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少子化は「お国柄」の問題なのか 「二つの普遍的経路」という研究の見方

237の国と地域が、二本の曲線の上にいた

少子化は、その国ならではの事情の積み重ねで起きる——住宅が高いから、労働時間が長いから、子育てに冷たいから。私たちはずっと、そういう「お国柄」の言葉でこの問題を語ってきました。

ところが今年7月、その語り方の前提を揺さぶる研究が発表されました。理化学研究所と東北大学の板尾健司氏らのチームが、237の国と地域について平均寿命と粗出生率(人口1,000人あたりの出生数)の歴史データを調べたところ、各国の変化の軌跡は、たった二つの普遍的な経路のどちらかに沿っていたというのです。制度も宗教も所得もバラバラの二百幾つの国が、グラフの上ではほぼ二本の曲線に乗る。少子化は「国ごとの物語」というより「世界共通の過程」かもしれない、という発見です。

二つの経路の中身——ゆるやかな坂と、急な崖

発表によると、二つの経路はおおまかに次のようなものです。

  • 第一の経路(相I): 平均寿命と粗出生率がおおよそ反比例の関係で結ばれ、寿命が延びるにつれて出生率がゆるやかに下がっていく。主に1949年以前の変化がこちらに乗ります。

  • 第二の経路(相II): 寿命の延びに対して、出生率が指数関数的に——つまりずっと急な勢いで——落ちていく。1950年以降の変化はこちらです。

興味深いのは、先進国が第一の経路を通ってから第二の経路に移ったのに対し、発展途上国の多くは第一の経路を経ずに、最初から急な第二の経路を歩いているという指摘です。「途上国もいずれ豊かになれば、先進国と同じ道をゆっくり辿る」という素朴な想像は、データの上では成り立っていないことになります。

「共通の型」が見つかると、何がうれしいのか

ここで立ち止まりたいのは、研究の中身そのものと同じくらい、「共通の経路がある」という発見が私たちのものの見方をどう変えるかです。

少子化を「日本固有の問題」として見ているあいだ、原因探しはこの国の中だけで行われます。誰が悪い、どの制度が悪いという犯人探しにもなりやすい。そして固有の物語には比較対象がないので、よその国の経験は「うちには当てはまらない」ように見えます。

一方、「世界共通の経路がある」とわかると、問いの立て方が変わります。この国はいま経路のどのあたりにいるのか。同じ場所を先に通った国では何が起きたのか。経路から外れた例はあるのか、あるなら何が違ったのか。共通の型が見つかって初めて、他国の経験が「参考データ」として使えるようになるのです。

似た構造は他の分野にもあります。歴史も気候も違う世界中の都市が、人口と面積や交通の関係では驚くほど似た法則に従うことが知られています。個々の事情がどれだけ違っても、人間の集団としての振る舞いには共通の型が現れることがある。少子化もその種の現象だった、というのが今回の研究の見立てです。

型は地図であって、歩き方までは決めない

では、世界共通の過程だとしたら、打つ手はないのでしょうか。研究チームは数理モデルの分析から、家計が負担する教育コストを下げることが、教育水準を保ったまま出生率を回復させるのに有効である可能性を挙げています。「共通の型」の発見は運命論と別物で、むしろ「どこに力を入れれば曲線から離れられるか」を考えるための土台になっています。

もちろん、共通の型があるからといって、個々の国の事情が無意味になるわけでもありません。同じ坂道でも、どんな靴でどう歩くかは国ごとに違う。型は地図であって、歩き方まで決めるものとは違う。その区別さえ忘れなければ、「普遍」と「固有」は対立せずに使い分けられます。

「うちの問題は特殊だ」という感覚は、国の話にかぎらず、会社にも家庭にも生じます。特殊だと思っているかぎり、よその解決策は他人事に見える。一段引いて共通の構造を探した瞬間に、世界中の事例が急に自分ごとになる。

普遍の型と、固有の歩き方。少子化の議論はこれからも、この二つの言葉のあいだを往復していくはずです。どちらか一方だけで語られた少子化論は、半分の地図しか持っていない——今回の研究が置いていったのは、そういう物差しです。

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