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正義を貫く覚悟はあるか4


「鮗さん……」
 あまりのことに、私は鮗さんのジャケットの裾をぎゅっとつかむ。
「鈴子、落ち着け。とりあえず救急車を呼んだ。待つしかない」
 鮗さんも両手を握りしめている。
「社長! 大丈夫ですか!」
 小林さんが烏鷹さんに近寄ろうとするが、びくびくと痙攣するのが怖いのか、ただそばで心配そうに見つめている。扇さんと月見里さんは、何が起こったのかわからない、といった様子で、二人で寄り添って突っ立っていた。
 烏鷹さんの痙攣がおさまる。
「社長?」
 小林さんが恐る恐る烏鷹さんの顔をのぞく。ぴくりとも動かない。小林さんが烏鷹さんの背中をそっと触る。
「社長……社長!?」
 みんな固唾をのんで見つめていた。
「し、死んでいる……」
 小林さんが呟く。烏鷹さんの顔は、薄い灰色がかっていて、目が開きっぱなしになっている。私から見ても、呼吸はしていないように見えた。
「嘘でしょう!」
 扇さんが叫ぶ。
「嘘じゃない。死んでる。社長が死んだ……」
 小林さんはうわごとのように呟いた。キーっと金属がこすれるような悲鳴をあげて、月見里さんが壁にもたれかかった。貧血を起こしたのかもしれない。
 救急車のサイレンが聞こえてくる。
「救急隊員を案内してくる。鈴子、ここにいる人たちが何か不審なことをしないか、しっかり見ているんだ。わかったな」
 鮗さんが私に囁くと、玄関のほうへ走っていった。不審なこととは、いったいどういうことだろうか。意味がわからない。目の前で人が亡くなって(たぶん亡くなったと思う)いつも通りの行動をとり続けられる人のほうが少ないのではないだろうか。
 小林さんは、「社長……」とうわごとのように呟きながら烏鷹さんの背中を恐る恐る触っている。扇さんは両手で口元を覆ったまま、突っ立っている。月見里さんは、壁にもたれて立っているのがやっとに見える。どの人も、私が知っているいつもの状態ではない。
「こっちです」
 鮗さんがもぞもぞと言いながら救急隊員を連れて部屋に戻ってくる。しかし、救急隊員たちにできることは、もうなかった。やっぱり烏鷹さんは、死んでいた。
 
 救急隊員が警察を呼んで、私たちは部屋を追い出された。追い出されて、今度は烏鷹さんが仕事部屋に使っていたらしい部屋に閉じ込められた。閉じ込められた、とは言い方が悪いが、全員で同じ部屋に入れられ、室内のドアの前には見張りらしき制服姿の警察官がいるのだから、実質閉じ込められている。どさどさと大人数が作業をしているような物音が聞こえる。烏鷹さんのご遺体は、もうどこかに連れていかれてしまったのだろうか。
 十畳ほどの仕事部屋で、リビングと比べるとシンプルだ。壁側に大きな本棚があり、実用書やビジネス書を中心に多数の本が並んでいる。窓を背に事務机があり、ノートPCとスタンドライト、紙の書類が雑多においてある。二人掛けくらいの小さなソファがあり、今は扇さんが一人で座って、テーブルに肘をついて、両手で顔を覆っている。小林さんはソファの肘掛けにちょこんと腰を乗せてうなだれている。月見里さんは、壁によりかかって立っている。顔色が悪いように見える。鮗さんは、見張りの警察官の横で腕を組んで立っていて、私も鮗さんの横に立っているよりほかなかった。室内は、重い沈黙に覆われている。
 刑事らしき私服の男が部屋に入ってくる。五十代くらいだろうか。がたいの良い、刑事ドラマに出てきそうな強面の男だった。男は自分の名前を名乗って、ひとりずつに名刺を渡してきた。名刺に書かれた「捜査一課」という所属に、背筋がぞくりとする。捜査一課は、殺人事件を捜査するところではなかったか。
「烏鷹氏の死亡が確認されました」
 刑事の男は、渋い少しかすれた声で言った。やっぱり、烏鷹さんは本当に死んだのだ。その事実を警察から告げられることは、少なからず私に衝撃を与えた。
「我々警察は、他殺と判断しています」
 私の衝撃に追い打ちをかけるように、刑事の男が声に出した。
「他殺!?」
 小林さんが声をあげ、扇さんは顔を覆っていた両手をおろし眉間にしわを寄せた。月見里さんは焦点の定まらない目をしている。現実感が持てていないのかもしれない。私も、現実感がないのは同じだった。きっと、何か持病でもあって、それが悪化して亡くなったのかもしれない。急性の心臓発作みたいなもので、病死したのかもしれない。頭の隅で、どうかそうならいいのに、と願っていたことが見事に打ち砕かれた。
「烏鷹氏が亡くなったときの状況を、詳しく教えていただけますか」
 刑事が、誰にというでもなく言う。数秒室内が静かになったが、小林さんがソファの肘掛けから腰をあげ、自分たちがマンションについてから烏鷹さんが倒れるまでのことを説明した。それは、私の記憶と矛盾がなかった。
「では、みなさんで集まってホームパーティをやっている途中に、烏鷹氏は突然苦しみだして、吐いて、倒れて、意識を失った」
「はい」
 小林さんがうなずく。刑事は無骨な手で自分の顎を撫でた。
「烏鷹氏の死因ですが、毒殺と思われます」
「毒殺……」
 小林さんが呟く。
「はい。吐いたものからニコチンが検出されました。おそらく、ニコチンの過剰摂取による急性ニコチン中毒かと思われます」
「ニコチンって、煙草の、ニコチンですか?」
 扇さんが小さな声で聞く。
「そうです」
「社長は嫌煙家です。ニコチンを過剰摂取することなんてないと思いますが」
 扇さんの言葉に、小林さんもうなずいた。
「とりあえず、みなさんの荷物検査をさせていただいてよろしいですか」
 扇さんの言葉はなかったように流され、刑事は有無を言わせぬ口調で言った。
「荷物検査?」
 小林さんが言う。
「はい。ご協力お願いいたします」
「まさか、私たちを疑っているんですか?」
「形式的なものとお考えください」
 刑事の顔つきは、その言葉とは裏腹に、容疑者を追い詰めようという鋭い執念のようなものが見えた。そのとき、私は初めて気づいた。私も、容疑者の一人なんだ、と。
 
 

5へつづく

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