スネークマンショーとナンバーワンバンドの7インチコレクション(13枚)
スネークマンショー「咲坂と桃内のごきげんいかが1•2•3」

A面「咲坂と桃内のごきげんいかが1•2•3」
作詞:スネークマンショー/作編曲:細野晴臣
B面「えぶりぼーでぃ•しんぎんぐ•ばーじょん」
作編曲:細野晴臣
一応このシングルのアーティスト名は「ユー・アンドー・ミー・オルガスムス・オーケストラ」
もともとはスネークマンショーのラジオ番組内でシュガーヒルギャングの上にラップしたのが最初のようで、改めてレコーディング時に曲を作る必要があり、細野晴臣が参考にしたのがブロンディ「ラプチュアー 」のようだが、そのシングルカットが81年1月リリースなので、それを聴いてからでは遅く、多分80年11月にリリースされたアルバム『Autoamerican』を聴いたのだろうと、それにしても新譜中の新譜を即参考にする素早い咀嚼力(これはULTRAVOXとCUEの関係にも似てる)、初の日本語ラップはこうして出来たわけだが、長いことヒップホップ側からはスルーされつつ、最近は歴史の一つとして定着したようだ、確かに途中からラップじゃなくて、ただの掛け合いになっているが、何といってもまだヒップホップシーンがアメリカでも定着していない状況だったので、ここは目を瞑って下さい、さらにコレがラップというなら、日本のもっと古い曲でコレはラップではないか?みたいな曲を持ち出してくる人もいるが、たまたま早口で歌ってるだけであって、問題はラップっぽく聴こえるという話ではなく、アメリカのヒップホップを認識した上でやってるかどうかである、勿論「ごきげんいかが123」より先にそういうアプローチの曲があれば聴いてみたい
と、いうことでこちらから1つ例を挙げれば、77年ピンクレディー「ウォンテッド(指名手配)」の中間部「ある時謎の運転手、ある時アラブの大富豪〜」という下りがあるが、作曲の都倉俊一先生によるとNY旅行中にストリートで見たラップを取り入れてみたそうである
また「ごきげんいかが123」を経てYMO「ラップ現象」も生まれた、初の日本語ラップと日本人の英語ラップ誕生がほぼ同時期(作曲も同一人物)ということであるが、英語ラップも実はそれ以前にコレがあったというのがあれば聴いてみたい
B面「えぶりぼーでぃ•しんぎんぐ•ばーじょん」はA面のカラオケだが、いまだにCD化されていない(演奏は細野晴臣、高橋幸宏、大村憲司、松武秀樹)
その後、何故かリミックスヴァージョン(未聴)が8cmCDでALFA末期(95年11月22日発売)にリリースされた(これがリミックスでなくオリジナルであればカラオケ音源がCD化されるチャンスだった)

そして2002年、まさかのスケッチショウのカヴァーへとつづく
YMO & スネークマンショー「これなんですか」

A面
1. スネークマンショー「これなんですか(レコード店編)」
2. YMO「キュー」
作詞:高橋幸宏、細野晴臣、ピーター・バラカン/作曲:高橋幸宏、細野晴臣
B面
1. スネークマンショー「これなんですか(薬局編)」
2. スネークマンショー「咲坂と桃内のごきげんいかが1•2•3」
作詞:スネークマンショー/作編曲:細野晴臣
プロモオンリー7インチ
アルバム『急いで口で吸え』(通称)の発売が81年2月21日、YMOのアルバム『BGM』が同年3月21日とリリースが続いたのでプロモーションの合わせ技
A面のプロモ用に作られた「これなんですか(レコード店編)」はコンドームの代わりがYMOになっているネタ(「これなんですか」方式は他のパロディも生んだ)、そして「キュー」はシングルカット(4月21日リリース)されたので、『BGM』のプロモというよりシングルのプロモも兼ねているのかも
B面は『急いで口で吸え』より「これなんですか」と「ごきげんいかが123」(アルバムの曲順とは逆)、全てフル収録なので、7インチながら33回転になっている、ギャグ〜曲という順はラジオでこのままかければ、手軽にスネークマンショー風になりますよって感じだろうか
偶然だが、収録曲が「キュー」と「ごきげんいかが123」なので坂本龍一不在のYMO関連盤になっている
YMO & スネークマンショー「WHAT IS THIS」

