小説:老人ホーム デスゲーム7
7
ユイちゃんは、今日遅番の勤務だ。ちょうど、出勤してきたタイミングだったのか。いつも優しくて落ち着いている、頼れるお姉さんタイプだ。おっとりとした口調が、この場面にそぐわない。
「ちょっと信じられない話なんだけど」
ハルトがユイちゃんに、このおかしなデスゲームについて説明した。死んでいるサチコさんを見て、ようやく事態を理解したようだ。
「それで、寝たきりの利用者さんたちは?」
「寝たきりの利用者さんたちは、全員亡くなっていた」
ハルトの言葉に、詰所が一瞬凍り付いた。
「全員?」
「ああ、全員」
ハルトの腕の中で小さな赤ん坊がフギーフギーと頼りない声をあげて泣いている。
「その赤ちゃんは?」
「たぶん、寿命を奪いすぎたトメさんだ」
「え……」
「寝たきりの利用者さんを全員殺して、トメさんは赤ん坊になっちゃったんだよ」
ハルトも、まだ信じられないといった口調だった。そこにユイちゃんが近づく。返り血にまみれた赤ちゃんをハルトから受け取ると、優しくあやした。
「欲張ってしまった罰ね。自分の若返りのためにたくさんの人を殺してしまって、自分は何もわからない無垢なだけの赤ちゃんになってしまうなんて」
ユイちゃんの声は穏やかだった。デスゲームなんていう恐ろしいものの最中だということを、一瞬忘れさせてくれるような、温かい声だった。今来たばかりで、デスゲームの悲壮感が、ユイちゃんにはまだなかった。後ろに束ねた柔らかそうな髪を揺らしながら、穏やかにニコニコしている。ユイちゃんは普段から、利用者さんが感情的になって暴言を吐いてしまっても、イライラしたりしない。優しい言葉でなだめて、その場をおさめる。僕はこんな力が自分にもあればな、と何度思ったことか。
「まずはお着換えしましょうか」
そういってユイちゃんは、トメさんの血まみれの服を脱がせた。ガーゼを濡らして軽く体を拭いてから、詰所に置いてある清潔なバスタオルでトメさんをくるむと、また抱っこして揺すってあやした。赤ちゃんトメさんは、ようやく泣き止んだ。
「外線通じませんでした」
イチカちゃんが詰所の固定電話を指して言う。
「すぐに助けは呼べないというわけか」
ハルトは拳を握っていた。自分がリーダーの日に限って起こるハプニングにしては、想像を越えすぎていると思っているのだろう。その気持ちは、僕にでもわかった。
「大男はどうした?」
ハルトがデイルームを見ながら言う。
「あいつら、おかしいんです。いや、こんなことをする奴らだからおかしいに決まっているんすけど、本当に職員を殺す気はないらしいっす。俺たちがシゲルさんを保護に行ったときも、わりと近くにいました。でも、ナイフも持っているのに俺たちを襲ってはきませんでした」
ツムギが、早口に言う。ツムギはいつも早口だ。そそっかしいし、緊張しやすいタイプなのはわかっていたが、今この状況でも一番おどおどしている。少し長めの前髪を乱して、口角に唾をためながら早口でまくしたてている。
「目的は、若返った利用者さんたちってことか?」
ハルトが首をかしげる。
「でも、もしそうだとしたら、詰所にこもっていてもだめなんじゃないですか。利用者さんたちを奪うために、入ってこられたら終わりです~」
イチカちゃんが、恐ろしいことを言う。
「怖いこと言わないでくださいよ!」
案の定、ツムギが大きな声を出す。怖くてたまらないのだろう。
「若造、大きな声を出すな!」
若返ったシゲルさんも大きな声を出す。
「シゲルさんも、落ち着いてください!」
正論のリクがシゲルさんをなだめようとする。もしかしたら、リクもこの状況が怖いのかもしれない。いつものように正論を吐いて冷静にふるまっているけれど、その口調には怯えが混じっているようだった。怖がっていることを隠そうともしないツムギや、声に怯えを滲ませているリク、あからさまにパニックに陥っているシゲルさんは、すごく人間らしいと思った。
