呪術廻戦 「燈」という曲について思うこと。ー自分の考察に自分で殴られた話
先日、崎山蒼志の『燈』について考察を書いた。だが、自分で書いておいて何だが、私は今、その考察によって致命的な精神的ダメージを負っている。自分で書いたものに自分で傷つき、そのアンサーをまた自分で書こうとしている。
あの考察を書き進めれば進めるほど、夏油傑という人間の「逃げ場のなさ」が、あまりにも苦しくなってしまったからだ。だから今回は、自分で開けた傷口に、自分で包帯を巻くような気持ちで、この感情を整理したい。
「燈」についての考察ブログはこちら。
私のような、夏油のような、自己肯定感が低いくせにプライドだけは高い人間にとって、自分の弱さや過ちを第三者から認めさせられることは死ぬほど苦しい。だからこそ論理を積み上げる。言葉を尽くして、自分を守る。冷徹なロジックで武装しなければ、自分自身が崩れてしまうからだ。
『燈』という曲は、夏油の本音を直接暴き出す曲ではない。作者から夏油への願いが込められた曲だ。
夏油の核心を真っ直ぐ撃ち抜いたセリフで言えば、むしろ乙骨憂太の「神になりたいなんて子供じみたこと言うなよ」という言葉だ。
ただ、この言葉は夏油を抉りながらも、乙骨の心もまた同時に暴かれていて、対等な目線の喧嘩になっている。
『燈』の恐ろしさは、別のところにある。この曲は、夏油を責め立てない。むしろ、優しく包み込むような目線で彼を見ている。善意に満ちた、柔らかな視線。だが、だからこそ残酷なのだ。
冒頭の、
「僕の善意が壊れてゆく前に 君に全部告げるべきだった」
この言葉は、一見すると優しい。けれど、その優しさの奥には、どうしても拭えない響きがある。
最初から、全部君が悪かったんだ。それをちゃんと認められるようになろうね。
そう静かに諭されているような感覚。あまりにも苦しい。
しかも、まるで夏油が自分自身でそれを認めて自分の言葉で口にしているような歌詞だ。
夏油傑が、自分自身でこの言葉を口にする時、
夏油傑という人間の心はすでに死んでいる。
夏油は、本当は薄々気づいている。
そもそも自分の気持ちを周りに話せない自分が悪いのだと。それを聞いてくれない周りのせいにしていることも。五条に追いつけなくなったのは単純に自分に能力がないからだということも。
大義なんてものは、自分を守るための論理武装でしかないということも。
だが、それを認めることは、自分という存在をまるごと否定するのと同義だ。
他人に蔑まれないよう、常に武装して生きているというのに、自分の苦しみを口にするということは、自らその鎧を脱ぎ捨て、自分の手で自分の値打ちを下げるようなものだ。
こんなことはできない。
その相手が「愛する人」であれば尚更だ。
それを認めれば、夏油の中で自分の価値は0になる。だから認められない。けれど、認めなくてはいけないと、どこかでは思っている。本当は最初から、自分の価値なんて無いのだと。
そして、価値のない自分は、誰にも愛されないと。
五条に捨てられるのは当然だ、と。
だからこそ苦しい。認められない。このジレンマをずっと抱えて生きている。
それなのに、その事実を「優しい他者」に包み込まれる形で突きつけられたら、夏油はもう逃げ場を失ってしまう。
君の価値は、初めから0だったよ。みんなが知ってるよ。そろそろ自分で認められるようになろうね。
そう言われたような気持ちになってしまう。
「みんなそう思ってたんだ。全部私が悪いって。ずっと私はバカにされてたんだ。もう誰も信じられない。」
そうやって、自分の心の檻に閉じこもっていく。そして暗闇の中で、ふと思ってしまうのだ。
「もしかして悟も……?」と。
五条はそう思わないことを知っていても、疑ってしまう。そしてさらに自分を追い詰めていく。
この構造は、夏油が高専時代に離反した時と、まったく同じだ。
夏油は、本当は五条だけは違うと知っていた。五条が、自分を馬鹿にしないこと。下に見ないこと。「正しくなれ」と押し付けないこと。そんなことは、誰より夏油自身がわかっていたはずだ。それでも、ボロボロに崩れた自己肯定感とプライドの中では、疑うしかなくなってしまった。
私がこの曲について何か言わずにいられないのは、冒頭の歌詞が夏油を最も傷つける言葉であると同時に、五条はそんなことを夏油に思ってほしいなんて絶対に思っていない、と感じてしまうからだ。
五条が、もっと早く話してくれれば良かったのにと、周りにも夏油にも言わない人間だからこそ、夏油は五条を好きになったのだ。五条は常に矢印が自分に向いている。夏油を責めることは絶対にない。話してもらえない自分を責めたからこそ、彼はあの人生を歩んでいる。
そして何より、五条は夏油のことがめちゃくちゃに好きなのだ。五条の中では、世界で唯一、夏油だけが自分と対等、もしくは自分より上のポジションにいる。だからこそ、心の底から夏油を憐れんだり見下したりはしないし、そんな言葉は絶対に出てこない。
五条が求めているのは、ただ一つだ。夏油が自分の隣で笑っていること、それだけだ。最強の二人組でも、殺人鬼でも、世界を敵に回しても、ちっぽけな人間でも、隣で笑っていてくれるならそれでいい。
だから、五条は夏油に自分の心を殺して変わって欲しい、なんて絶対思わない。
それならいっそ、自分が変わるから。いつか夏油に笑って欲しい。そう思うのが、五条悟だ。
だから夏油は、不安になったら何度でも離反して、何度でも戻ってくればよかった。どうせ五条の気持ちは、何があっても変わらないのだから。
「僕の善意が壊れてゆく前に君に全部告げるべきだった」ーーこれは外から見た人間が言っている言葉だ。夏油にとっては、それこそが最も困難なことであり、五条もまた、そんな風に自分を責めて欲しいなんて思っていない。
むしろ五条が怒るとすれば、理由なんてどうでもよくて、置いていかれたこと、いつまでも迎えに来なかったこと、それだけだろう。
そして、もし夏油に何か言うとすれば、五条は何をやっても自分を捨てないと、いい加減安心するべきだ。
だって五条は、人には優しいのに自分には不器用で、考えすぎる、それなのに意外と自分勝手で、自分を曲げられない、そんな、そのままの夏油傑が好きなのだから。
夏油は離反して変わったのではない。むしろ最初から最期までずっと変わっていないのは夏油の方だ。そして五条悟にとっては、そんな、変わらない夏油傑が、最初から最期まで、「たった一人の親友」だったのだ。
だから、宣言しよう。
夏油はそのままでいい。
自分の弱さを認めなくていい。自分を無理やり変えなくてもいい。そのままの君に魅力があるのだと。
だって五条が好きになったのは、そのままの夏油傑なんだから。
五条はちゃんと、死んでも追いかけてきてくれるのだから。
良い人を好きになったね。
誰が如何言おうと
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