A面
1. スネークマンショー「これなんですか(レコード店編)」
2. YMO「CUE」
作詞:高橋幸宏、細野晴臣、ピーター・バラカン/作曲:高橋幸宏、細野晴臣
B面
スネークマンショー・アルファ・ラジオCM名作選
プロモオンリー7インチ
『急いで口で吸え』が81年2月21日、『BGM』が同年3月21日とリリースが続いたのでプロモーションの合わせ技、前記の盤よりこちらの方が有名、レコード番号は「これなんですか」はALFA-111で「WHAT IS THIS」は112、ジャケを簡易的なものから凝ったものに作り変えてのさらなるプロモーション

前記「これなんですか」のように7インチで33回転だと「〇〇ちゃん、間違って45でかけちゃうよ」ってラジオ局ディレクターに言われたか知らないが、兎に角そのようなことで改良盤が作られたと思われる
前記の盤同様、A面はプロモ用に作られた「これなんですか(レコード店編)」と「キュー」だが、こちらは45回転のため収録時間が短く「キュー」は途中でフェイドアウト(4分30秒のところ2分45秒に)
B面は「これなんですか」盤とは異なり、この盤のみの「スネークマンショー・アルファ・ラジオCM名作選」、スネークマンショーが手掛けていたアルファレコードのラジオCMを集めたもの、収録順にシーナ&ザ・ロケッツ「ベイビー・メイビー」「浮かびのピーチガール」「キスミークイック」、 YMO「タイトゥンアップ」、ポリス「ドゥドゥドゥデダダダ」、スネークマンショー『急いで口で吸え』「ごきげんいかが123」、クインシージョーンズ「愛のコリーダ」のCMが収められている

Klaus Nomi「The Cold Song」

A面「THE COLD SONG」
作詞作曲編曲:Henry Purcell
B面「KEYS OF LIFE」
作詞作曲編曲:Klaus Nomi
スネークマンショー『急いで口で吸え』から3年後にフランス映画『愛の記念に』に使われたためシングルカット、よってライナーは音楽ライターではなく映画評論家のおすぎ、ジャケ写は主演のサンドリーヌボネール、クラウスノミとイメージが結びつかないのでレコ屋で発見しても知らなければ見過ごしてしまいそう、惜しくもこの時点でクラウスノミはこの世に存在していなかった
AB面共81年にリリースされたデビューアルバム収録曲、そのアルバムの発売日は不明だが、時期的に『急いで口で吸え』に収録された方が先だった可能性もあり、選曲経緯が知りたいところ
フランス映画なのでフランスでも7インチ化(ジャケ違い)されているがB面が「Wasting My Time」、こちら日本盤は「Keys Of Life」、聴き比べてみてどっちがいいとかいうより何故違うのか変えるのか、これに限らずおおよそ洋楽担当ディレクターの仕業だと思ってるんですが、日本盤用にジャケを変える/B面を変える(時にはA面も)/タイトルを日本語に変える(邦題をつける)/ライターにライナーを発注する等々、楽しそうな仕事だなぁと(笑)、ところが今は7インチもなければCDシングルもない、配信であれば音源/ジャケ諸々世界共通、何も変える必要もないし変えてもダメ、やりがいはないかもしれません、といったところで映画『愛の記念に』は機会があれば観てみたいところ
スネークマンショー「愛の戦場」

