救急車
圭太郎は自分の手先が震えていてスマートフォンの通話を終了することができず、弟が通話を切ってくれるのを待っていた。
すぐに圭太郎は母親の携帯番号に電話をすると救急隊の人が電話に出た。
「息子さんですか」
「はい」
「よかったです。お母様、酔っ払って土手から降りる階段で転んでしまったようです。手首の辺りが変形してしまっています」
「はい」
「おそらく骨折していると思います。急いで受け入れてくれる病院を探しておりますがまだ見つかってません。先程、弟さんの電話番号には繋がって連絡が取れました」
「はい、聞きました」
「お兄さんは受け入れ先の病院には行けそうですか」
「はい。ちょうど帰宅途中で近くにいると思うんですが」
「なら、安心です。イオンの通りにある土手の付近で停車している救急車です」
震えた手でスマートフォンを持って歩いていた圭太郎は、遠くで一台の救急車が停車しているのを見つけた。
「いました。今、向かいます」
圭太郎は通話を終了する赤いボタンをタップし、額からは汗が噴き出して止まらなかった。
お酒を嗜むことを知らない圭太郎は、母が酔っ払って怪我をしたのが許せなかった。
始まったばかりの母との二人暮らしであったが、圭太郎は二十代のときのように家族を捨てようかと思ってしまった。
「いたい…よ。いたい」
停車していた救急車のバックドアから乗り込んだ圭太郎は、自分の母親が子供のように泣いているのを見つけてしまった。
救急隊を見つめて助けを求める母の姿は、あまりにも弱々しかった。
圭太郎は優しく母に声をかけた。
「お母さん、圭太郎だよ」
「圭太郎、来てくれたの」
「来たよ。痛かったね」
骨折した右手首は大きく膨れ上がり、曲がらない方向に手首が向いてるのを圭太郎は辛くて目を背けた。
左の腕の皮はところどころ捲り上がり、痛々しく血が流れてた。
あまりにも母が痛そうな姿をしており、酔っ払ったことで滑って骨折してしまったことへの怒りは消えていた。
むしろ圭太郎は泣きそうになった。
「息子さん、搬送できる病院を探しております。近くでの病院では受け入れることができないようで、少し遠くなるかもしれません」
「はい、わかりました」
圭太郎は痛そうな母の顔を見つめた。
「お母さん、大丈夫だよ。今探してくれてるって。もうちょっとだから頑張ろうね」
圭太郎は優しく声をかけ、ゆっくりと母の腰あたりを撫でた。
「い…ったい…いたい」
「この体勢だと痛いかもしれません。右腕を曲げることができれば良いのですが」
救急隊が圭太郎に向かって話しかけた。
救急隊は母の世話を圭太郎に任せようとし、病院を探すのに専念したがっていた。
「お母さん、腕曲げられる。その姿勢だと痛いって」
圭太郎は優しく母の腕を触ろうとした。
「いった…触らないで。私、大丈夫」
「触ってほしくないみたいです」
苦笑いを浮かべながら圭太郎は救急隊の人に伝えた。
救急隊の人は腕を折り曲げてほしかったようだが、手首の痛みは強く、圭太郎の母は腕を高く上げていたが痛かったようだ。
圭太郎は母の意見が尊重されるように、弱々しい細い腕を支えたかった。
「搬送先の病院が見つかりました。息子さん、恐れ入りますが病院にこのまま向かいます。シートベルトしてください」
圭太郎は座席の奥に入っているシートベルトが取り出せず、救急隊の人に教えてもらいシートベルトを付けた。
「お母さん、揺れるよ。きっと痛いからね」
圭太郎は折れた右手首の肘を手のひらでそっと支えた。
圭太郎を育て上げたはずの腕は、いつの間にか細くなっていた。
圭太郎はなるべく母へ声をかけることだけを心掛けた。
「お母さん、病院に向かってくれてるからね、大丈夫だよ。頑張ろうね」
圭太郎は救急隊の人に顔だけ向き直し質問した。
「どこの病院ですか」
「〇〇病院です」
圭太郎はすぐに母親に話しかけた。
「お母さん、〇〇病院だって。大丈夫だよ。もう少しだからね」
「圭太郎、迷惑掛けてごめんね」
「大丈夫、大丈夫。痛いよね。けどもうちょっとで病院到着するから。頑張ろうね」
「お母さん、大丈夫だから」
「うん。もうちょっとだからね」
母と圭太郎を乗せた救急車は、思ったよりも早く病院に到着した。
