正義を貫く覚悟はあるか2
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烏鷹さんの自宅はマンションの23階だった。ワンフロアで一軒の家だ。エレベーターを降りると広いエントランスがあり、ドアが一つ。そこが烏鷹さんの家の玄関だろう。案の定、すぐにドアが開き、嬉しそうな顔をした烏鷹さんが出てくる。
「いらっしゃい。ようこそ」
黄色いアロハシャツは笑いそうになるくらい派手で、陽気な烏鷹さんにはよく似合っている。たしか四十歳になったばかりだと聞いたけれど、とても若々しい。陽に焼けた肌に金色のアクセサリー。私の趣味とは違うけれど、成功者の証のようにも見えた。
「今日はお招きいただきありがとうございます」
私が頭をさげると、「鈴木ちゃん、いつもありがとうね!」と言い、にかっと笑った。私は鮗さんの腕を引っ張り烏鷹さんの前に突き出し「CEOの鮗です」とお伝えした。
「あ~鮗さん! やっと会えたねえ。噂通りのイケメンだ~」
烏鷹さんが声を弾ませて右手を差し出した。
「本日は、お招きいただきありがとうございます」
鮗さんがぎこちなく笑って烏鷹さんの手をとった。頑張ってビジネススイッチをONにしたらしい。さっきまでほとんど無視されていた扇さんは私を見て口をとがらせる。私は、扇さんに向かって片手を顔の前にやって「すいません、こういう人なんです」とどうにか伝えようと頭をさげた。
室内に案内される。玄関から廊下を通って奥の部屋だ。LDKがすべてつながった作りで、とても広い。部屋に入って右側にキッチンがあり、冷蔵庫と、コンロ、清潔なシンク。自炊はあまりしないのか、日常的に使っている感じではない。対面式のカウンターがあり、カウンターの上にはたくさんのお酒が並んでいる。酒好きを自称するだけあり、種類が豊富だ。酒の手前に木彫りの人形が並んでいる。たしか、ハワイの人形で、ティキという名前だった気がする。部屋の中央にある大きなダイニングテーブルには、宅配サービスで頼んだらしい食事がきれいに並べられている。正面には大きな窓。カーテンが開いたままで、夜景が望めそうだ。窓の下に観葉植物。左側の角にL字のソファとリビングテーブル。紺色のソファにはターコイズブルーの布がかけてあり、テーブルの下には白いハイビスカス柄のラグが敷かれている。入り口横の壁に大きなテレビがかけてあり、その上の壁にサーフボードが飾られている。ハワイアンテイストのインテリアで統一しているらしい。烏鷹さんに似合う部屋ではあった。
「社長、コーラ買ってきましたよ」
小林さんが観音開きの冷蔵庫を開けて、飲み物をしまっている。
「ありがとう。良いラムが手に入ってね。さ、座って座って」
私と鮗さんは烏鷹さんに促され、ソファに座る。少し硬めで、座り心地の良いソファだ。材質は、革か。
「今、料理を取り分けるからね」
烏鷹さんは、やはり面倒見が良いようで、パーティの主催者というのもあるが、誰かにやらせるよりも自分が客人をもてなしたいという風に見えた。鮗さんは、さきほど一瞬見せたビジネスモードをオフにしたのか、それとも烏鷹さんの陽気なハワイアン部屋に中てられたのか、ぎこちなく微笑したままの表情で顔面が硬直していた。仕方のない人だ、と私は心の中でため息をつく。こんな性格でよく会社を立ち上げようと思ったよな、とあきれる。一緒に仕事をしている財務担当の奥さんが鮗さんの幼馴染だから、もしかしたら奥さんが起業の立役者なのかもしれない。
烏鷹さんがダイニングテーブルの上に並ぶ料理をソファのほうに持ってきてくれる。
「ちょっと待っててね、今乾杯の準備するから。月見里ちゃん、ショットグラスある?」
「はーい。今準備してます」
カウンターの向こうから月見里さんの声がする。
「ショットグラス……」
鮗さんが呟く。
「テキーラのショット飲みが烏鷹さんお気に入りの乾杯なんです」
私は鮗さんの耳元で呟く。鮗さんは、私の言葉に目を大きく開ける。驚きを伝えたいのだろう。何時代の人だよ、と言いたいのかもしれない。でも、令和の時代でもショット飲みをしたいタイプの人はいるのだ。
「まさか、変な掛け声とかないだろうね」
鮗さんの小さな呟きに、私はふっと笑う。
「それは、お楽しみに」
