「未完成の神話」 episode1 ナルの夢
僕は誰なのか。
一番古い記憶は、この国の神話。
ひどく荒れた日の差さない迷宮のような夜の街に、
一輪の花が咲いた。
その花は、記憶を失くしていた。
自分の敵も味方もどこにもいなくて、夢の中のような
無責任の幸せに浸っていた。
「おはよう、ナル」
目を開けると、母親の笑顔が瞳の裏にこびりついて、
取れなかった。
待って、行かないで、母さん…
母さん!母さん!
声が…掠れる、出ない…
母さん!母さん…
「…さま!ナルさま!ナ・ル・さ・ま!」
元気な純粋な声がだんだん近くなってくる。
自分のまぶたが徐々にこの世界の重力に慣れてくる。
そうか、ナル・エッセ。
私の名前はナル・エッセ・軍人・中尉・キルタ人・宰相の叔父と政治の話・仲間の士気・戦闘に向けるまなざしーー
今生きる世界の記憶の破片がぐるぐると頭の中を周りはじめた。
「おきなさーい!!」
えっと…ここは…
瞼をうっすら持ち上げると、そばかすの赤毛の少女の笑顔が見えた。…いつもと同じように。
「今日は朝会議がおありでしょう?!コーヒー入れておきましたよ。早く起きてください!!」
そうだ、今日が始まる。何もなかったように。
他人のような世界がようやく自分のものになっていく。
「ナルさまーー!もう時間が…」
「わかってるよビス。…今、起きる」
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