[COCOON]ゾンビですが何か?[OF THE DEAD] その27
前回のあらすじ
(めがねめがね、めがねめがね)
プロジェクターが壁に映像を投影する。
真っ黒な画面。
突如、大音量で音楽が流れ出した。
YESの『Hearts of the Sunrise』。
(2:06のサビ部分から)
『バッファロー’66』で使われた、街中でマシンガンを撃ちまくるような、全ての奥歯の詰め物が一気に取れてしまったような、あの不穏さと爽快感が入り混じった、何とも形容し難い楽曲。
真っ黒な画面に、右から赤い巨大な文字が滑り込んでくる。
『COCOON OF THE DEAD』
ドラムのリズムに合わせて、フォントが拡大と縮小を繰り返す。
これは.….映画..…?
映像が暗転し、音楽が変わる。
キューブリックの『2001年宇宙の旅』メインテーマ。
——生命誕生の神秘と、深淵を覗き過ぎてしまった背徳感とプレッシャーさえ感じさせる壮大な楽曲が部屋の空気を震わせる。
画面に宇宙から見た青い地球が現れる。
グーグルアースで見るのと同じ、青くて丸い地球。
やがて、右上の闇から小さな甲虫のような黒点が滑り込んできて、地球の表面にぶつかる。
微かな発光。発光が収まると、黒い染みのようなものが、その地点からじわじわと広がっていく。
地球全体がゆっくりと黒くなっていく。 まるでインクが水に溶け出すように、大陸も、海も、空も、ジワジワと闇に飲み込まれていく。 ついには全体が闇に呑まれ、暗黒の球となった
画面が一瞬、静止する。
そして、音楽が変わる。ジョン・ウィリアムズの『スター・ウォーズ』メインテーマ。
真っ黒な球体が消え、星々が煌めく宇宙空間だけが広がる。
やがて、お馴染みの台形の黄金スクロールメッセージが、ゆっくりと画面上から流れてきた。
「今より2年後の2×××年、直径6.2Kmの小惑星が地球に衝突する。エアロゾルによる日射量の大幅減少、平均気温の低下、酸素濃度の低下..…。人類はこの先、数十年続く環境変動に耐えることはできない。 そこで"ダークナイト藤村"は、“死”の境界を一時的に越境するシステムを考案した。 人間を生かしたまま、意識を閉じ、代謝を限界まで落とし、環境を凌ぐ── それが、『コクーン・オブ・ザ・デッド』計画である」
文字が闇へと吸い込まれるように消えていく。
「……これは、」
口をついて出た言葉は、疑問でも感想でもなかった。
ただ、呆然とした感情が音になっただけだった。
「結構、よくできてるだろ?ゾンビ君」
背後から藤村の声が聞こえる。
けれど慎也は藤村を見れない。もはや宇宙空間を映すだけの画面から、目を離す事ができなかった。
「これって……」
「チヒロが作った短編映画だ。なかなかセンスあるだろ?」
チヒロ「♡」
「だが内容はバリバリのノンフィクションだ。残念だがな」
藤村がゆっくりと部屋へ入ってくる。
慎也には、部屋の空気の質量が変わったように感じられた。
「続きはまだ出来てないんでね。あらすじだけ、俺が説明してやろうか」
外とは違う“別の時間”が、今ここに流れ出していた。
* * * * *
2年前、民間の軌道上監視衛星3機が、NASAやESAの衛星よりほんの数日早く、微細な軌道変化を観測しデータを送信してきた。そのうちの1機は、北天グループが保有するものであった。
その数日の早さが、後の人類の運命を大きく変える。
AIによる数値解析の結果、「100年に1度の誤差」を超える軌道逸脱により、太陽の裏側 ーー地上から見えない角度から接近してくる『非周期彗星 』もしくは『小惑星』の存在を検出。
地球との衝突の可能性が極めて高い未観測天体の存在が確定的となる。
情報公開義務により、民間企業は地球に向かう未観測天体の存在の可能性の観測データを政府に提出した。
──その直後、すべての民間衛星が、原因不明の電波干渉(ジャミング)とシステムエラーによって順次ダウン。
通信は完全に遮断され、再起動を試みるたび、異常なシャットダウンを繰り返した。
同時に政府はこの天体に関する全情報を国家安全保障上の機密指定として封印。
以後の解析と公表を禁止する措置が取られたのである。
この時点で、サードアイを持つ藤村には事の全容がほぼ見えていた。
後は細部を埋めていくだけ。
即ち、"大きさ" と "到達日時"だけだった。
北天グループの民間衛星――AI-SOLARSISTER-P03号。政府によって回収されたはずのそのバックアップログを、藤村は独自にサルベージしていた。政府に提出される前、わずか数秒間だけ残された「転送予備領域」。彼にだけアクセス権が残っていた“影のコア”。
彼は、演算AI『MINO1000』(後のチヒロ)に命じる。
「軌道要素を再構築しろ。元データ、T-3143フレームからだ」
「おーとっとっと、計算しちゃう?しちゃう?やってやろうじゃないの〜やっちゃうよー」
