[A Life Less]ゾンビですが何か?[Ordinary] その25
You were conceived in my heart, came like a dream.
白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。
ただただ、白い世界。
ずっと、死んだら、目の前は真っ暗になるものだと思っていた。ターミネーター2でT100が溶鉱炉に沈んで、シャットダウンした時みたいに。
でも違った。実際は真っ白になる。
死んでいる。
棺桶の釘のように、死んでいる。
時間というものが存在しないので、どれくらい白い世界にいるのかはわからない。
あるとき、白い世界に、ややトーンの違う、白い四角がある事に気付いた。
『白は200色ある』。学生の時に読んだ、インドの高名な脳科学者、アンミ・カの論文を思い出した。
こうやって何かを考えるのが、何人称だかわからない。考えているのは、ぼく?あなた?
トーンの違う白い四角に気付いた途端、白い世界全体に色が付きはじめる。四角の中に人物が浮かび上がる。これは..…。
『ファーゴ』で変な顔、奇妙な顔と言われ続けた、見れば見るほど味のある顔。
スティーブ・ブシェミ。
四角はタブレットだ。俺は映画を見ている。
いや、見せられている。俺は仰向けになっていて、目の前30センチくらいの所にタブレットがアームで固定されていて、映画を見せられている。
レザボア・ドッグスだ。
タブレットの奥には、白い天井が広がっている。
身体も頭も顔も全く動かない。瞬きもできない。
時間の感覚もわからない。
ただ、レザボア・ドッグスはリピート再生されている。もう何回目の再生だろうか。数え始めてから、48回は確実に見ている。倉庫でティム・ロスがのたうっている。
そろそろ違う映画にしてくれないか? なるべく
明るくて、希望があるやつがいい。『ギャラクシーク・エスト』とか『少林サッカー』とか。
想いが通じたのか、突如違う映画が始まる。
『バタリアン』
何で?
『この映画で描かれる出来事は全て事実であり、登場する人物や組織の名前も実在する』
焼却場のおじさんが俺と同じ、あずき色のニューバランスを履いている。
おじさんは途中足を痛めるが、最後まで生き残る。けれどウイルス拡散を恐れる政府によって街ごと吹き飛ばされる。
陽気だが、どこか切ないホラー映画。
あ、オバンバだ。
「オバンバ」
バタリアンに出てくる上半身だけのゾンビ。彼女のSFXを担当したTony Gardenerは、後にダフトパンクのヘルメットを作成する。
ダフトパンクで好きな曲あったな。
Last night I had a dream about you
In this dream, I'm dancing right beside you
And it looked like everyone was having fun
The kind of feeling I've waited so long
かつてヘルメットを脱いだら中身までロボットだったダフトパンクの2人も、もう今ではゾンビになってしまっただろうか。
バタリアンを40回ほど見た所で、俺は部屋の中を観察してみる事にした。
相変わらず身体はピクリとも動かないが、意識を目の前のタブレット以外に持っていけるかどうか、試してみる。
頭の横に小さなテーブルがある。
テーブルの上には、名前は知らないが、きれいな白い花が飾られていた。
カナが飾ってくれたのか?
カナは無事だろうか。
ルイを殺した俺の事を、彼女は決して許しはしないだろう。
よく見ると花瓶として使われているのは、逆さまに置かれた10Gaだった。ちゃんと中に水も入れられていた。
ははぁ、なるほどね。もう回路が焼き切れて使えないけど、こういう使い道もあったか。
さらにバタリアンを44回見た後、もう少し、意識を遠くに伸ばす。むむむ。
誰かが居た。
部屋に、もう1人いる。
花の飾られたテーブルの奥に、ベッドが1つ置かれ、誰かが寝ている。
The time is right to put my arms around you
これは...…—— 橘理央。
Why don't you play the game?
ヴィぃぃぃぃぃぃぃン
突然、部屋にやらしい音が響きわたる。
ぶっ壊れて起動するはずのない10gaが、突如振動を始めた。
え!?なんで...…?
