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アルファアイドル1985(矢野有美、若林志穂)


1985年花の82年組に匹敵するようなアイドルが沢山デビューした状況だったと今になっては思える、その流れに乗ろうとしたのか否か、アルファレコード細野晴臣と高橋幸宏が設立した¥ENレーベル終了とクロスフェイドさせるように2人のアイドル(矢野有美若林志穂)をデビューさせる、アルファレコード的にはディスコクイーンに仕立て上げようとしたMARIA(朝比奈マリア)のような存在を除けば初めて手掛けたアイドルだったはず

朝比奈マリア「ディスコ•ギャル」

79年6月21日リリース(おそらくアルバムと同時リリース)

A面「ディスコ•ギャル」
作詞:山上路夫/作曲:すぎやまこういち/編曲:ハービーメイソン、すぎやまこういち
B面「霧雨のあとで」
作詞:山上路夫/作曲:原田忠幸/編曲:坂本龍一

アルバムMARIAからのシングルカット
ドナサマーなどのディスコクイーンが流行ってたので、アルファでもそれをデッチ上げたという感じなのだろうか、しかし雪村いづみの娘とはいえども歌手活動はこれで終わったっぽい、YouTubeで野原で歌っている(口パク)映像を見てしまったのが物悲しい、とは実は思わなく、こういうテキトーさが今無いだけに最高〜と言わざるをえない、今と比べても仕方ないが、現在の音楽ならびにテレビ業界はあまりに世知辛く余裕がなく思える、兎に角これにしてもねらわれた少女にしても、セットもなく公園で歌った映像がおおらかに流されてた時代に想いを馳せ

A面は「確実に」ヒットさせるためにすぎやまこういち先生にオファーして「確かに」キャッチーな曲が出来上がったが、残念ながらヒットしなかったっぽい、B面は坂本龍一編曲だが、アルバムでは坂本龍一編曲というのとイエローマジックオーケストラ編曲というのが混在、で結局言いたいことはB面は細野晴臣作曲「おんな ともだち」だったら良かった

穿った見方をすれば、リンダキャリエールをボツにしたリヴェンジで国内マーケットにチューンナップして制作に挑んだのが、MARIAプロジェクトだったのではなかろうかと

というかリンダキャリエールの制作陣そのままで、こちらのアルバムも作られていたら現在もっと評価されていただろう、残念ながら安全牌で歌謡曲ベースになってしまった



矢野有美「夏への手紙

85年7月25日リリース、ラストになる3枚目のシングル

A面「夏への手紙」
作詞:高橋修/作曲:松浦雅也/編曲:岡田徹
B面「STAY NEXT TO ME」
作詞:矢野有美/作編曲:岡田徹

これ以前からの芸能活動〜アイドルグループ「シャワー」に所属などを経て、満を持して?ソロデビュー、1985年限定と決まってたのかどうかわからないが、シングル3枚/アルバム1枚/12インチ1枚でもってキッチリ1年間の任期を全うし、芸能活動をほぼほぼ終えた

A面「夏への手紙」サエキけんぞうと並ぶ千葉2大作詞家の高橋修、作曲はPSY•Sでデビューしたばかりの松浦雅也、編曲はそのPSY•Sをプロデュースしたムーンライダーズの岡田徹が担当、同時期のライダーズのアルバムアニマルインデックスのプロトタイプのようなサウンドで、それまでの2枚のシングルにあった歌謡曲臭は一掃された

B面「STAY NEXT TO ME」は矢野有美自身の作詞、岡田徹作曲のムーンライダーズのイイ仕事

結局シングル2枚目までの路線は変更して岡田徹プロデュースによる9月25日リリースのアルバムガラスの国境(ボーダー)¥ENを切り捨てたアルファがアイドルをやる意味がようやく見出せるのような作品に仕上がった、そしてアルバムリリース後の12月に時流に乗ってユーロビート路線の12インチ「MAKIN' IT」(1985年12月21日)をリリースしてアイドル活動終了

85年のリリース時にCDが同時発売されず、その後再発の機会にも恵まれず、長らく未CD化であったが、めでたく2019年5月にBRIDGE-INCより全楽曲を収録したコンプリートコレクションとして初CD化となった



矢野有美「MAKIN' IT

プロモオンリー盤ゆえテープが貼られてない盤を探すのが困難
「MAKIN' IT」ではなく「EAT YOU UP」(ダンシングヒーロー)だったなら...