A面「愛の嵐」(バラ肉のタンゴ)
作曲:クニ河内
B面「愛の戦場」(ブタペストの心)
作曲:i.ビドー、C.アダムス、H.バーンズ/演奏:日色純一
もともとラジオ番組だったスネークマンショーは80年にYMO『増殖』でのコラボレーションで世に存在を広く知らしめ、81年に『急いで口で吸え』と『戦争反対』の2枚をリリースして我々世代または業界に多大な影響を与えた
『戦争反対』はラストアルバムと謳われ、桑原茂一/小林克也/伊武雅刀の体制がここで終了、翌82年は『海賊盤』なるカセットオンリーのラジオ番組時代の傑作選をリリース(後にレコードやCD化)、以降小林克也はナンバーワンバンドを結成、伊武雅刀は「子供達を責めないで」とアルバム『Mon-Jah』をリリース、スネークマンショーとしては『ピテカントロプスの逆襲』やカセットブック『南海の秘宝』などをリリース

ジャケ的には「愛の戦場」がA面と思ってしまうがB面である、「愛の戦場」で使われている「ブダペストの心」はマントヴァーニで有名な曲のカヴァーだが、「愛の嵐」で使われている「バラ肉のタンゴ」は作曲:クニ河内とあったので、調べてみれば、もともと『タモリ2』に収録されていたアルゼンチンタンゴのパロディとして作られた音楽のようである、アルファ音源なので問題なく流用

Rip Rig + Panic「The Ultimate in Fun(Is Going to the Disco with My Baby)」

A面「Go, Go, Go! (This Is It)」
B面「The Ultimate In Fun (Is Going To The Disco With My Baby)」
作詞作曲編曲:Rip Rig + Panic
『死ぬのは嫌だ、恐い。戦争反対スネークマンショー・ラストアルバム。』に収録されたことで日本では有名な曲(B面)、両面ともアルバム未収録曲、このようなポストパンクの曲を小学生だった自分も含めスネークマンショーを聴いた何10万人もが耳に入れてしまった事実が今となっては楽しい、そしてそれは小学生にとっても不思議と不快なサウンドではなかったことも重要、そうやって35年以上経って7インチを探してしまうことになる
Holger Czukay「Persian Love」

A面「Persian Love」
B面「Cool In The Pool」
作曲編曲:Holger Czukay
御多分に洩れず、スネークマンショー『死ぬのは嫌だ、恐い。戦争反対!』で「ペルシアンラヴ」を知ったのだが、サントリーのCMに使用されたのも、それで評判になったからだと感じざるを得ない、裏面ライナーにスネークマンショーのことが一切書かれていないので因果関係が分からないものの、時系列としては81年10月にスネークマンショーのアルバムが発売され、「ペルシアンラヴ」収録の元々は79年にリリースされた『MOVIES』の国内盤のライナーの日付が81年10月なので、スネークマンショーのアルバムより発売が遅いことは間違いないが、『MOVIES』の日本発売がスネークマンショーの影響なのかが微妙、またアルバムの邦題が『MOVIES』から『ペルシアンラヴ』に変更されてるが、この時点でサントリーのCMに使われることが決定していたのか否か、年が明けてからCMの件が決定し、この「ペルシアンラヴ」がシングルカットされた流れか?仮にアルバム『MOVIES』の国内盤リリースがスネークマンショーと関係なくとも、その後に広告代理店がスネークマンショーのアルバムを聴いてCMに使うことを思いつくのは想像に容易い
そして、82年にリリースされたホルガーシューカイ、ジャーウォブル、ヤキリーベツァイトによるコラボレーションアルバム『FULL CIRCLE』収録の「How Much Are They?」がホンダのスクーターのCMに使用されたことからシングルカットされ、B面にはオリジナル盤とは異なり、「ペルシアンラヴ」が再び収録された(故に「ペルシアンラヴ」国内盤7インチの選択肢は2つ)、やはり日本でホルガーシューカイといったらコレでしょう、といったところなのか
ザ・ナンバーワン・バンド「うわさのカムトゥハワイ」

