文藝春秋SDGsエッセイ大賞2025 優秀賞受賞。“ありがとう”をもっと言える社会にしたい。
「いつもありがとう」
その一言が、こんなに心に沁みるなんて、思ってもいなかった。
私は、医療分野で働く理学療法士だ。
毎日、リハビリの現場に立って、患者さんの身体に触れている。
歩くこと、座ること、立ち上がること。
そんな“当たり前”を、もう一度できるように寄り添う仕事。
でも、どれだけ尽くしても、結果が出ない日もある。
「なんでよくならないんだ」「もう来なくていい」
そんな言葉を投げられることもある。
疲れて帰る夜、ふと心が折れそうになる。
──でもある日、忘れられないことがあった。

担当していた高齢の女性が、退院の日にふと私の手を握って言った。
「わたし、あなたに“ありがとう”って言うの忘れてたわ。
でも、ずっとそう思ってたの」
たったそれだけ。
でも、泣きそうになるほど、救われた。
その瞬間、思った。
もっと“ありがとう”があふれる社会にしたい。
結果に関係なく、役職にも関係なく、
誰かの“思い”に、ちゃんと感謝を伝えること。
それは、ケアの現場だけじゃない。
保育園の先生にも、ゴミを集める人にも、
レジで笑ってくれた人にも。
みんな、社会を支える“見えない支柱”だ。
けれど、「感謝されないこと」に慣れてしまうと、
誰かのために頑張る力は、すこしずつ失われていく。
ありがとう、を言葉にすること。
それは、誰でもできるし、今すぐできる。
お金も、技術も、いらない。
でも、それが人の心を守っていく。
感謝の言葉は、見えないけれど、確かに“未来を支える力”になる。
私はこれからも、できるだけ口にしようと思う。
「ありがとう」って、ちゃんと声に出して。
きっと、誰かの心が守られる。
そしてその人が、また誰かを守っていく。
そんな小さな循環が、未来をあたたかくしていくと信じている。
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