが配ってますね。だいたい、客人に先に渡すんです。今日も、鮗さんに一番に渡しましたよね。その日の客人に一番に渡して、最後に自分の分を持って、サルー! です」
「テキーラのショット飲みをしたあと、鈴子は烏鷹さんに『大丈夫ですか?』と聞いていた気がするんだが、何が気になったんだ?」
「あのときは、烏鷹さんがちょっと顔をしかめたように見えたので、毎回ショット飲みなんかしているから喉とかやられてるのかな、と思ったんです。いつもならショット飲みをしても平気な顔していますから」
鮗さんは腕を組んで黙った。
そこへ、小林さんと扇さんと月見里さんの三人が部屋に戻ってきた。
「鈴子、何を聞かれたか聞いてくれ」
一瞬でコミュ障に戻った鮗さんが私に耳打ちしてくる。頼りがいがあるのかないのかわからない人だ。
「何を聞かれたんですか?」
私は三人に聞く。小林さんが「話は、会社内外で社長を恨んでいそうな人はいませんか、という話でした。それならこの部屋でも良かったじゃないか、と思ったら、社長が亡くなった場所でスリングショットを使わされました」
「ええ?」
「僕がスリングショットを使って社長のグラスにゼラチンか何かで固めたニコチンを飛ばして入れたと思ったようでした。そんな、いくら僕がスリングショットが得意だって言ったって、一発でグラスにそんな小さなものなんて入れられるわけがないのに」
まさか本当にその可能性を考えていたなんて。
「漫画じゃあるまいし!」
思わず声に出してしまった。
「僕もそう思いましたよ。全然入らなくて『わざと失敗していないだろうな』なんて言われるもんだから、困りました」
小林さんは、普段の温厚さに似合わずどすんと勢いよくソファに座った。さすがに疲れたのだろう。扇さんもソファに座り、月見里さんはまた壁によりかかっていた。
「あと、社長が倒れたとき鈴木さんが隣にいたから、何か不審なことはなかったか? と聞かれました」
小林さんが言う。
「え!」
「正面から見ていましたが、おかしなことはありませんでした、とお伝えしました」
「はぁ。ありがとうございます」
やっていないことは自分が一番よく知っているはずなのに、疑われていると思うと落ち着かない気持ちがする。
鮗さんは、んんんと唸るような声を出してから「自首させたい」と言った。
「はあ?」
「ここで僕が鈴子に推理を話して、それを披露してもらえばたぶん犯人は逮捕される。でも……」
鮗さんは珍しく鼻に皺を寄せて不快感を示した。
「できれば、それはしたくない」
「どうしてですか? だって、全部わかったんですよね?」
「わかったから、それを人前で暴露させたくないということだ。おとなしく自首してくれれば、僕らの前で恥ずかしい思いをしないで済む」
「ねえ、ちょっと何をコソコソ話しているんですか。気になるんですけど」
ソファに座った扇さんがこちらを見上げてくる。当たり前だろう。鮗さんは、私にしか聞こえないくらいの小さな声でずっとささやき続けているのだから。
「ああ、すみません。ちょっと、事件のことを二人で考えてまして……」
「それなら、私たちにも教えてくださいよ。何か気付いたことがあるんですか? 鮗さんって、すごく頭がいいって聞いたことありますよ。推理があるなら、聞かせてくださいよ」
扇さんの発言に、小林さんも月見里さんも、興味を持っているようだった。私はおおいに困った。鮗さんは、この人たちの前で自分の推理を堂々と説明する能力なんか持っていないだろう。小説や漫画の世界の名探偵よろしく、大見得を切って演説してくれればいいのに。
「どうするんですか。鮗さん」
私は、むっつり黙ってしまった鮗さんに声をかける。室内の注目を集めていることに耐えられないのか、口どころか、目までもぎゅっとつぶった。
「もお。いい加減にしてくださいよお」
私は肩を落とす。まったく、本当にいい加減にしてほしい。すると、目をうっすら開けて何かぶつぶつと呟いた。
「え? なんですか?」
私は若干苛立ちながら、鮗さんの顔に耳を近づける。
「僕の前に立って、人が見えないようにしてくれないか。そうすれば、なんとか話せそうだ」
どうやら、私を盾にして人の視線を感じなくしたいらしい。
「そうすれば、話せるんですね?」
「正義を貫くときがきた」
よくわからない返事を一応受け取って、私は鮗さんの前に立った。といっても、鮗さんのほうがずっと身長が高いから、盾にはなりきれない。それに気づいたのか、鮗さんは膝立ちになった。まったく、情けない名探偵だ。
「えっと、鮗さんが真相がわかったそうなので、今からお話します」
私は、背中で鮗さんを隠しながら、話し出した。室内に、緊張した空気が走る。
「真相って、事件の!?」
扇さんが大きな声を出す。
「……らしいです。よね? 鮗さん」
私は振り返る。ううううん、と長めの咳払いのあと、鮗さんが話し始めた。
「まず、今回の事件の犯人ですが……本当は暴きたくないので自首してください」
鮗さんの言葉に、三人がぽかんとした顔で見てくる。盾になっているのは私なんだから、少しは気にしてほしい。さすがに、ドア前に立っている警察官も、鮗さんの奇妙な言動に注視し始めた。
「この部屋には、見張りの警察官の人がいます。僕がここで犯罪を暴いてしまったら、自首じゃなくなってしまいます。まず、自首を勧めます」
「そんなこと言って自首する犯人なら、こんなところに閉じ込められてないと思うんですけど……」
小林さんがもっともなことを言う。
「僕は、事件の真相にたどり着いたと思っています。そのうえで、改めて言います。これは犯人にしか伝わらないことだと思いますが、ここで真相が暴かれるより自分で警察に言ったほうがマシだと思いませんか。その……ここでみんなの前で証拠品を取り出す必要はない、と言いたいのです」
鮗さんの話を聞いている三人が、お互いにちらちらと目を合わせた。誰も名乗り出ない。
「誰に言ってるんですか」
小林さんが私に聞いてくる。私は視線の盾だから仕方ないとはいえ、私にもわからないのだからどうしようもない。
「名乗り出ないのなら、暴かなければならなくなります」
私の後ろから、気乗りしなさそうな鮗さんの声がする。
「わかっているなら、もったいぶらずに教えてくださいよ。このままじゃ、またスリングショットの試し打ちをさせられそうだ」
小林さんが「もう勘弁してほしい」と言う。私は三人の顔を順番に見てみる。誰が犯人なのだ。今まさに自分の暴挙が暴かれそうな事態に陥っているのに、冷や汗ひとつかかず、逆に興味深そうな顔をしている三人に、やっぱりこの中に犯人はいないのではないかと思ってしまう。
「名乗り出てくれないなら、暴くことになります。僕にも、暴くなりの覚悟が必要ですし、申し訳ありませんが、鈴子に隠れてコソコソ自分の推理を披露するなんてことは今すぐにでも辞めたいので、手短に終わらせます」
鮗さんは、ひとつふーっと息を吐いてから「月見里さん、自首してください」と言った。
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