小説:老人ホーム デスゲーム13
13
僕は、詰所のテーブルの上に置かれた段ボールに入れられていた。こんな小さな段ボールに入ったのは何年振りだろう。
僕は子犬になってしまって、みんなの仕事を手伝うことはできなかった。職員たちはみんなで協力して、デイルームや部屋に飛び散った血痕の掃除をしている。カズコさんにKOされていた猿男は、起こすと飛び上がらんばかりに驚いて慌てていた。大男が死んでいることに驚愕して、恐怖におののきながら、どこにそんな力が残っていたのかわからないが、大男の死体をかついで逃げて行った。誰にも言えない仕事だったのだろう。きっと大男の死体も、誰にも知られないまま何かしらの方法で処理されるのだろう。国が関わっているのだから、死体の処理や死亡者届けなどは、どうにでもなるのかもしれない。そんなことよりも、カズコさんにKOされたまま何の役にも立たずずっと意識を失っていた猿男の、今後の処遇のほうが恐ろしい気もする。
床で死んでいたグッピーと、利用者さんたちを生き返らせるために殺した虫たちは、庭に埋葬された。職員たちは、みんなでしゃがんで手を合わせていた。僕はそれを眺めながら、ハルトのことを考えていた。一人で施設長を追いかけていってしまったハルト。無事だろうか。施設長は「国が味方」だと言っていた。ハルトが何をしても、もみ消されてしまうのではないだろうか。
「そうだ。あの動画ってどうなったんでしょう」
庭から戻り、詰所の自分が死んだときの血痕を掃除していたツムギが言う。
「あ! 生配信の!」
イチカちゃんが反応する。
「はい」
「私、スマホ持ってくるわ」
イチカちゃんはそういって更衣室へ走って行った。
そうだ。あの配信動画はどうなっただろう。大騒ぎになっているのではないだろうか。
「バズってたとしたら、もう少し問い合わせの電話とかあっても良さそうだけど……」
ツムギがぼそりとひとり言をいった。「拡散力舐めないほうがいい」と自分で言ってはいたものの、あまり期待はできないのかもしれない。
「ねえ、見てこれ。施設長が言ってた国が関わっているってのは、本当なのかも」
イチカちゃんが戻ってきて、スマートフォンをツムギに見せた。僕も段ボールから体を乗り出してのぞく。
「タロウも見たい?」
イチカちゃんが僕にも見えるようにしてくれた。その画面には「スーパーAIのディープフェイク。動画作成技術紹介」とタイトルがついた動画があり、ハルトが撮影していた動画が、さもAIで作ったCGであるかのように説明されていた。
「え……すごいっすね。この時間で、これ作ったってことっすか?」
ツムギが驚く。
「怒りよりも、対応の早さにビビるんですけど」
「うん。ほんと。だから、相手が国ってのは、マジなんじゃないかな。最初の、ハルトさんが撮影した動画もかなり回っているんだけど、そのすぐあとにこの作成動画が投稿されてて、こっちもかなり回ってる。たぶん、ハルトさんの動画を削除するよりも【これはフェイク動画です】っていう作成過程を見せたほうが鎮まると思ったんじゃないかな……。実際、【すごいディープフェイクですね】【ここまで作れるの神】【最初マジで信じた】とか、コメントきてるから」
「国が相手って、こういうことなんすね……」
ツムギが呟く。本当にそうだ。何もかも、なかったことにされてしまうのだろう。
利用者さんたちは自分たちの部屋に戻っていった。イワオさんはセツコさんの車椅子を押して部屋まで送っていった。あらかた掃除は終わり、陽は傾き、デイルームは西日でオレンジ色に染まっている。リクの判断で、受付の職員は帰宅することになった。国が相手だとすると何があるかわからないため、今日のことは他言無用、という約束になった。ユイちゃんは、トメさんにミルクをあげなきゃいけない、と言って帰ることになった。誰も止めなかった。リクとイチカちゃんとツムギが、詰所に座ったまま静かにしている。僕はイチカちゃんの膝に抱かれている。
「タロウ、お腹すいたんじゃない? お昼、食べてないもんね」
そういえば、そうだった。
「私は、お腹ぺこぺこだよ」
そういって僕を抱き上げて、イチカちゃんは笑った。
「タロウのごはんってどこにあるんですか?」
ツムギが気にかけてくれる。
「ハルトさんがやってたからわかんないんだよ。それに、子犬になっちゃったから、大人用のごはんあげていいかもわからないし」
「それもそうですね」
詰所がまた静かになる。
「イチカちゃんとツムギは、帰ってもいいよ。もう少ししたら夜勤の人たちが来るし、さすがに夜勤のみんなには何もなかったとは言えないと思うんだけど、俺が説明しておくから」
リクが眼鏡をくいっと持ち上げながら言う。
「リクさん、一回死んだのに、冷静ですね」
ツムギが言う。
「お前だって一回死んだんだろ?」
「そうでしたね」
ツムギが小さく笑う。おかしな会話だった。誰も、ハルトのことは言い出さない。不安が大きすぎるのだ。ハルトとハルトの子供たちは無事なのか。そのことを口に出した途端、不安が溢れてしまって収集がつかないと、みんな暗黙の了解でわかっているかのようだった。
そのとき、トントントンと軽快な足音が聞こえてきて、僕は耳をぴくんとさせる。
「ん? タロウ、どうした?」
イチカちゃんが気付く。足音がする。もしかして、この足音は!
「みんな、無事か?」
足音が詰所までたどり着く。そこにいるのは、ハルトだった。
「ハルトさん! 大丈夫でしたか!」
ハルトは、ふーっと肩で息をしてから「子供たちを無事に取り返して、家に送ってきた」と言った。
「ああ、良かったあー」
イチカちゃんが大きな声を出す。
「ハルトさんのお子さんに何かあったら、どうしようかと思っていたんです」
イチカちゃんが僕で顔を隠しながら、ヒッヒっと声を出して泣いた。
「施設長は?」
リクが聞く。
「逃がしてしまった。でも、子供たちが無事に帰ってきたから、もういいかと思って」
「そうですか」
リクは、眼鏡をくいっと持ち上げて、目じりに滲んだ涙を指で拭った。ハルトがいない間、自分がみんなを引っ張っていかなければ、ときっと思っていたから、プレッシャーが大きかったのかもしれない。
ハルトの子供たちは、施設長の車のトランクに閉じ込められていたらしい。怪我はなく、命に別状はないが、怖い思いをしたせいで、精神的に疲労しているようだ。当たり前だ。大人だって、車のトランクなんて恐ろしい。
ハルトがいない間のことをリクが説明する。死んでしまった利用者さんたちが全員生き返ったことを聞いて、ハルトは深く息を吐いた。ユイちゃんがトメさんを連れてもう帰っていることに関しても、納得していた。
「とりあえず、今日はみんな、本当にお疲れ様。意味が分からなかったし大変だったけど、被害は最小限で済んだと思う。消えてしまったシゲルさんのことは気の毒だけれど、施設長が見つかれば、もしかしたら解決策があるかもしれない。シゲルさんのことは今後も忘れず、でも今日のことは誰にも言わず、ここだけのことにしよう。下手に口外したら、どこで誰が聞いているかわからない。それと、僕たちが人の寿命を奪えるのが、いつまで続くのかもわからない。でも、今後もうこの力は使わずにおこう。ちゃんと、それぞれに残された寿命を生きよう」
ハルトの言葉に、みんなうなずいた。
突然始まったおかしなデスゲームは、幕を閉じた。
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