A面「うわさのカム•トゥ•ハワイ」
B面「ザ•ナンバーワン•バンドのテーマ」
作詞:小林克也/作編曲:佐藤輝夫
【ジャケ裏ライナーより】
明治時代の終り頃、大量の日本人移民が海を渡りアメリカへ向った。彼等の殆んどが、広島、岡山、熊本といった地方の貧農の二男、三男達で、アメリカでは農業に従事した。またアメリカ各都市には日本人街と呼ばれる一画が作られていったが、第二次大戦の際、敵国人種として強制収容所に入れられ、ロス・アンジェルスのリトル・トーキョーを除いて、殆んどの日本人街は自然消滅の運命をたどっている。ハワイへ渡った日本人はその数が圧倒的に多く、まだアメリカの州になる前のハワイの発展に貢献することになり、ハワイの歴史は現人口の半数以上を占める日系人抜きには語ることはできない。例えば、マウイ島の農業は100%といっていい程、日本人の経営によるものである。1941年の真珠湾攻撃は当時の一世や二世達だけで編成された部隊がドイツ最前線に送られた。ちょうどベトナム激戦区へ黒人兵が押しやられたように。この日本人の兵隊達は「二世部隊」と呼ばれ、命を押しまぬ果敢さを発揮し、普通のアメリカ兵の到底及ばぬ戦力となり、数多くの戦死者を出しながらも、米大統領から表彰される程の戦績を残した。アメリカの為に戦い、一世である親達の名を恥しめることのないよう、いさぎよく戦ったのである。ハワイの日本人達は祖国を忘れない。今でも各県人会の活動は盛んである。毎月一回、アラモアナ公園で行われる「広島県人会」のピクニックの集りを目撃した日本人旅行者は多いに違いない。勇気を出して声をかけると、「マー、飲んでいきんさい、食っていきんさい」とアロハ(愛)の心で迎えてくれる。
ザ・ナンバーワン・バンド「六本木のベンちゃん」

A面「六本木のベンちゃん」
作詞:小林克也、嘉門雄三/作編曲:嘉門雄三
B面「最新アメリカ式美容体操(桃を食べよう)」
作詞:小林克也/作編曲:佐藤輝夫
82年9月リリース、小林克也がスネークマンショーを脱退して結成したザ•ナンバーワン•バンドのファーストアルバム『もも』(82年6月リリース)からのセカンドシングルカット
アルバム『もも』からは「うわさのカム•トゥ•ハワイ」とコレのAB面合わせて計4曲が7インチ化されたことになる、このアルバムは全曲好きだが、A面の選び方はわかるにしても、各々B面が選曲が違っていたら... 個人的には「アメリカン•ラヂオ」とか「ケンタッキーの東」だったらDJでかけやすいのに〜っとぉっ
ちなみに嘉門雄三とは桑田佳祐の変名ですが、せっかくのシングルにそのことが全く記されてない、サザンと同じビクターだから隠す必要もない、曲提供だけでなくデュエットでもあるし、売る気があるならデカデカと書かれそうだが、あくまで遊びということなのか、全くもって潔い
ザ・ナンバーワン・バンド「プロレスを10倍楽しく見る方法/今でも豊登を愛しています」

A面
1. 「プロレスを10倍楽しく見る方法/今でも豊登を愛しています」
作詞作曲編曲:嘉門雄三
2. 「野球小僧」
作詞:佐伯孝夫/作曲:佐々木俊一/編曲:佐藤輝夫
中古で買った時のもとの外袋はいつもであれば捨てて取り替えるところ、珍しく「選曲しないで下さい」と書き込みがあったので撮影、これは何故かと考えれば、片面に2曲収録されている「新型片面焼き盤」なので、間違って一方の曲がかからないよう注意という意味か、そもそも「野球小僧」が放送禁止曲なのか(歌詞を見る限り、そうとは思えないが)謎である、で、片面に2曲収録された理由も何故かと考えれば、何も収録されてない裏面のレーベルデザインをフィーチャーしたかったからというナンバーワンバンドらしい?クダラナイ理由しか思いつかない、『東京あたり』には「野球小僧」のLIVEヴァージョンもラストに収録されているので、小林克也は余程この曲が好きだったのか?と、それだけに余計「選曲しないで下さい」が気になるのだが
それにしても『東京あたり』はなかなかCD化されなかった、83年というとCDは誕生していたが、まだまだ珍しく、数タイトルが販売されるのみ、LPとCDの同時発売はさらに2〜3年後のこととなる、ファースト『もも』はリリースから数年後にCD化されたのだが、『東京あたり』は売上がイマイチだったのか、『もも』と同じタイミングでCD化されずに見送られたまま、リマスタ再発もなく(それは『もも』も同じだが)、初CD化は何と32年後の2015年にタワレコ限定でしかもカセットヴァージョン、現在サブスクで聴けるのもカセットヴァージョンなので『東京あたり』リリース後にLPのマスターが失くなったのではないかと疑ってしまう
スネークマンショープレゼンツ「ギャグ45」

