見出し画像

感想 / 齋藤明里さん一人芝居「どくはく」を観た



観劇の感想です。作品名:「どくはく」
齋藤明里さん  (作・演出 玉置玲央さん)

ネタバレと感じる方もいるかもしれません、お気をつけください。

新宿眼科画廊の地下一階におりると、「どこでも自由な場所に座って大丈夫です」と丸椅子を渡されて、私はそれを両手で運ぶ。
開演が近づくにつれて、本当にどこに座ってもよいということがわかっていくのが新鮮だった。そうだ、と思い立ってスマホで「独白」と検索してみる。意味があるかわからないけれど、辞書のことばで認識をアップデートしておく。

目の前の空間をながめながら、こういうとき思いっきりど真ん中に椅子を置けるひとはいるんだろうか、ぼんやり考えていると


「どくはく」が始まった!!


………
……

↑終演後の私。

エネルギーの量がすごかった、すごかった、すごかった。圧倒、された。そのまんま圧で倒れそうになった。

沸騰以上、噴火未満(いや、うそ、噴火もしてたか)がひたすら続くような40分間だった。
ものすごい重さとスピードと鋭さをともなって、ことばが沸々沸々沸々沸々・・・と湧いてくる。湧きあがってくる。という40分。
これだけのことばが一体この華奢な女の子のどこに収まっていたんだ???そこでまず理解が追いつかない。脳内と言われても納得できないし、身体と言われたらもっと納得できない。
あかりんの足元から燃えさかる真っ赤な炎が見えていた気もするし、脳みそから直接デカい字幕がとめどなく流れていた気もする。のどを通って口から魂が出つづけていた気もする。

私はそれらをがむしゃらに追いかけるしかできなくて、全然追いつくことはできなかった。途中から、この子のことばをなにかひとつでも覚えて帰りたいと必死だったのに、観終わった私にはひとつも残っていない。
それは夢みたいだなと思った。目を覚ますとどんどん記憶から抜け落ちていく夢。思い出そうとするほど忘れていく夢。ただ強烈な感覚だけがどこかに残っている。

あれ、それってすごくかなしいかも。なんか、むなしいかも。どうしよう。さみしい気持ちになる。
あれだけ彼女が全身全霊吐いて吐いて吐いて、吐ききって(?)くれたのに・・・いや、くれたという表現は、ちがうか。
けっきょくは「どくはく」なんだ。他人の魂から出る、その人自身のためだけのことば。のことを言うのだろうか。
見守るでもなく、盗み聞くでもなく、ただ立ち会っただけ。それでも、見知ってしまったという鮮烈な事実。

きっとあの女の子は、ひどくさみしい思いをしていたのだろう。
そのさみしさが、怒りになったり、妬みになったり、尊さになってしまえたりしているように見えた。
たまに小さくなる背中やくるしそうにもがく姿を見て心配になっては、フッと見せる狂気的な笑顔に惑わされた。
もっと知りたい、もっと教えてよって思えるようになる頃に、その子は笑いながらどこかへ消えてしまった。

私はこういうひとに出会うと、「どうか、しあわせになってね」と願ってしまう。それ以外、なにもできないけれど。
あの子が最後に見つけたものが、ひかりだったらいいな、と祈って、「どくはく」は終わった。


……

ところでほんとうに、あの量の台詞をどうやって覚えてどこから取り出しているのか、不思議でなりません。。。
圧巻です。私のなにかがしっかりと抉られました。

齋藤明里さんの表現(特に表情と声色)がとても好きだと思ったし、これを書いた玉置玲央さんのするどい感性も、その物語と出会ったのが齋藤明里さんだった運命も、ぜんぶこの目で見れてよかった。
こういうとき、あーなんか、生きててよかったなーと思います。なんとかして生きようね。私もあなたも。


#どくはく #あかりのどくはく #齋藤明里 さん #玉置玲央 さん #観劇 #舞台 #観劇記録


いいなと思ったら応援しよう!