A面「MAKIN' IT」
作詞作曲:J.Carbone、R.Zito、訳詞:山地清子/編曲:国本佳宏
B面「CUPID GIRL (ROLLER COASTER VERSION)」
作詞作曲:Darren Hatch、Ginko、Tayx、訳詞:真名杏樹/編曲:国本佳宏

85年12月21日リリースの12インチシングル「MAKIN' IT」のプロモオンリー7インチ

85年にアルファレコードは前年に細野晴臣がテイチクでノンスタンダードレーベルを起こした流れもあって¥ENを終了させ、YMO色を一掃、急にアイドルを手掛ける(さらに松山千春も迎え入れる)

そのうちの1人がシャワーからソロデビューした矢野有美だが、85年前半からアイドルらしく3ヶ月おきに3枚のシングルをリリース、秋に岡田徹プロデュースでアルバムをリリースしたところでひと区切り、12月以降この頃流行り出したユーロビート路線で12インチ「MAKIN' IT」を出してアイドル活動終了、ややこしいが、こちらはその12インチ「MAKIN' IT」のプロモ7インチ、しかもB面「CUPID GIRL (ROLLER COASTER VERSION)」はこのプロモ盤だけに収録されたエディットヴァージョン(藤原ヒロシ屋敷豪太が手掛けた)、それのみに価値がある

12インチ「MAKIN' IT」のプロモ7インチはさらにもう1枚ある(今後入手希望)、「素敵なハイエナジー・ボーイ(EAT YOU UP)」は同時期に荻野目洋子ダンシングヒーローとして発売した洋楽カヴァー曲である、「素敵なハイエナジー・ボーイ」という素敵な邦題ではなく同じ「ダンシングヒーロー」というタイトルであれば競作盤になって面白い展開になったのだが、そもそもオリジナルのアンジーゴールドの邦題が「素敵なハイエナジー・ボーイ」で日本盤の発売もアルファだったのだから仕方がない

「ダンシングヒーロー」というシンプルな邦題に変えたのが勝利と認めざるを得ない




若林志穂「テレフォン・キッス」

この時まだ13歳、さすがに幼い、デビューするには早かったかも?
知らなかった番組「タモリのキラキラ美少女コンテスト」でグランプリを獲ったらしい、某動画サイトで見れました
結局、映画『ばあじんロード』は上映中止になった模様、若林志穂は主演でもない

A面「テレフォン•キッス」
作詞:安井かずみ/作曲:加藤和彦/編曲:白井良明、武川雅寛、国本佳宏
B面「いつも青空のように」
作詞:小林和子/作曲:網倉一也/編曲:白井良明

85年2月25日リリース
矢野有美
の方はリアルタイムでなんとなく知っていたものの、若林志穂の方は知らず、後追いでアルファアイドル(勝手に命名)として認識した次第

矢野有美の方は例のエディット盤(「CUPID GIRL (ROLLER COASTER VERSION)」)含め、アルファでなくても買う価値があったが、若林志穂の方は正直買うまでのモチベーションに至らなかったものの、街録を見たら「同情するならレコード買え」と言われてるような気になり(中古盤を買っても御本人に利益がないのは理解した上で)、冷静にデビューシングル「テレフォン・キッス」を確認したら作詞安井かずみ、作曲加藤和彦、編曲白井良明と国本佳宏と武川雅寛という過不足ない布陣で、曲を某動画サイトでしっかり確認の上、入手

結局アルファではシングル3枚リリースし、アルバム無しで一旦活動終了、そこから2年半後の88年3月にトーラスレコードに移籍してシングル1枚をリリース、全シングル4枚の合計8曲はいずれもCD化されていない

アルファレコードの歴史上、1985年の1年間限定と決めていたのかどうか不明だが、突如矢野有美と若林志穂の2人のアイドルを制作し、これ以前も以降もアイドルは手掛けていない、YMO散開〜¥EN終了〜村井社長退陣の流れの単なる気まぐれだったのか、その試行錯誤は成功したとは言い難いが、貴重なアルファアイドル(勝手に命名)として、永遠にアルファマニア(いるのか知らんけど)の心に刻まれることとなった

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