[確かめよう見つけよう]ゾンビですが何か?[ステキなサムシング] その17
前回のあらすじ
(アイツに会うまで、俺はモーツァルトだった。
まさか、自分がサリエリだったとはな。)
大倉慎也と藤村悠介
あの日、慎也もテレビでMステを見ていた。
有線マイクを鎖鎌のように操り、tuki.に襲いかかるゾンビの後頭部に、電光石火の一撃を叩きこむタモリを画面越しに見ながら、慎也は考えていた。
もし、人間の意識を封じ込め、凶暴性だけを抽出するようなウイルスが存在するとしたら。
そんな異常な代物を生み出せる人間は、この世に――ただ一人。
藤村悠介。
――あれは、院に上がりたての春だったか。
研究室に配属されて間もない頃、指導教官に勧められて出席した、北天バイオ技研の“若手向けセミナー”。
そのとき、ひときわ異質な空気を纏って登場したのが、藤村悠介だった。
「おい……あの人、北天の主任じゃないか?」
前列の誰かが、息を呑むように囁いた。
手元の講師紹介の資料には48歳とあるが、どう見ても30代前半にしか見えない。
どこかの俳優かと見紛うような端正な顔立ち――表情の筋肉を10年ほど使っていない岡田将生のような、もしくはシワの全く無いウィレム・デフォーのような無機質な美貌。
灰色のスーツ、癖のない黒髪、眠たげな眼。だが、決して気を抜いているのではない。何か別のことを同時に考えていて、意識のごく一部だけをこちらに向けている――そんな印象だった。
「彼が開発した神経接合プロトコルは、旧NATOが興味を示したって噂だぞ。正式採用はされなかったらしいが……理由は“非人道的すぎる”だと」
「倫理無視ってことか……」
それが、慎也が藤村という名前を意識した最初だった。
その年の冬。北天大学構内の一角で行われた合同研究報告会。学生や研究者が思い思いにブースを構える中、ひとつだけ空気の色が違う場所があった。
北天バイオ技研のブース。小さなステージがあり、壁面には「全脳情報処理モデル実装プロジェクト」と題された資料が投影され、その傍らのPCの置かれた司会台に一人、藤村が佇んでいた。
慎也は、偶然にもそのプレゼンの場に居合わせた。
「……これは、記憶の編集だけでなく、“欲求”そのものを書き換える技術です。たとえば“食べ物が欲しい”という一次的欲求を、"日サロに行きたい"、"髪型をスジモリにしたい"、"アニマル柄のパーカーを着たい"、などまったく異なる二次的欲求に転化させることが可能になります」
会場がざわついた。
数人が「冗談だろ」「ギャル男?」と笑ったが、藤村は真顔だった。
「近い将来、地球規模の食糧危機が起こるのは確定的です。生き延びるのは、ごく一部の資産階級だけでしょう。しかし、もし全人類が“食欲”という本能を、"アニマル柄のパーカーを着たい"という社会的・文化的な二次的欲求に書き換えることができたなら――生存の可能性は、格段に広がる。名付けて、プロジェクト・エッグ!」
周囲の笑いは、いつの間にか消えていた。
藤村が指をパチンッと鳴らす。会場が暗転する。
《プロジェクト・エッグ!》
スピーカーから深いリバーヴのかかった女性の声。続いて中島みゆきの「地上の星」のイントロが流れはじめる。ドラムが会場を振動させる。
みゆきの歌い出しで、ステージのスクリーンに、フラミンゴの浮き輪に乗ってナイトプールではしゃぐ、数人のギャル男とギャル達のスロー動画が写し出される。
慎也の背中を、冷たい汗が流れ落ちた。
曲と映像が、余りにも合っていない.…。
不気味だった。その不気味さで吐き気を催した何人かが席を立つ姿がちらほらと散見された。
やがて曲がフェイドアウトしていく。照明が戻り会場が明るくなる。
よかった…ようやく終わりか.…。
パチンっ!藤村が再び指を鳴らす。
《プロジェクト・エッグ!》
スピーカーから深いリバーヴのかかった女性の声。会場の照明は明るいままて中島みゆき『地上の星』が流れはじめた。バスドラムが会場を震わせる。
みゆきの歌い出しでステージの袖から、先ほどのナイトプールの動画に出ていた数人のギャル男とギャル達が、曲に合わせて会場に大きく手を振りながら現れる。みんな笑顔だ。白過ぎる歯がこぼれる。
特に拍手は起きない。
藤村が、どんな感情だかよくわからない表情で、両腕を前に組んだまま袖の司会台から歩いて行き、ステージ中央に立つ。藤村を中心に、左右に並ぶ数人のギャル男とギャル達。
背後のスクリーンがショッキングピンク色になる。
「せーのっ! Everyone’s Gal & Gyaruo!
