見出し画像

正義を貫く覚悟はあるか10

10
 扇さんと小林さんが、ばっと勢いよく月見里さんを見る。月見里さんは、ゆったりと首をかしげ「はい?」と言った。
「僕が自首を勧めているのは、月見里さんです。あなたなら、僕の言っている意味はわかりますよね」
 月見里さんは、少しうつむいてからまた私のほうを見て「わかりません」と言った。
 本当に月見里さんが犯人なのか。それとも、鮗さんが何か勘違いをしていて、月見里さんは本当に「わからない」のかもしれない。だって、穏やかでおっとりした清楚な雰囲気の月見里さんと殺人なんて、似合わなさすぎる。だからといって、お人よしそうな小林さんや、仕事のできる扇さんが犯人に似合うか、と聞かれたら、やっぱりNOなのだけれど。
「では、ドアの前に警察の人がいますから、さっきの刑事さんを呼んでもらいましょう」
 鮗さんが言うと、見張りの警察官が「え?」と一瞬不思議そうな顔をしたあと「呼ぶんですか?」と私に聞いてきた。
「よろしくお願いします」というと、警察官はドアを少し開けて刑事の名前を呼んだ。強面の刑事が部屋に入ってくる。
「なんだ」
「犯人がわかったので、刑事さんの前でお伝えしたほうがいいかと」
 私の後ろに隠れながら膝立ちしている鮗さんを、刑事は不思議そうに眺めた。
「犯人がわかった?」
「はい」
「容器の件はどうなった」
「それもわかったと思います」
「思います、じゃあ困るんだが……まあ、話を聞くだけ聞こう」
 刑事は腕を組んで、見張りの警察官の横に立った。
「まず、容器を隠し持っているのは月見里さんです」
 その言葉に、刑事は鋭い目で月見里さんを見た。
「本当か?」
「持っていません。さきほどボディチェックも受けました」
 そうだ。持っていないことは、私もこの目で見た。
「いいえ、持っているのは月見里さんです。そして今回の事件で、容器だけ隠し持っているというのもおかしな話です。殺害から容器を隠すところまでに、容器を誰かの手に移動させるメリットがありません。つまり、烏鷹さんを毒殺したのは、月見里さんです」
「根拠はあるのかね?」
 刑事はしかめっ面だ。当たり前だろう。警察が必死になって探している容器はまだ見つからず、犯人の目処が立っていないというのに、私の後ろに隠れていないと自分の推理を披露できないこんな男に言われたところで、納得できないだろう。私の背中に隠れた探偵は、私の腰あたりをぎゅっと掴んだ。隠れていたとしても、負担がかかっているのだろう。
「順番に説明します。今回の事件は、月見里さんが何かしらの動機を持って烏鷹さんを殺害した計画殺人です。突発的な犯行ではありません。それから、今日みたいに食べ物や飲み物に自分が近づける日を選んで、烏鷹さんだけが口にするものに、毒を、ニコチンを盛ったのです。外食ではチャンスが少ないですから」
「社長だけ口にするものって、なんですか。みなさんで同じものを召し上がったじゃないですか。社長だけが食べるものなんてありません」
 月見里さんが落ち着いた様子で話す。
「そうでしょうか」
「そうです。みなさんで同じものを飲んで、同じものを食べたじゃありませんか。社長が口にするものにニコチンを仕込んだのなら、私より扇さんのほうが怪しいじゃありませんか」
「ええ! どうして!」
 突然名前を出された扇さんが、驚いたように抗議の声をあげる。
「社長用のライムを切ったのも、扇さんです。ガーリックシュリンプを取り分けたのも扇さんですし、チャンスはあったんじゃないですか」
「さきほど調べましたが、ニコチンの致死量は40~60㎎だそうです。液体だと、2mlほどです。少なく感じますが、ライムに塗った程度では、確実に2ml以上摂取させることは無理でしょう」
「じゃあ、小林さんじゃないですか? 今日、コーラなどの飲み物を買ってきたのは小林さんです。そこに忍ばせておくことはできますよね」
「本気で仰っていますか? 今日はまだ小林さんの買ってきた飲み物を誰も飲んでいないじゃありませんか。それに、烏鷹社長が異変を見せ始めたのは、ガーリックシュリンプを食べ始める前。乾杯の直後です。つまり、テキーラのショットグラスに混入されていたと見るのが、正しいかと思います。ショット飲みをしたあと、いつもは平気な顔をしていた社長が少し顔をしかめていた。鈴子がそれを見ていました。あれは、いつもと味が違ったからではありませんかね。ライムで少しは誤魔化されるかもしれませんが、ニコチンは酸味があるようです」
「テキーラのショットグラスは、たしかに私が準備しましたが、それを受け取ってみなさんに配ったのは烏鷹社長です」
 たしかに、そうだ。
「そうです。でも、さきほど鈴子に確認しましたが、烏鷹さんはいつもご自分で配るそうですね。しかも、客人を先に、そして自分は最後に」
 小林さんと扇さんが、はっと息をのむ。
