正義を貫く覚悟はあるか8
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「鮗さんが救急隊員を呼びに行っていたとき、不審な動きをしないか見ておけって言っていたのって、あの中に犯人がいると思ったからですか?」
鮗さんはこの通りのコミュ障だが、非常に頭が良く観察力も考察力もある。人と目が合うとかたまる習性はあるが、基本的に冷静で客観的な思考の持ち主だ。もしかしたら、事件の推理なんかは得意かもしれない。
鮗さんは少し長めの前髪を指でいじってから「そういうわけでもないんだけど」と言った。
「でも、烏鷹さんは“元気が取柄”の人だって言われていただろう? そんな人が急に嘔吐して痙攣をおこして倒れるなんて、異常事態だとは思ったんだよ。そうだとしたら、誰かに何かを盛られた可能性もあると思って、ただそこにいる人たちを観察しておいたほうがいいな、と思ったんだ」
「その結果ですが、誰も不審な行動をとった人はいませんでしたよ。もちろん、みんないつも通りではありませんでしたが、例えば刑事さんが言うような容器を隠したり破棄したりする素振りのある人は、いませんでした」
「そうだな。たぶん、もっと早い段階でどこかに隠したか、破棄したんだろう」
「やっぱり、デリバリーの配達員、怪しくないですか? 唯一、外から来て外に出ていった人です。あの人が犯人じゃないですか?」
私は、まったく知らない人が犯人であったほうがマシ、という願いも込めて言った。
「毒を盛ったのもデリバリーの配達員ということか?」
「はい。もしかしたら以前からデリバリーを利用していて、烏鷹さんとトラブルがあったかもしれませんよ」
「それなら毒はガーリックシュリンプに盛られていたことになる」
私は思わず考え込む。そして、胃のあたりを触る。
「ガーリックシュリンプなら、たぶん私が一番食べました」
「だろう。僕も食べたが、今のところ体の不調はない」
「事前に誰かが何かに毒を盛っておいて、デリバリーの配達員に容器を回収させたとか?」
「それなら犯人は、デリバリーを受け取りに行った扇さんになるが、あのとき烏鷹さんも一緒に玄関に行かなかったか?」
私は思い出す。
「ああ、行ってました」
「烏鷹さんに会うのは今日が初めてだが、面倒見の良い、親分肌に見える。誰かに何かをやらせるより、自分でふるまうのが好きなタイプだろう。つまり、デリバリーのガーリックシュリンプを受け取りに行くのは烏鷹さん一人だった可能性もあった」
たしかに、その通りだ。たまたま扇さんが取りに行っただけで、ほかの人がやる可能性は消せない。話しながら、鮗さんはスマートフォンをいじっている。
「何してるんですか」
「ニコチンの致死量を調べていた。煙草一本食べたくらいじゃ死なないと聞いたことがあったから、どのくらいの摂取で致死量なのだろうと思って。そしたら、ニコチンベースリキッドというものがあって、たぶん刑事さんが言っていたのはこれだな」
そういって、私にスマートフォンの画面を見せた。
「ニコチンの致死量は40~60㎎らしい。このニコチンベースリキッドというものが、1ml中に54㎎のニコチンが含まれているらしい」
「え、1ml中に54㎎?」
「そうだ。だから、2mlで致死量はオーバーするな」
2mlなんて、ほんのちょっとではないか。
「けっこう少ないんですね」
「ああ。だな。でも、たった2mlだけれど、確実にこれを飲ませる方法があるか?」
「前もってカプセル的なものに入れておいて、飲ませることはできませんかね?」
「カプセル?」
「はい。薬を入れるようなカプセルって、半分に開けられるって聞いたことあるんですけど」
「例えば、烏鷹さんが持病か何かがあって毎日カプセルの薬を飲んでいたとするよ。それで、そこにうまく仕込むとする。だが、今回使われたニコチンは液体だよ? どうやって入れる?」
「カプセル、溶けますかね」
「ちょっと待ってね」
鮗さんがスマートフォンを操作する。
「液体をカプセルで内服する場合は、軟カプセルというものに入れるらしい」
「軟カプセル?」
「これだ」
見せられた画像は、お菓子のグミのような、開かないタイプのカプセルだった。
「これじゃあ自分で開けて中身を入れ替えるのは無理ですね」
「そうだな。あと、ニコチンは胃では吸収されにくいらしい」
「そうなんですか?」
