小説:老人ホーム デスゲーム12
12
「タロウ、タロウ?」
体がぞわぞわする感触がなくなった。消えたのだろうか。でも、僕を呼ぶハルトの声が聞こえる。どういう状態だ?
「タロウ、聞こえるか?」
僕はハルトを見上げる。ハルト、ずいぶん大きくなったね。ひょいっとハルトが僕を抱き上げる。抱き上げる? 僕はラブラドールレトリバーだよ? そんな簡単に抱き上げられるほど小さくない。でも、僕はすっぽりとハルトの腕の中におさまっていた。
「あの大男、あと数年の命だったんだな」
ハルトが言う。ユイちゃんが泣いている。
「良かった、タロウ。本当に良かった。ごめんね、私のために。消えなくて本当に良かった」
僕は自分の体を眺めてみる。ハルトの腕にすっぽりとおさまった僕は、すっかり子犬だった。どうやら、あの大男に残された寿命は四年もなかったらしい。僕は消えずに済んだのだ。ほっとした途端、体の力が抜けた。やっぱり怖かった。ユイちゃんのためとはいえ、消えてしまうのは怖かった。消えずに済んだのは、本当に良かった。大男が廊下に倒れている。ユイちゃんを助けるためとはいえ、僕が殺してしまった。そのことは、忘れずに生きていかなければならないだろう。犠牲の上に成り立った命。僕は、咄嗟の判断で、命の優先順位をつけたのだ。そのことを、忘れてはいけない気がした。
「ったく、どいつもこいつも使えない。イワオ、行くぞ!」
施設長がイワオさんを連れて、トメさんを抱いて走っていった。
「イチカちゃん、タロウを頼む!」
僕はハルトからイチカちゃんの腕に渡った。
「ハルトさん、どうするんですか!」
「俺の子供たちがまだ施設長に監禁されている。追いかけて居場所を聞く!」
そういってハルトは走っていった。施設長を追うハルトの足音が去って、詰所は静かになった。
「ハルトさん、一人で大丈夫でしょうか……」
イチカちゃんがぼそりと言う。
「俺たちはとにかく、利用者さんたちの安全を確保しよう。それが先決だ」
リクが言った。
「そうですね。ユイさん、カズコさんとセツコさんは?」
「……更衣室の個室に」
「連れてきましょう。あと、受付の人たちも解放しなきゃ」
「そうね……」
ユイちゃんは、放心していた。トメさんを奪われたことが大きいのだろう。同僚を裏切ってまで、騙してまで、利用者さんたちに殺し合いをさせてまで欲しかった赤ん坊を、奪われてしまった。しかも、自分は大男に殺されそうになって、その大男は僕が噛み殺した。ショッキングなことが重なりすぎている。僕たちのように利用者さんの殺し合いも見ていないし、目の前で人が死ぬのを、しかも殺されるのを見るのは、想像以上に凄惨なものだと実感しているのかもしれない。
「ユイさん! しっかりしてくださいよ!」
イチカちゃんが、僕を抱っこしたまま突然ユイちゃんのお尻を蹴った。
「きゃあ!」
ユイちゃんがお尻を押さえる。
「痛い……」
「空手やってますからね。舐めないでくださいよ。で、今の蹴りで、私を騙した分はチャラです。ぼーっとしてないで、まだやることありますよ!」
ユイちゃんはお尻をさすりながら小さな声で「ありがとう」と言った。やっぱり、イチカちゃんは素敵な人だと思った。
「そうだ。まだやることはある。ハルトさんが戻ってくるまで、絶対に安全に過ごそう」
リクも声を出す。
「ツムギはタロウと一緒にここに残ってくれるか? 猿みたいな男はまだ伸びてるし、大男は死んだ。一人で残っていられるな?」
リクがツムギに言う。ツムギは、イチカちゃんから僕を受け取ってしっかり抱きしめると「はい!」と良い返事をした。僕は、ツムギをちょっと見直した。
それから十分もせずに、縛られていた受付の人たちは全員解放され、更衣室の個室にいたカズコさんとセツコさんも戻ってきた。それから、リクとツムギが施設の庭に出て、蟻やハエを捕まえてきた。言うまでもなく、殺された利用者さんたちを生き返らせるためだ。受付の人たちも協力して、殺された利用者さんたちに虫を殺させた。
サチコさんの死体のところで、カズコさんが待っていた。
「私にやらせてください」
そういうと、職員から蟻をうけとり、サチコさんの手の中でつぶさせた。サチコさんは生き返った。カズコさんは、サチコさんの手をとって「ごめんなさい」と泣いた。サチコさんは、何があったのかわかっていない様子で、カズコさんの頭をただ優しく撫でた。
三十分もせず、利用者さんたちは全員生き返った。ただ、消えてしまったシゲルさんだけは、どうしたらまた現れるのか、わからないままだった。
廊下を誰かが歩いてくる気配を感じて、僕が顔を向けると、みんなも廊下を見た。そこには、赤ちゃんトメさんを抱いたイワオさんがいた。
「イワオさん!」
リクが駆け寄る。
「大丈夫でしたか? ハルトは?」
「私が走るのが遅かったせいで、ハルトさんが施設長さんに追い付きました。どうにかトメさんを奪い返して、私は逃げてきました」
職員たちがイワオさんのまわりに集まる。
「ハルトさんはまだ施設長さんを追いかけています。それと、ハルトさんからユイさんに伝言なんですが」
ユイちゃんが「はい」と小さく返事をする。
「ハルトさんが、トメさんをよろしく頼む、とのことでした」
「え?」
イワオさんが、トメさんをユイちゃんのほうへ差し出した。ユイちゃんがゆっくりイワオさんに近づく。抱っこされながら走っていたのが嫌だったのか、トメさんは不機嫌そうに泣いている。ユイちゃんは、そっとトメさんを受け取った。
「本当に、いいのでしょうか……」
ユイちゃんの頬に涙が伝う。
「トメさんはご家族がいらっしゃらないんですよね。ユイさんが育ててあげれば、いいんじゃないですか? 施設長さんに奪われるより、ずっと良い」
イワオさんが優しい声で言う。
「みんなは、どう思う?」
赤い目をしたユイちゃんが、職員のほうを振り返る。
「私は、いいと思いますよ」
イチカちゃんが穏やかに言う。
「それだけ覚悟があった証拠ですから」
リクもツムギもうなずいた。
「ありがとう。みんな、ありがとう」
ユイちゃんが、トメさんを抱きしめながら泣いた。
いいなと思ったら応援しよう!
おもしろいと思っていただけましたら、サポートしていただけると、ますますやる気が出ます!