83年12月21日リリースのアルバム『ピテカントロプスの逆襲』のプロモーションシングル
アルファとしてはあくまでスネークマンショーの新作が出ましたよ的な宣伝をするつもりだったのだろう、それにしても簡易ジャケがテキトー過ぎるのだが、内容はアルバム『ピテカントロプスの逆襲』のA面「ギャグ2」の部分を片面プレスで収録している、片面プレスというのもプロモ盤らしくて面白いのだが、やはり裏面にも曲を収録したくなってくる、ラジオプロモーションを考えれば「ピテカン音頭」(AM深夜ラジオ向け)、真面目にMELONをプロモーションするなら「DO THE PITHECAN」(DJでかけたい)、話題作りのための放送自粛曲狙いで「FLY ME TO THE MOON」といったところか
Damon Brothers「Collection '85」

A面「Collection '85」
B面「Collection '85 (Instrumental)」
1984年にリリースされたスネークマンショーのアルバム『急いで口で吸え』と『戦争反対』をボックスセットにしたレコードのボーナス7インチ、他にすごろくのおまけもあったみたいだが、ともかく、当時2枚のアルバムを持っている身としては店頭で見かけてもスルーした可能性大(っていうかスルーした)、それに7インチがついていることは近年7インチを集め出してから知ることとなったが、ボックスセットを買うわけにはいかないので、7インチだけの出品を狙って、手頃な価格でようやく入手
DAMON BROTHERSとは桑原茂一、藤原ヒロシ、屋敷豪太の3名らしいが、レコーディングには屋敷豪太と同じミュートビートのメンバーである小玉和文と松永孝義が参加している
この時期の藤原ヒロシと屋敷豪太のコンビは『YMO MEGA MIX』や矢野有美のエディットが印象的だが、それらは翌年なので、このボーナス7インチは前哨戦といえるかも、MELONの「Serious Japanese」や日本初のヒップホップ/クラブミュージックレーベル「MAJOR FORCE」などもまだ少し先の話
小林克也とザ・ナンバーワン・バンド「ユーアーBad Girl, We Are ザ・ニッポンイチ」

A面「ユーアーBad Girl, We Are ザ・ニッポンイチ」ショートバージョン
B面「ユーアーBad Girl, We Are ザ・ニッポンイチ」Longバージョン
作詞:小林克也/作編曲:沢井原兒
85年7月21日リリースのアルバム『はっぱすいすい』からのシングルカットと思いきや、そうではなく、そのプロモ用非売品シングル、ジャケに9月5日と書き込みあるので、その頃に配布されたのかもしれない
「ユーアーBad Girl, We Are ザ・ニッポンイチ」はこの頃話題だった「WE ARE THE WORLD」のパロディというかナンバーワンバンド流にファンキーにやるとこうなります的な曲、シークレットというか匿名で色々な方が参加、自分の名前を言ってしまっている細野サン以外は声だけで判断しなくてはならないので、数名しか分からず
アルバムヴァージョンでは7分弱ある大作だが、このシングルではラジオ用と考えてか、A面3分弱/B面5分弱にエディットした2パターンが収録されており、プラス放送禁止箇所があるかのように2KHzのピー音が随所に挿入されているが(「初の自主規制盤」とのアイロニー)、これがちょっと耳障りなのでDJなどでは正直かけづらい、現在サブスクで聴けるのはピー音は入ってません