10Gaは自らの振動でテーブルから落っこちて、床のグレーのカーペットに白い花が散らばり、こぼれた水はロールシャッハのような黒い染みを作った。
網膜に青白い光が焼き付き、オートモードで神経接続が始まる。
10Gaの中に螺旋状に意識が吸い込まれていく。
――見知らぬ世界に立っていた。
どこまでも続く、光が萌える草原。
風が吹くたび、草は、ある音階で震え、空には虹が流れていた。
遠くには鳥のような何かが飛び、近くには人のような無数の影が花を摘んでいる。
よく見ると、影はすべて――橘だった。
年齢も姿も様々な“橘”が、そこかしこにいる。
あらゆる世界の橘を、そこで見る。
若女将、彫刻家、地面師、ヤクの売人、パティシエール、警察官、酪農家、相撲の行司、ウッドベースをくるりと回す、示談に持ち込む、徹子の部屋の橘。
ある瞬間オリオン座の近くで燃える宇宙戦艦を見ている橘がいて、同時にタンホイザー・ゲートの近くで暗闇に瞬くCビームを見ている橘がいた。
彼女が経験してきた過去の橘は勿論
幾通りもの未来の橘がいた。
普通に結婚している橘がいた。
回り込んで旦那の顔をまじまじと見る。
相手は俺..…ではなくもちろん藤村だった。
子どもを5人産んでシワシワおばあちゃんになって孫がたくさんいる橘がいた。
基本的にそこは、何というか、穏やかな世界だった。穏やかで、完成されていて、あたたかく、満たされていた。
「……橘さん……?」
つぶやくと、一人の橘がこちらを振り返った。西洋の甲冑を着ていた。
映画『ジャンヌダルク』の時のミラジョボビッチが着てたような鎧。
右手には槍のような物を握っている。
がちゃん。兜のバイザーを上げて、微笑む橘。
「こんにちは、慎也くん」
その声は、かつて俺が大好きだった橘の声だった。
「なんだか懐かしいな。ずいぶん長いこと君の声を聞いてなかった気がする」
「下、見てみ?」橘が微笑みながら呟く。
景色が草原から雲の上に変わっている。足の下はふわふわで真っ白の雲だ。
雲はどこまでも続いている。
「雲の上だな。意外とメルヘン趣味なのか?」
「下、よく見てみ?」
しゃがんで、足の下の雲をよくみてみた。
これは.…綿毛?.…いや…よく見ると、綿の隙間から何か見える。
ぎゃ! 叫んで尻餅をつく。背中だ。灰色のゾンビの背中が見える。土下座の姿勢をとっている。
この、どこまでも続く終わりの無い雲海、全部ゾンビで出来てる..…。繭?
目の前に、橘が持ってる槍の先端が伸びてきた。
それを掴むと、引っ張られて、立ち上がることができた。
「時は来た。それだけだ。」え。急に橋本真也のモノマネ?
橘はクスリと笑って言った。
「慎也くん、来てくれてありがとう」
『フォローミーとは言ってくれないの?』軽口を叩こうとした。
10Gaが静かに振動をやめた。
ふいに、足の裏に床の冷たさを感じた。
俺は橘のベッドの横に立って、眠り続ける彼女を見下ろしていた。
10Gaは花を飾られたままテーブルの上にあった。
床には落ちておらず、花も水も散らばっていない。ロールシャッハの染みも無い。
今のは...…夢?
いや、違う。今のは..…。
橘の方から、神経接続してきた。
あいつが10Gaを介して、俺の意識をひっぱり上げて、自分の精神世界に招き入れた。
だから、俺は今、重量と均衡を保ちながら、こうしてここに立っている。
そうか。..…君は。
俺が思っていたより、随分素敵な場所にいたんだな。
眠り続ける橘の顔を、しばらくの間眺めていた。
カーテンから差し込む朝の光が橘の長いまつ毛に触れるのを見届けると、俺は、さっきまで寝ていた自分のベッドで、未だに『バタリアン』を再生し続けているタブレットの電源を落とし、静かに部屋を後にした。