「ああ。だから、子供が煙草を誤飲したときは『何か飲ませて吐かせる』という方法はかえって危険なことがあるそうだ。何か飲ませると、胃から腸にニコチンを送り込んでしまい、吸収を促進させてしまうらしい」
「じゃあ、飲んでもすぐには症状は出ないんですかね」
「飲んで10分くらいで嘔吐するらしい」
「じゃあ、ニコチンを飲んだのは、吐いた10分前くらいってことですね」
鮗さんはスマートフォンをしまい、腕を組んだ。
「女性陣の身体検査の状況を聞いてもいいか?」
「はい。結果的にはみんな何も持っていませんでした」
「ひとりひとり別室でやったのか?」
「それが、最初は刑事さんがそう言ったんですけど、月見里さんが三人で無実を証明しあいたいって言いだして、私たちもそれに納得して、それぞれに下着姿まで見せあいました」
「僕と小林さんもそうだった。小林さんが『僕は潔白だ!』って言って脱ぎだして、結局二人して、ボクサーパンツ一丁になった。刑事も『そういうことなら』と、パンツの中までじっくり見られたよ」
そこで鮗さんは首を左右に倒してごきごきと鳴らした。やっぱり、あまり楽しい体験ではなかったようだ。
「私たちも下着の中まで見られましたよ。月見里さんなんて、ショーツのポケットまで探られてて、やっぱり警察は徹底しているな、と思いましたよ」
「ショーツにポケットがあるのか?」
「サニタリーショーツには、ついているものもありますよ」
「何に使うんだ」
「そりゃ、ナプキンを入れておくんですよ。出先で急に生理になったとき、替えのナプキンを取りに戻らなくて済みますから」
「月見里さんのポケットにもナプキンが入っていたのか?」
「いえ、おりものシートが一枚入っていました」
「それは、意外なことではない?」
「はい。全然普通のことですね。生理って、ある日ピタっと終わるわけじゃなくて、だらだらとおりものが続いたりするので、サニタリーショーツのポケットにおりものシートが入っているのは全然違和感ないです。生理じゃなくても、おりものシートが必要な日ってありますし」
鮗さんは、私の言葉を聞いて眉を寄せて黙った。どうしてそんなことが気になるのだろう。
「そのショーツのポケットというのは、どのあたりについているものなんだ?」
「位置ですか?」
「そうだ」
「このへんですね」
私は、自分のへその下あたりに手をやって、ポケットの位置を鮗さんに示して見せた。鮗さんが難しい顔をする。
「ちなみに、扇さんはどんな下着だった?」
鮗さんに女性の下着を品評する趣味はなさそうだから、きっと事件のことを考えての質問だろう。
「けっこうガチガチの矯正下着でした。ボディスーツ型の」
「それは、どういうものだ?」
「えっと、体にぴったりした、なんていうか形はレオタードみたいで……」
鮗さんがスマートフォンで検索している。
「こんな感じか?」
そこには、まさに扇さんが着ていたような、ボディラインをきれいに見せるために体を補正するタイプの下着が載っていた。
「そうです。まさにこんな感じです」
鮗さんはそれをじっと見る。
「鈴子は、テキーラを飲む前に一度キッチンに行ったよな。そこで何か変わったことはなかったか?」
「変わったこと?」
「誰かが不自然な行動をしていたとか、隠れるように何かしていたとか」
私は記憶を探る。
「不自然な行動は別になかったと思いますけど。強いて言えば、お酒をこぼしちゃったって言って月見里さんが床を拭いていました。それぐらいですかね」
「それは、テキーラを注ぎ終えたあとか?」
「はい。そうでした」
「そうか……」
鮗さんは少し考えてから
「女性陣は、パンストを履いていたか?」
「は?」
「下着姿まで見せあったんだろう? 扇さんと月見里さんは、それぞれパンストを履いていたか?」
「パンスト……扇さんは履いていました。月見里さんは履いていませんでした。パンストが事件に関係あるんですか?」
鮗さんは、額に手をあてて「んんん」と少し唸って「わかったかもしれない」と言った。
「ええ!」
思わず大きな声が出る。入り口で見張っている警察官を見たが、じっと黙ったまま何も言ってはこない。
「わかったって、何がです?」
「犯人と、ニコチンを飲ませた方法と、容器の隠し場所」
全部じゃないか。
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