『MINO1000』は藤村の好みで、「プロ野球珍プレー好プレー」のみのもんたのヴォイスをサンプリングしていた。
「来ちゃう?来ちゃう?来ちゃう?すごいの来ちゃうよ〜」
光学認識AIが、3Dホログラムとして再生する。
それは、黒い宇宙の深淵から、ほとんどパチョレックのライナー制ヒットのような速度で迫ってくる暗色の影。
彗星核にしてはアルベドが低すぎる。氷の反射率ではない。鉱物だ――岩石質の本体。
「サイズは……直径6.2キロ。回転周期は不明。重力湾曲もあるな。予想より重い」
藤村の声は淡々としている。だが、モニターに映る彼の眼光は鋭い。
対してMINOの声は、とても感情的だ。
「デカいね〜 これは当たったら即乱闘だね〜」
次の演算へ移る。
大気圏突入時の角度、地表到達時の質量減衰率、衝突地点――そして、時刻。
「4年後の2×××年12月25日、午前11時14分。日本標準時」
室内の空気が凍りついたようだった。
彼自身の吐く息さえ、神聖な何かを侵すように重い。
だが、MINOはあくまで陽気だ。
「ぶつかっちゃう? ねぇねぇぶつかっちゃう? 当たったら即乱闘だよ〜!イテテテテテテテ、あら当たっちゃったよ〜」
「落下位置は南太平洋、チリ沖。直接の衝撃による死者数は、初動で4,000万。
だが問題は、直後に起こる大気圏の塵遮蔽と気候変動……」
藤村は、指先で空中の球体を回転させながら言った。
「平均気温、マイナス5度。酸素濃度、約16%まで低下。
地表の大半で農業は破綻、都市は雪と氷に包まれ、海洋は大循環を停止。仮に何も策を講じない場合、人類の生存可能期間は……最長で4年」
「アウトか?セーフか?アウトか?セーフか?
セフ…アウトだってよー!」MINOが絶叫する。
誰に語りかけるでもなく、藤村はひとり、最後の演算結果を口にした。
「通常の生命活動を維持したままでは、人類はこの環境に耐えられない。
だから俺は、違う形にしてやるんだ……」
手元の端末に、彼の開発した人工ウイルスの構造図が浮かび上がる。
それは、人間を「変える」ための設計図だった。
そして、静かに彼は言った。
「ゾンビは、冬を超える」
* * * * *
藤村がPCを操作すると、プロジェクターにPCのデスクトップが投影された。
Project C.O.C.O.O.N フォルダをクリックする。
■ ゾンビ化は極限環境に適応する
① 代謝の極端な低下(冬眠状態に近い)
ゾンビは代謝が極端に低下しており、エネルギー消費や酸素消費がほとんどない。
これにより、酸素濃度が低下した環境でも生存可能。
同様に、飢餓・乾燥・寒冷・高熱といった極限環境にも強くなる。
② 感情・理性の遮断による精神的ストレスの消失
ゾンビ状態では、理性や恐怖、苦痛の認識がない
人類が直面する「終末状況によるパニック・自殺・暴動」から解放される。
結果的に、人類の“群れ”としての統制が保たれる。
③ 感染拡大による迅速な種の保存
「ゾンビ化」は感染によって短期間で地球全体に拡散できる。
④ 生体機能の維持だけを残した最小限の「生」
ゾンビは「人間の記憶や理性」を停止し、脳幹や本能だけを動作させる最低限の生命体。
この状態であれば、惑星規模の寒冷期・酸素枯渇・農業壊滅の時代を数十年単位で耐えられる。
「おまえ、ゾンビの寿命知ってるか?」
藤村が静かな声で、慎也に問いかける。
「..…知らない」考えた事もなかった。
「俺が設計したZβ-23ウイルスは、人類を繭化するウイルスだ。条件がそろうと、ゾンビは漏れなくコクーンゾンビ…わかりやすく言うと「冬眠モード」へ移行する。お前も知ってるかもしれんが、ゾンビは人間しか襲わない。そして、ゾンビの脳は見えない糸でリンクしている。ゾンビと人間の割合が極端化してウイルス側が「活動の必要なし」と判断する閾値を超える、つまり「狩る必要」がなくなると、ゾンビは動かなくなり、完全な無活動状態に入る。代謝と酸素消費はさらに落ちる。いわば冬眠の完成形だ。
それは見た目には「死体が立っているだけ」「路上で固まっているだけ」のように見える。ちょうどこの前、お前がセクター7でやってのけたみたいにな。.…おまえ、最高齢の亀の年齢は知ってるか?」
藤村が再び静かな声で問いかける
「190歳」そっちは知ってた。
「冬眠+低酸素+エアロゾルによる低温環境、さらにプラスして腐敗抑制のバリアが完璧なら、コクーン化したゾンビは100〜150年は生存可能だ。
地震、虫、害獣による捕食、カビなどの外部の物理的損壊や内部の免疫機構の不安定さで、個体差は大きくなるが理論上は120年。最低50年冬眠で凌げれば、水と空気の循環が戻り、農業復活に間に合う」
第28話
https://note.com/ripe_slug9732/n/nb4c3d9bedc29
第26話
https://note.com/ripe_slug9732/n/nfdeeae0c510c