エッグ!!」満面の笑顔で両手を広げるギャル男とギャル。ピンクの背景に日焼けしすぎた肌と、白すぎる歯がよく映える。
スクリーンに豹柄の文字が浮かびあがる。
『EGG = Everyone’s Gal & Gyaruo』
藤村は中心に居るのに、何の感情も無い顔で腕を組んだままだった。
やるならやれ。
やらないならやるな。
そう叫びたかったが、ノドがカラカラで声が出なかった。
15分のプレゼンでここまで人を不安にさせるなんて...。
慎也は藤村という人間に、底知れぬ恐怖を感じた。頭の片隅には“ギャル男”という単語がこびりついて離れない。
ギャル男とギャル達はステージ袖にはけて行った。藤村はステージ脇のPCが設置されたスペースまで戻るとマイクを手に取り、再び話し始める。
「この応用系はまだ倫理審査中ですが、マウス実験ではすでに成果が出ています。被験体は餌の摂取を自発的にやめ、代わりに豹柄の布地を集めるようになりました。さらに脳波スキャンでは、視覚刺激によるドーパミン分泌が確認されています」
「豹柄……」慎也は小声で繰り返す。
「これは破壊衝動の研究ではありません」藤村は続けた。「人類の意識進化に対する、“処置”です」
会場の空気が一気に凍りついた。そのとき、聴講者の中に居た、老教授が震える声で言った。
「藤村君、それは……人間に使う気かね?」
藤村は、ほんのわずかに眉を動かしただけだった。
「まずはネズミ。次は、豹そのもので実験します。……対象が“人間”かどうかは、状況次第です」
* * *
「慎也、お前は、あのプレゼンを見たろう?」
後日、研究室の片隅で、ある同期がそう言ってきた。怯えたような笑みを浮かべながら。
「俺さ、あの人と話したことあるんだ。……面接のときにね」
「それで?」
「たった三分の面接でさ、俺の“小学生のときのトラウマ”を言い当ててきたんだよ。『君が生理的に五平餅を嫌うのは、そのときの出来事が記憶の深層で腐敗と結びついてるからだ』って……! 急過ぎて何を言われてんだかわかんねぇのに、涙が止まらなくなった」
「え?、お前、五平餅がトラウマなの?何で?」
「母親の再婚した相手が、母親のいない所で俺を....…。そいつはいつも五平餅を齧ってた」
「そうか、、辛かったな。でも五平餅なんて滅多に目にしないから、それだけが救いだな」
「ああ、それだけが救いだ」
背後からもう1人の太った同期が無邪気に話しかけてきた。
「おやつ余ったんだけど食べる?」
そう言ってそいつは五平餅を差し出した。
「キぇー!!」泡を吹いて気絶した。
藤村は正真正銘の“天才”だった。
彼には、人の心の構造が“見えている”。
倫理や社会的制約を無視すれば、彼は、まるでレゴブロックを組み直すみたいに、精神の書き換えすら可能にする。
そして、精神は肉体すら変容させる。
もし藤村がギャル男ではなく、ゾンビを作ろうと決めたのなら。
彼は鋼鉄の意思で間違いなくやり遂げるだろう。
第18話
https://note.com/ripe_slug9732/n/n8b547452fadc
第16話
https://note.com/ripe_slug9732/n/n4395daf930a3
