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[Black Hole]ゾンビですが何か?[Sun] その26

前回のあらすじ
(主人公生きてました)

Hides the face, lies the snake
The sun in my disgrace
Boiling heat, summer stench
'Neath the black the sky looks dead

主人公感を出して、かっこつけて橘の眠る部屋を出た。廊下をしばらく進んだが、思い直して引き返す。
足音は無駄に反響し、誰に見られているわけでもないのに、ダサかった。
「.…おはようございますー」
寝起きドッキリくらいの声量であいさつしながらドアを開ける。
「おはよう、慎也君」
先程の神経接続の影響でついに目覚めた橘が、ベッドに腰掛けて、笑顔で俺にあいさつしてくれる…なんて事はなかった。彼女は相変わらず懇々と眠り続けていた。
部屋に入り、テーブルの上でもはや完全に花器と化した10Gaを手に取る。先端には、挿したままの白い花が、まだ色を残していた。これを取りに戻ったのだ。もう起動しないと思うけど、念の為。
もし何かの間違いで再び起動して、誰かが、橘の"こころ"にぬるんっと入ったら..…。それが嫌だった。
ある意味、俺は誰よりも、そう、藤村より深く橘の『中』に入った。 エロい意味ではなく、こころの話。
後で花だけ、また飾りに来よう。
俺が藤村との戦いに生き残れたなら。
戦い.…? 戦うつもり?
水が入って花が挿さったままの10Gaを、ちゃぽちゃぽさせながら、再び部屋を出る。
今度、土を入れてみようか。『レオン』のマチルダみたいに、育つかな。
今いる場所はセクター7より、さらに地下だろう。
ここにはゾンビが侵入した形跡は微塵もない。 照明が非常灯に切り替わっているだけで、他はウイルス拡散前と何も変わらない。 オレンジ色の薄明かりがコンクリ壁をぼんやりと照らしている。
藤村はゾンビすら辿り着かない地下に、橘を隠した。守ったんだと思う。 近くにアイツもいるはずだ。
まだカナに殺されていなければ。
いや、待てよ。俺もカナに殺されるんだった.…。

薄暗い廊下を慎也は歩く。
やがて一室の前で足を止めた。
無機質なスチール製のドアの向こうにあったのは、小さな会議室のような部屋だった。
長机と、その上に置かれたプロジェクターとノートPC。
そして、ペットボトルの水――飲みかけのまま、結露が光っている。
「藤村が、ここに……いたのか」
慎也は息をひとつ飲み、部屋に入った。
プロジェクターが置かれた長机に歩み寄る。
藤村は、ここで一体何を見てたんだ?
慎也は花が挿さったままの10GaをノートPCの隣に置いて、プロジェクターのスイッチを入れようと手を伸ばす——。

「目覚めたのか?ゾンビ君」

背後から低く響く声がした。
振り返ると、ドアの所にシンプルな黒のスウェットに黒のスラックスを纏った藤村悠介が立っていた。相変わらず年齢不詳の端正な顔立ち。
藤村は慎也の顔をまじまじと見返す。
「驚いたな。お前、干からびて完全に死んでたぞ」
「干からびてるのは元々だ」
「..…そうらしいな。あの無量小路カナって子が『映画見せとけば生き返るかも』って言うからやってみたら。まさか、本当に生き返るとはな」
「タランティーノのホットな脚本が、俺の魂を再燃させた」
『橘が起こしてくれた』と本当の事を言ってもよかったが、すきぴ(彼氏)にそんな事言うのも、逆に負け惜しみみたいで嫌だった。
俺は、見た目はゾンビだが繊細なハートの持ち主なのだ。
「..…わけのわからん奴だ」藤村が目を細める。
「カナは無事か?」
「ああ」
「その.…ゾンビにもなってない?」
「ああ」
よかった。
「アンタには色々と聞きたい事がたくさんある。俺が干からびてる理由とか。ゾンビウイルスの事。橘の事。橘が起きないのもアンタのせいなのか?」
橘の名前を出しても、藤村の表情は特に変わらなかった。相変わらず余裕たっぷりの表情だ。
「まずそれ見てみろよ」顎でプロジェクターを指し示す。
「質問はそれから受け付けてやる」
たとえ意識の中での出来事とは言え、橘ともう一度話ができた。それで俺のささやかな人生の目標の8割は達成されたと言っていい。
特に断る理由も無かった。
俺は近くの丸椅子を引き寄せて腰を下ろす。プロジェクターのスイッチを入れる前に、まずメガネを拭こうとした。レンズがだいぶ汚れている。
「あれれ!?」
「どうした?スイッチがわからないのか?」
「メガネが無い!!」
メガネがなかった。
「めがねめがねめがねめがねめがね」
俺はパニックになって、床に這いつくばった。たっぷり2分間めがねを探す。どこにも落ちてない!おでこにもない!胸がドキドキする。ゾンビなのに。
「せっかくプロジェクターに映しても、見えなければ何の意味もない。おまえが死んでる時見てたタブレットあるだろ。あれでも見れるから取ってきてやろうか?」藤村が言う。
「いや、大丈夫。伊達メガネだから」
「..…そうか」
全然大丈夫じゃなかった。めがねは俺のアイデンティティだ。かけてないと裸になった気分とか、そんな生優しいレベルじゃない。
病んで腐った魂が剥き出しになる。
俺はブラーのギタリスト、グレアム・コクソンに憧れて高校一年生からずっと伊達めがねだった。
ライブ映像を見て、ギターを持ったまま前転後転する姿に衝撃を受けたのだ。バイトしてギターも買った。ギターは2日で投げ出したけど、めがねは投げ出さなかった。
『大人しくてメガネだけど、たまにセンスある事を言う』。そんな人になるのが、俺のささやかな人生の目標の、残りの2割だった。偉人や才人になれないのは、昔から分かっていた。ギターに初めて触った時、自信が確信に変わった。
後に知ったが、ジョン・スクワイアでさえ、ファーストタッチで「これは、先は長くなるぞ…」と呟いたのだ。そんなもの弾けるようになるわけがない。
レディオヘッドに騙された。
Anyone Can Play Guitar !
クラプトンは13だか15だかで本格的にギターを始めたらしいが、きっと弦の方から指に吸い付いてきたんだろう。
才能というのは本当に不平等なものだ。

まずい。
非常にまずい。
思考がどんどんネガティヴになっていく。
靴も失くして、人生は擦り切れていく。

今までどんなに辛い事や悲しい事があっても、めがねだけは俺のそばに居てくれた。
愛しても憎んでも人は俺から去ったが、めがねだけは去らなかった。
め、が、ね、が、な、い、、。
暗黒の太陽に意識が無限に吸い込まれていく。
Black Hall Sun

「本当に大丈夫か?肌がカサカサで目が虚ろで顔色が悪いぞ。首にウジもわいてるし」
なかなかプロジェクターのスイッチを入れない俺にイライラしているのだろう。うるさい奴め。
黙ってろ、ウジ村め。
「ゾンビだからだよ」

白く濁った瞳を腐った指でこすり、腐った肺で悪臭を放ちながら、深呼吸を何度かする。ようやく椅子に座り直し、俺は苛立たしげにプロジェクターのスイッチを入れた。

第27話
https://note.com/ripe_slug9732/n/n3b5a79cec87c

第25話
https://note.com/ripe_slug9732/n/n5099648438be

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