繰上げ受給を選んだ理由/50代の私が「仕事最優先」を後悔した日
「今はキャリアの正念場だから、目の前の仕事を最優先しなくては」
「きちっと成果を出して、周りに認められたい」
現役時代、責任のある仕事を任され、夢中でキャリアの坂道を上っていた頃、私はそんな風に「仕事!仕事!仕事!」と自分を追い込むようにこだわっていました。
でも、仕事に執着するあまり、人生の最も重要な優先順位を見失ってしまう。
社会の中で懸命に戦ってきた人ほど、あとになって取り返しのつかない後悔を連れてくることがあります。
今日は、私が61歳で年金の繰上げ受給を選択し「自由」を手に入れた、本当の原点について少しだけお話しさせてください。
病院へ通う毎日の葛藤と心を鎮めるお稽古
私が実母の介護に直面したのは、シンクタンクに勤務していた50代の頃でした。
アシスタントとは言え仕事に裁量権もあり、やりがいを感じる一方で、「もっと認められたい」という気持ちが人一倍強かった時期です。
そのため、家で始まった母の介護を、当時の私はどこか「自分の邪魔をする、少し疎ましいもの」のように感じてしまっていました。
そんな私の傲慢なこだわりが崩れたのは、母が亡くなる数カ月前のことです。
ある日、どうしても仕事を休めなかった私は、気乗りしていなかった母をむりやり数日間のショートステイに送り込みました。
体調が変化したのは翌日です。
大学病院のICUに運ばれ、一命は取り留めたものの、数カ月後に亡くなりました。
入院している間、譫妄状態が続き、母は少しずつ、私の顔や名前を思い出せなくなっていきました。
「私が誰だかわかる?」という問いに、初めて首を横に振られた瞬間、言いようのない寂寞と、深く激しい後悔が押し寄せてきたのです。
「どうして私は、あんな仕事なんかに執着していたんだろう。もっと早く、もっと長く母のそばにいてあげればよかった……」
そこからの数カ月間は、どれほど仕事で疲れていても、どれほど大雨や嵐や雪の日であっても、一日も欠かさず病院へ通いました。
仕事への執着を捨てきれなかった自分への、今さらながらの贖罪だったのかもしれません。
あの頃、母の様子を毎日日記に付けていましたが、10年以上経った今でも読み返すことができません。
仕事での責任と、病室での切ない時間。
その激しい心の葛藤のなかで、私の崩れそうな精神をかろうじて繋ぎ止めてくれていたのが、週に一度の茶道のお稽古でした。
お稽古場の独特の香りと凛とした静けさの中で、先生が毎回語ってくださる深いお話に耳を傾ける時間だけが、私の心の拠り所でした。
お茶を点てるその一瞬だけは、つらい感情を手放し、自分の心を鎮めることができた。
あのお稽古がどんなに私を助けてくれたことか。
現実を離れ、静かに自分と相対するあの時間がなかったら、きっと母の顔を毎日見るのもつらかっただろうし、自分がどんな状態になっていたか想像もつきません。
繰上げ受給は自分を失わないための切符
母が旅立ったあと、私は心から自分を悔いました。
「なぜ、しばらく勤務をセーブしてもらうよう会社に交渉しなかったのか」
「なぜ、思い切って一度立ち止まる勇気が持てなかったのか」と。
だからこそ、私の目の前に「年金の繰上げ受給」という選択肢が現れたとき、私は迷わず行動できました。
「もう二度とお金や仕事のために、人生の大切な時間を犠牲にするような後悔はしたくない」
友人の誰もが、仕事を早く辞めたいと言いつつ、定年まで働くことを当たり前に考え、年金は65歳からもらうものと決めつけています。
専門家も、早い段階での繰上げ受給については、積極的に勧める人はいません。
年金事務所の職員もそうでした。
でも、私にとって60代前半の5年間(1,825日、43,800時間)という時間は、お金や仕事よりも、もっと大切なものに投資するためにある時間だと思えたのです。
今も拭えない、あの50代の後悔があったからこそ、損得論よりも自分軸の優先順位を貫くことができました。
たとえ受給額が減額されたとしても、健康年齢の価値を考えれば、私にとってはこれ以上ない選択だったと思います。
本当に大切なものは、今この瞬間にしかない
今、目の前の仕事や成果に追われ、本当に大切な家族との時間や、ご自身の心の平穏を「いつか」のために先送りしながら迷いの中にいるあなたへ。
どうか、かつての私のような後悔をしないでください。
あなたのキャリアは、あとからいくらでも、形を変えてやり直すことができます。
でも、大切な人と過ごせる時間や、あなたが思うままに活動できる「今」という時間(資産)は、二度と戻ってはこないのです。
「世間の常識=あなたの生き方」にする必要はありません。
あなたは、あなたの働き方やシニアライフを送っていいのです。
まずは今日、あなた自身と、あなたの周りにいる大切な存在のために、小さな「余白」をひとつだけ作ってみませんか。
自分軸の優先順位を見つめ直す本物の知恵を、ここから私と一緒に育てていきましょう。
梨乃
