【恋愛短編】カピバラとビジネス結婚したら、年収3000万のスパダリで溺愛された話
「俺と結婚してくれ」
初対面のカピバラが、私にプロポーズしてきた。
「え」
「3階建ての一軒家を用意するし、俺が稼ぐ」
「……収入は?」
「年収、3000万円だ」
トリミングサロンが静まり返る。
私は、水野凌(みずのりょう)と名乗るこのカピバラをトリミングしようと、ハサミを持っていた。
カピバラと結婚。
一軒家。
3000万円。
もう恋愛とかどうでもいいと思ってた私に、まさかの展開。
危うくハサミを落としそうになった。
「待って、あなたカピバラでしょ?私、人間なんだけど」
「だが、俺はオスだ」
低くかっこいい声。
目眩がする。
というか、異性ならなんでもありなのか。
でも、今の彼氏より3倍年収が良い。
それに、人間のオスにはモテすぎて、正直飽きていた。
「暮らしに不自由はさせない。不安なら、誓約書も書けるぞ」
「のった」
私は即答した。
「家って、高級温泉宿!?」
「そうだが?」
あの後すぐ婚姻届にサインし、結婚は完了した。
で、何これ。
「温泉宿を全国経営し、利益を株と不動産に回している」
は?
「よって、家も温泉宿だ」
「……」
え、ラッキー。
ってことは、スタッフもいるんでしょ?私何もしなくて良くない?
「……何を考えている。二人暮らしだ」
あからさまに肩を落とした私をみて、水野凌はふっと低く息を漏らした。
「白石澪(しらいしみお)……いや、これからお前は、水野澪、か」
カピバラ……いや、凌は、短い前足で私のそばに近づく。
その顔を私に触れさせようとして……離れた。
な、何よ、今の焦らし。
胸が高なった気がした。
「……澪?」
低い声が、私の耳に響く。
いや、カピバラ相手に、おかしい。
これは、これから不自由なく暮らせることの胸の高鳴りだ。
そうに決まってる。
「……まずは風呂だな。ここは、源泉かけ流しだ。来なさい」
火照る頬を抑えて、言われるがまま、宿の中に入った。
気持ちよすぎて、長湯をしてしまった。
リビングに向かうと、モゴモゴと口元を動かすカピバラが視界に入る。
「み、澪……!戻ったか」
「え、どうしたの?」
テーブルには、最高級のキャベツが置いてある。
凌は、バツが悪そうに目を逸らした。
「す、すまん……澪が戻るまで夜ご飯は待とうと思ってたのに、お腹がすいてしまって……」
「ぷっ」
私は思わず吹き出した。
「……!」
凌は鼻を鳴らしたあと、短い足を動かし、私のそばに近づく。
「……髪、濡れているぞ。座りなさい」
私が驚いていると、凌は高級ドライヤーを前足に挟み、私の背後に回ってドライヤーをつけた。
背中に、彼の毛並みがあたる。
近い……!
「りょ、凌……」
爆風が私の首筋にあたる。
「……澪の髪は、綺麗だな。ご両親の毛並みも、さぞ美しいのだろう」
凌の低い声は、かすれていた。
カチ、と言う音と共に、ドライヤーが止まる。
「終わったぞ」
「……驚かせたな。手の皮が厚いせいで、風量の調節が甘かった」
凌は自分のひづめを見て、悔しそうにそう言った。
胸が締め付けられる。
……カピバラなのに、私、どうかしちゃってる。
「ううん、いいの……凌が温泉から上がったら、私がタオルドライしてあげるね?」
「澪!?それは……っ」
凌の顔が真っ赤になる。
あれ!?もしかして私、結構とんでもないこと言った……!?
「あ、私、そ、その……!」
「……っ!」
凌が覗き込んでくる。
湿った鼻先が近づき、息を呑む。
「……っ、風呂に、入ってくる……。悪いが、今日は、先に食べていなさい」
「う、うん……っ」
懐石料理を残して、凌はルンバに乗って行ってしまった。
あれから暫く経った。
凌は、私に無理に触れないし、話を楽しそうに聞いてくれる。
もう、この想いを隠しきれない。
「……凌、今日もキャベツでいいの?」
「ああ。澪はしっかり食べなさい。俺は、澪が食べているところ見ると、心がラグジュアリーになるんだ」
ドキン。
また、そんなこと言って……。
「凌、なんで、私なの?他にも女の子、いるでしょ?」
凌は、モゴモゴと動かしていた口元をピタリ、と止めた。
「……本気で言ってるのか」
凌は、愛おしそうに私を見たあと、口を開いた。
3年前、動物園に務めていた俺は、舐められるかマスコットになるかの2択だった。
「かわいー!ほら、ご飯だよー」
腹がいっぱいでそっぽを向くと、カピバラのくせに生意気と言われた。
カピバラのメスも、俺の優れた外見に理想を投影してくるだけで、うまくいかなかった。
誰も、対等に、自然に俺を扱う者はいない。
そんな日々の中、お前が現れた。
ひどく美しかった。
サラサラの髪、整った顔立ち。
甘い笑顔。
お前は、隣にしゃがんでこう言った。
「今日さ、家系ラーメン1分で完食したんだけど、お腹痛くてー」
「カピバラくんもそういうことない?」
アホかと思った。
俺はそっぽを向いた。
「あ、そっぽ向いちゃった。そういう気分の時もあるよね、わかる」
お前はただ隣に座って、のんびりとしていた。
衝撃だった。
こんなにも居心地のいいメスがいるのか。
お前は定期的に訪れた。
会う度に、どうしようもなくなった。
お前を、振り向かせたい。
俺のものにしたい。
俺は転職して、日本語を勉強して、お前を捕まえたんだ。
ーー逃がす気は、最初からなかった。
話し終えた凌を見て、私は喉を鳴らした。
「で、でも、私、好きになったら重いし」
「知っている。かつて本気になった男に浮気されてから、怖いんだろ?」
私は目を見開いた。
「いくらでも束縛してくれていい。お前だけが欲しい」
「信じられないなら、行動でも示し続ける」
「俺を好きになれ、澪」
……!
だめだ、もう、抑えられない。
最初はお金目的の、ビジネス結婚のつもりだったのに。
私は思わず席を立ち、凌にしがみついた。
「……っ澪」
チュ。
「……!」
凌の鼻先にキスをした。
凌は、目を白黒させて、今にも気絶しそうになっている。
クルルン、クルルンと、嬉しそうな喉の音が聞こえた。
「……絶対離さない」
そう言う凌の、立派な毛並みに顔を埋めた。
ゴワゴワしていて顔が痛い。
でも、幸せだ。
『ねぇ、澪、玉の輿したんだって!?旦那さんの写真見せてよ!』
スポンッ。
私は、温泉に浸かっている凌の写真を送った。
『かわいー!二人のペット?で、旦那さんは?』
すぐに返信する。
「これが私の旦那だけど」
『……は?』
スポンスポンッ。
温泉に浸かる凌、ルンバに乗る凌、腹をかかれて喜んでる凌を送り付ける。
『冗談はいいから早く旦那さんを』
「だからこれだってば」
……。
「何してるんだ、澪」
低く、甘い声が背後から響く。
「あ、凌!友達がね、凌のこと見たいって言うから、写真を」
凌は、ふっ、と楽しげに笑った。
「なら、撮り直せ」
凌は私に鼻先を押し当てて、撮りなさい、と甘えてきた。
パシャ。
その写真を追加で送り付ける。
その後、数週間メッセージが来なかった。
ーー
スキ、コメント、フォローいただけると励みになります。
次の1本はこちら。
初めての方はこちら。