「シゲルさんは年長者なんですから、もっと大きく構えていてくださいよ!」
リクが強い口調で言う。
「なんだとお! 愛想のない男め、よく介護施設で働けるな!」
「今はそんなこと関係ないでしょう!」
シゲルさんとリクが言い争いを始める。「やめてくださいよ!」とハルトが止めようとするが二人とも興奮している。
「そもそも、シゲルさんがヒロシさんを殺さなければ良かったんだから、自業自得じゃないですか!」
「なんだと! さっき心神喪失者は罪に問われないと言ったのはお前だろう」
「だからって、何でも許されるわけじゃない」
「この野郎……」
「もう誰も殺さないでくださいよ!」
「うるせえ!」
興奮したシゲルさんが、リクを両手で押した。若返ったシゲルさんの力は思いのほか強く、リクは後ろによろけて倒れた。詰所の壁に勢いよく頭をぶつけ、ゴンと鈍い音がする。
「おい、リク、大丈夫か!」
ハルトが駆け寄る。
「リクさん?」
ツムギもリクに近寄る。そのとき
「あ、あああああああ!」
シゲルさんが大きな声をあげた。自分の体を見下ろしながら、悲鳴にも似た声をあげている。見ると、シゲルさんはどんどん若返り、小学生くらいの子供になってしまった。
「またやってしまった! また殺してしまったんだ。その男は死んだんだ。だから俺がまた若返ってしまった」
子供のシゲルさんは完全にパニックだった。リクの様子を見ていたハルトが、みんなのほうを見て首をふった。やはり、シゲルさんはリクを死なせてしまったらしい。
「何やってるんすか! シゲルさん!」
ツムギが大きな声を出す。
「殺したくて殺しているんじゃない!」
子供になったシゲルさんは、かわいい声で叫んだ。誰かの恐怖が誰かのパニックに伝播する。ツムギは興奮しながら、子供になったシゲルさんにつかみかかった。
「あんたがパニクってるから、リクさんが死んだじゃないか!」
「ツムギ、やめろ!」
「もう誰も殺すなって言ったのに!」
ハルトがなだめるが、興奮したツムギは、子供のシゲルさんにつかみかかって、詰所のテーブルの上に押し倒し、覆いかぶさった。シゲルさんの首をしめている。
「おい、やめろ! 何してる、ツムギ!」
ハルトがツムギを止めるが、興奮している人間は力が強い。首をしめられながらも子供になったシゲルさんは、藁にでもすがるように何かをつかんで、思い切り振り下ろした。それはツムギの頭に直撃した。ツムギは「ガッ!」と声をあげてシゲルさんの首からようやく手を離すと、ずるりと床に滑り落ちた。その横に、夜間見回り用の大きな懐中電灯が転がる。どうやらこれで殴られたらしい。シゲルさんは、絞められていた首をおさえながら咳込んでいる。死なずに済んだようだ。
「ツムギ、大丈夫か!」
ツムギは、ぐにゃりと滑り落ちたまま動かない。ツムギの前髪をつたって血が流れてくる。頭を切ったようだ。ハルトがツムギを抱き起そうとした瞬間、激しく咳込んでいたシゲルさんの声が突然消えた。
「え?」
みんなで、声が消えたほうを見た。誰も、何が起こったのかわからなかった。そこにいたはずのシゲルさんが、消えていた。咳込んでいた声も、姿かたちも、存在の何もかもが、一瞬で消えた。たしかに今いたはずの子供の姿になったシゲルさんが、一瞬で消えたのだ。
「ちょっと待って、シゲルさん、どこいっちゃったの……」
ユイちゃんが赤ちゃんトメさんをあやしながら言う。さすがに戸惑っている。
「わからない……」
ハルトがぼそりという。みんな呆然としている。詰所には、僕と、何もわかっていないセツコさん、セツコさんを守っているイワオさん、ハルト、赤ちゃんトメさんとユイちゃん、イチカちゃん、カズコさん、だけになった。サチコさんは車椅子に座って死んでいる。リクは壁に頭を打ったまま座って死んでいる。ツムギは頭から血を流して倒れて死んでいる。そして、シゲルさんは目の前から消えた。
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