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正義を貫く覚悟はあるか5


「たいしたものは持っていません」
 まず小林さんが斜め掛けのショルダーバッグから物を出し始めた。ソファの前のテーブルに小林さんの私物が並んでいく。スマートフォン。鍵。財布。ハンカチ。ポケットティッシュ。名刺入れ。ポータブル充電器。胃薬。そして、スリングショット。
「これは、何ですか?」
 最後に置かれたスリングショットを見て刑事は、奇異なものを見るような顔をした。
「スリングショットといいます。いわゆる、Y字パチンコです」
 刑事は「それはわかっています」と言ってから「どうしてこんなものを持っているのですか?」と改めて聞いた。
「あの、それは、社長が、烏鷹さんが好きで」
「烏鷹氏が、Y字パチンコが好き?」
「あ、はい。僕がスリングショットが上手で、それを見せると喜ぶので、飲み会などでよく披露していました」
 小林さんの口調は、私から聞いても歯切れが悪かった。それを横目に、扇さんがため息をついた。
「小林さん、本当のこと言ったほうがいいですよ」
 その言葉に、刑事はじろりと扇さんを見た。
「本当のこと、とは?」
「そのスリングショットは確かに小林さんのものですけど、使っていたのはもっぱら社長です」
「というと」
「社長は、酔っぱらうと、ちょっと態度が大きくなるっていうか、偉そうになるところがあって、そのスリングショットでナッツなんかを飛ばして、四つん這いになった小林さんにキャッチさせてました」
 刑事が怪訝そうに眉をあげる。
「どういう状況ですか?」
「えっと、だから、社長がナッツをパチンコで飛ばして、それを小林さんが口でキャッチするんです」
「それは、本当ですか?」
 刑事は小林さんに聞いた。
「そういうことも、たまに、ありました……」
 小林さんは、手の甲で額をぬぐった。
「それは、屈辱的な行為ではなかったのですか?」
 刑事が首をかしげる。
「いや、そういうものでは、ただの社長の、おふざけですから」
 扇さんが「私は、あんまり見ていて楽しいものじゃなかったですけどね」と言った。
「あなたから見ると屈辱的に見えた、と?」
「はい。少なくとも、私にはそう見えました」
「そんなことないんだって」
 小林さんの、普段の穏やかな表情が困っているように見えた。
「だって、小林さん、社長にお金借りてたじゃないですか。恩があるから会社辞められないって、みんな知っていますよ。もともと同級生なのに社長に対して敬語だし、小林さんは社長に頭があがらないって社内ならみんな知っています」
 小林さんはまた額を手の甲で拭ってから首をふった。
「社長にお金を借りたことがあるのは事実です。あれは妹の学費で、僕は恨むどころか感謝しているんです。あのとき社長にお金を貸してもらったおかげで妹は大学に行けたし、僕も社長に雇ってもらったおかげで仕事がある。本当にあの人には感謝しているんです。敬語なのは、社長の顔をたてるため、というか、一応社長と運転手なので、僕もそっちのほうがやりやすかったというか……」
 私は、初めて聞く話ばかりだった。スリングショットでナッツを飛ばして小林さんに食べさせる烏鷹さんも見たことはなかったし、小林さんが烏鷹さんにお金を借りていたことも知らなかった。外からでは見えない社内の事情が垣間見えた気がした。
「でも、君はそう言うけど、こんなこと言いたくないけど、君だって社長に弱みを握られてるって社内では噂ですよ」
 小林さんが扇さんに言い返した。刑事の男は、やりとりを止めずに興味深そうに眺めている。
「弱みって何です?」
 扇さんが強めの口調で言った。
「だから、その、君が会社に大損させるようなミスがあったって、それを社長がなかったことのように対処したって、聞いたことありますよ」
 扇さんは、顔を紅潮させた。
「そんなの、ただの噂ですよね」
「二千万円の損害と、その補填……」
 ぼそりと呟いたのは、壁によりかかって立っている月見里さんだった。
「え?」
「社長が言ってました。扇さんのミスで、二千万円の損害が出たけれど、会社のお金でなんとか補填できそうだって」
 顔色は悪いままだったが、扇さんと小林さんとのやりとりをちゃんと聞いていたらしい。
「なんであなたがそんなこと……え、もしかして社長と付き合っていたって噂は本当なの?」
 扇さんが、驚いたような表情で月見里さんを見る。
「隠しても仕方ありませんから言いますけれど、私は社長とお付き合いしていました。お互い独身だし、別に何も悪いことはしていませんよね。きれいに別れましたし、もう新しい恋人もいますから、関係ないですけど」
 そう言いながら、相変わらず焦点の定まらない目で宙を眺めた。
「それぞれ、烏鷹氏には特別な感情があった、ということですね」
 それまで黙って聞いていた刑事が口をはさむ。同僚の三人は顔を見合わせて気まずそうに黙った。
「このパチンコは少し調べさせてください。ほかの方も、荷物検査よろしいですか」
 刑事は小林さんのバッグを隅々まで調べてから、小林さんに返した。小林さんはスリングショットを刑事に渡して、ほかの荷物をバッグにしまい、次は扇さんがハンドバッグから私物を取り出す。財布、ハンドタオル、鍵、ポーチ(ファンデーション、フェイスパウダー、口紅、リップクリーム、コンパクトミラー、コーム、目薬、毛抜き、鎮痛剤、爪切り)電子タバコ。
「こんなものまで、見せなきゃいけませんか」
 最後に生理用ナプキンの入ったポーチを開けて中身をテーブルに並べた。
「あと、スマホはポケットです」
 扇さんは、スマートフォンをポケットから出してテーブルに置く。
「これは、電子タバコ?」
 刑事が目ざとく見つける。
「そうですけど、刑事さんもご存じのとおり、日本の電子タバコはニコチン入っていませんからね」
「一応、鑑識に調べさせてもらってもいいですか?」
「いいですよ。無駄ですけどね」
 刑事は電子タバコを手にとった。それから、化粧品は全て蓋を開けて中身を確認している。
「目薬もお借りしてよろしいでしょうか」
「いいですけど、何のためにです?」
「形式的なものと思ってください」
 刑事ははぐらかした。ほんの一瞬の沈黙の中「……毒を入れていた容器が、見つかっていないのか」
 ひとり言のようにぼそりと言ったのは、私の隣で突っ立ってずっと黙っていた鮗さんだった。
 
 

6へつづく

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秋谷りんこ(あきや・りんこ) おもしろいと思っていただけましたら、サポートしていただけると、ますますやる気が出ます!