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頑張るのをやめたら、少しだけ息ができた話

気持ちの余裕が少し生まれたのか、深呼吸時の胸のつかえが、だんだん無くなってきたように思えます。その前回の記事は以下です。



私はら3人目が生まれてから、

ずっと頑張り続け、「正解」を探していました。

正解って、

生活がちゃんと回ること。

誰も倒れないこと。

家族の笑顔がある普通の生活できること。

特に、

妻が泣いている姿を見るたびに、

「何が正しいんだろう」と考えていました。

一番疲れていたのは、

体力よりも感情だったと思います。

妻が泣いている。

それだけで、

胸の奥がずっと重たい。

だから私は、

「自分が頑張ればいい」と思っていました。

上の子の習い事の送り迎え。

みんなの朝ごはんを作ること。

食器洗い。

子どもの夕ご飯。

できることは、

全部自分がやろうと決めました。

妻の負担を極限まで減らして、

回復するのを待つ。

それが正解だと思っていました。

でも、

ある日、トイレで吐きそうになりました。

「ウェッ」となって、

便器の前でしゃがみながら、

初めて気づきました。

あ、これ、

自分が頑張れば解決する話じゃないな、と。

それでも、

頭のどこかではまだ

正解を探していました。

0歳児のことも、

ちゃんと理解できれば、

コントロールできれば、

全部うまく回るんじゃないか。

でも現実は、

そんなに単純じゃありませんでした。

そのとき、

ふと考えました。

正解って、何だっけ。

育児が完璧に回ることでも、

自分が倒れないことでもなくて、

妻が、生き生きしている状態じゃないか。

そう思ったとき、

少しだけ、力が抜けました。

正解を探すのを、

やめようと思いました。

全部を自分で背負う、

という正解を。

代わりに、

別の基準が必要になりました。

同じように、

正解を探して疲れている人がいたら、

きっと、ここにいる気がしています。

このあと、

私は育児のやり方そのものより、

「どう判断するか」を

見直すことになります。

正解を当てることではなく、

続けられるかどうか。


判断を見直した話しは以下です。


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