月見里さんがショットグラスをカウンターに並べているようだ。酒瓶とティキに隠れてよく見えないが、テキーラの準備をしているのだろう。その間に扇さんは烏鷹さんと一緒に食べ物をとりわけ、小林さんは冷蔵庫に飲み物をしまっている。
「社長、テキーラ準備できました」
月見里さんの声がする。烏鷹さん自らカウンターに近寄り、ショットグラスをひとつ月見里さんから受け取り、まず鮗さんのところに持ってきた。
「鮗さんは、イケる口かな? ははっ、まだ飲まないでいてね」
笑いながらまたカウンターへ行き、次のショットグラスを私のところへ持ってきた。
「鈴木ちゃんは、けっこう飲めるもんね」
「ありがとうございます」
私はグラスを受け取ってテーブルに置いてから、立ち上がる。扇さんがキッチンで何か作業をしている。
「何か手伝うことありますか?」
扇さんは、ライムをカットしていた。
「いえ、大丈夫ですよ」
「鈴木ちゃん、座っててよ~」
烏鷹さんがそう言いながら、その間にテキーラをふたつ受け取って「扇ちゃんと小林の分、ここね」とショットグラスをダイニングテーブルに置く。「ありがとうございまーす」と、扇さんと小林さんの声が重なる。キッチンの奥で月見里さんがしゃがんでいるのが見えた。
「どうしたの?」
「ちょっとお酒こぼしちゃって」
扇さんと月見里さんのやりとりが聞こえる。床を拭いていたらしい。扇さんが私のほうを振り返る。
「すみませんがこれ、鮗さんと鈴木さんの分、いいですか?」
扇さんがカットしたライムと塩の乗った皿を私に渡す。
「はい。ありがとうございます」
皿を受け取って、私はソファに戻る。
「社長、ライム切りましたよ」
「おう、サンキュー」
扇さんが烏鷹さんにもライムと塩の乗った皿を渡している。小林さんは飲み物をしまい終えて、ダイニングテーブルにあるショットグラスのうちひとつを手にした。
「なんだい、それは」
ソファに戻った私を見て、鮗さんは難しい顔をして皿を見た。
「テキーラ用の塩とライムです。用意してくださっているのだろうと思って、受け取りにいってきました」
「テキーラって、塩とライムと一緒に飲むんだっけ」
「そうらしいですよ。私も、烏鷹さんに聞くまで知りませんでしたが」
鮗さんは、ふーんと興味なさそうに息を吐き、顔をあげた。
「さあて、じゃあそろそろ乾杯にしましょうか」
烏鷹さんが自分のショットグラスと皿を持ってソファのほうに歩いてきた。私の横に座り、一度グラスを置いてから、左手の甲にライムを少し絞り、そこに塩を乗せる。それから、右手でショットグラスを持った。
小林さんと扇さんはダイニングテーブルの横に立っており、月見里さんはキッチンから出てきてカウンターの前に立っていた。
「では、クルパノドンの発展と、我々サルーグローバルの発展と、輝かしい未来に、サルー!」
烏鷹さんが大きな声で言って、左手の甲を舐めてからショットグラスを一気に煽った。
「サルー!」
みんなも声に出していい、ショットグラスを煽る。私も「サルー!」と言いながらグラスを持ち上げて、皿に用意されていた塩を指につけて舐めてから、テキーラを一気に煽った。一瞬、むせそうになる。喉が焼けるように熱い。カットライムを齧る。塩辛さとテキーラの甘さ、ライムの酸味が鼻に抜けて頭がくらっとする。ふと横を見ると、ショットグラスを持ったままぽかんとしている鮗さんがいた。
「鮗さん、サルー! です」
「サ、サル……」
どうにか口に出しただけ褒めてあげたい。鮗さんは私をまねて塩を舐めてから、テキーラを煽った。お酒は強いから、飲むのは大丈夫だろうけれど、このテンションについてこられないのだろう。
テキーラを飲んだ烏鷹さんが、珍しく少し顔をしかめて口元をおさえている。
「大丈夫ですか?」
烏鷹さんはお酒に強いという印象だが、毎回ショット飲みで乾杯なんてしていたら、喉も胃もやられそうだ。
「ああ、大丈夫、大丈夫」
すぐににこやかな顔になる。月見里さんがグラスを持ってきて「社長、お水どうぞ」とすっと差しだした。
「ありがとう」
烏鷹さんはお水を一杯飲むとこちらを見て「鮗くんも結構飲めるんだね」と笑った。烏鷹さんは、もう鮗さんのことを「くん付け」で呼ぶ。人に近づくのが早い。月見里さんは烏鷹さんからグラスを受け取り、私たちのショットグラスも一緒にシンクに下げていった。
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