「小林さんと扇さんにも聞きたい。烏鷹さんの行動として、手にとるグラスをコントロールすることは可能ですか?」
 二人は顔を見合わせてから「100%とは言えませんが、手にとりやすいグラスは選べると思います。最後のグラスを自分でとって、乾杯の音頭をとるのが恒例でしたから」
 小林さんの言葉に、背後から鮗さんが「ふんふん」と頷く声がする。
「そこで、ショットグラスに入れるニコチンですが、2.5mlサイズのシリンジに入れていたのだろうと思います。刑事さんが“容器”と言っていたので小瓶のようなものを想像していましたが、瓶のようなものじゃなくても液体は運べます。その……」
 鮗さんは、一度少し言いにくそうにしてから
「月見里さんはポケットのついたショーツを履いていらっしゃると鈴子に聞きました」
「サニタリーショーツを履いていただけでどうして犯人扱いされるんですか」
「そのポケットの部分に縦にシリンジを入れておけば、よほど屈まない限りシリンジが押されることはないでしょう。つまり、ニコチンを運べる」
「下着のポケットにいれたシリンジを取り出すなんて、目立って仕方ないじゃないですか」
「いえ、スカートの下から取る必要はない。ウエストのところから手を入れればすぐに届くじゃないですか。鈴子に聞きましたが、へその下あたりについているんですよね、ポケット」
 そこで初めて月見里さんがぐっと黙った。
「ウエストから手を入れてポケットまで、そんなに距離はありません。カウンターの酒瓶に隠れて僕たちからは見えませんでしたし、扇さんは料理を取り分けていたし、小林さんは冷蔵庫を開けていた。冷蔵庫は観音開きだから、扉に隠れて見えない瞬間はあったでしょう。つまり、誰にも見られずにポケットからシリンジを取り出すことができた」
「そんなの、鮗さんの想像です」
「はい。今のところ、想像です。では、次。テキーラのショット飲みをしたあと、烏鷹さんは少し顔をしかめました。月見里さんはすぐにお水を烏鷹さんに渡しましたね。どうしてでしょう」
「それは、社長が喉でも痛いのかと思ったからです」
「どうしていつも平気な顔をしていた烏鷹さんに、お水なんて準備できたのか」
「それは、たまたま社長が顔をしかめるのを見たからです」
「そうなのかもしれません。しかし、そのあとも月見里さんは烏鷹さんにお水を飲ませています。しゃべりにくそうにして、少しむせたときです」
「むせていたからです」
「ニコチンを確実に腸まで届けて吸収させるため、じゃなくてですか?」
 月見里さんがまた黙った。
「さきほど調べました。ニコチンというのは、胃では吸収されないそうです。だから誤飲した場合は、何か飲ませるのは逆に危険になることもあると」
「そんなこと、私は知りません」
「そう言い張るなら、仕方ないでしょう。水を飲ませたことは偶然だとして、少し話を戻します。テキーラのショットグラスにシリンジでニコチンを入れたあと、そのシリンジをどこに隠したか、です。つまり、警察のいうところの“容器”の隠し場所です」
 月見里さんが、少し顔をこわばらせたように見えた。
「警察がくまなく室内を探しているのに見つからないのは、まだ犯人が身に付けているからでしょう。ホームパーティが始まってから今まで、一人になった人はいないし、トイレも誰も行っていません。捨てる時間はなかったはずです。つまり、まだ身に付けている」
「だから、ボディチェックは受けたと言ったじゃないですか」
「身体検査の際、月見里さんが『無実の証明のために三人で一緒に見せあいたい』と言ったそうですね」
「そうです。自分の無実は自分が一番よく知っているからです」
「それはどうでしょう。三人で見せあえば、お互いを信用しあえます。犯人候補から消してもらえる。要は、あなたは味方がほしかった。だから、扇さんと鈴子の前であえて服を脱いで見せた」
「そんなこと言ったら、私じゃなくても条件は同じです」
「違います」
 私の背中から、珍しいほど強い言葉が出た。険しい表情でやりとりを見ていた扇さんが小さく手をあげる。
「鮗さんは、月見里さんは味方が欲しかったって言いますけど、実際、私も一緒にボディチェック受けましたけど、月見里さんは本当に何も持っていませんでしたよ」
 私もそれは確認した。
「いいえ、持っているんです」
「どこにです?」
 扇さんの質問に、鮗さんは少し黙ってから「月見里さん、まだ僕から言わせますか?」と言った。月見里さんは「私は何も持っていません」と言い切った。
「じゃあ、言いたくないけど言います」
 鮗さんは、覚悟を決めた声を出した。
「月見里さんは、体内に隠しているんです。ご自分の膣の中にシリンジを隠し持っています」


最終回へつづく

いいなと思ったら応援しよう!

秋谷りんこ(あきや・りんこ) おもしろいと思っていただけましたら、サポートしていただけると、ますますやる気が出ます!